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炎の魔神みぎてくん すたあぼうりんぐ 5「…どうやってこれ倒すんだよ」②
さて、マイボウルができあがったコージ達は、早速レーンに出て試し投げということになる。
「とりあえず試しだから二ゲームくらいですね。時間もあまりないし…」
「終バスには乗らないとなぁ…」
「あたしは、最悪パパに迎えに着てもらうからいいけど…」
学校帰りにボウリング場に急行して、ボールを作っている間に晩御飯を食べてそれから、であるから正直あまりたっぷり時間はない。せいぜい二ゲームが関の山というところであろう。前回みたいに終バス乗り遅れのタクシー帰りはちょっとまずい話である。ましてや女の子であるポリーニの場合、深夜帰りになるのは望ましくない。
もっとも平日夜なので、ボウリング場は待ち時間無しもいいところ…というか明らかにがらがらである。一人一レーンでもかまわないほどの空き具合なのだが、さすがに隣同士の二レーンということにする。
「あーやっぱりいいぜ、コージ。マイシューズって」
いつもあまりの足のでかさに、レンタルシューズで悩んでいたみぎてである。これでようやくきつい靴とおさらばというだけでも、ずいぶん気分が違うものだろう。もっともシューズがどれくらいボウリングのスコアに影響するのかは、まだコージではわからないのだが…
と、そこにさっきのショップの店長がやってくる。服装は今度は薄いグリーンのポロシャツと綿のパンツという、完全なボウリング装備である。
「どうですか?ボールの調子は?投げてみて調子が悪かったら、穴を調整しますよ」
「あ、今から早速投げるところです。みぎてが靴に感動してるんですよ」
「あははは。でも靴は大事ですよ。マイボールより先にマイシューズを買ったほうがいいというくらいですから」
どうやら店長は出来立てのボールの調子を見にきたらしい。指に合わせてドリリングして、不具合があれば調整してくれるというのだから、たった一万円弱のボールで大サービスである。
ということで、軽い準備運動を済ませた四人は早速投球開始である。初のマイボールによる投球であるから、なんだか緊張もひとしお、自然と力が入ってくる。
「じゃ、早速俺さまっ!ドキドキだぜ」
「緊張してこけないように気をつけてくださいね」
みぎては早速アプローチに立って、先日習ったとおりに格好よく構える。やっぱりマイボールだと、どこかフォームまで違ってみえてくるから不思議なものである。魔神は深呼吸すると、いよいよ投球に入った。
「よーっし!いちっ、にのっ、さんっ!ぎゃああっ!」
「あ…こけた」
どうしたことか、みぎては投球すると同時に右足が引っかかったようにずっこけ、そのまま見事にアプローチに転倒する。
「あ、だからこけないようにって言ったんですよ。ハウスシューズと違って右足の裏はゴムなんですから…」
「そういえばそんなこと言ってましたねぇ…エラ夫人も」
「いててっ、俺さまそれ聞き流してた…」
先日のエラ夫人の説明でもあったのだが、マイシューズはハウスシューズと違って、左右で裏地が変えてあるのである。あの時点ではまさかマイシューズなど買うことになるとは全く思っていなかったので、コージも今の今まで忘れていた話なのだが…こういうずっこけるネタは絶対にはずさないのが、この魔神の定めなのである。
* * *
さて、実際にできあがったボールを投げてみると、これは当然だがやはり投げやすい。ハウスボールの場合、普通指を穴に第二関節までつっこむものだが、マイボールは第一関節までしか入らないようになっているようである。その分穴の間隔が広くて、なんだか鷲掴みにしているような感じである。ところがこんな持ち方であるにも関わらず、驚くほどしっかりとホールドすることができる。さすがに各人の手に合わせてドリルしているだけのことはある。それになによりちゃんと曲がる。フックボールになるのである。
「あ、コージ曲がってますね!すごいすごい!」
ディレルの驚きとも悲鳴ともつかない歓声にコージはちょっと得意になる。先日エラ夫人に習ったとおり、四歩助走をして、それから投球の時に握手をするような感じでゆっくり投げてみただけである。が、ボールはレーンを転がって途中からゆっくりと弧を描き、ピンへと命中である。もっとも問題は曲がり方が派手すぎて、中央のピンではなく左側に命中してしまったことであるが…
「センターはずれちゃうとダメじゃない。いくら曲がっても」
「まあそうだよなぁ。今度はもっと右側ねらうか」
ポリーニに言われるまでもない話なのだが、ストライクをねらうならともかく先頭のピン(ヘッドピン)を倒さないと話にならない。左にフックがかかる右投げの場合、どうやら投球時には結構右側に投げなければならないようである。
「でもよく曲がってますよ。今度はあそこ…あの二番目の矢印をねらってみてください」
「矢印?」
「あ、手前のあれですか?」
店長さんはにこにこ笑いながらうなづく。たしかに店長の言うとおり、よく見るとレーンの手前のところに、鏃型のマークが等間隔に並んでいる。どうやらあのマークの右から二番目を狙えということらしい。
順番がきたディレルは、早速アプローチに立ってボールを手に取る。
「じゃあやってみます。いっち、にぃ、さん、ハッ!」
「お…ジャストだ!」
あまり陸上歩行がうまくないトリトン族のディレルである。助走はコージに比べてかなりゆっくりである…が、それでもきっちり四歩助走して、丁寧にボールをレーンに落とした。グリーンのボールは狙い通りにレーンを転がり、二番目のやじりを通過するとフックを描き始め、見事にヘッドピン(中央のピンのことである)の少し右側に突き刺さる。
「おおおっ!」
「すげっ!ストライクだっ!」
「やるじゃないっ!見直したわ」
コージ達の歓声にディレルは照れまくって頭をかく。陸上運動は決して得意でないディレルだから、球速はかなりゆっくりである。しかしあのようにきれいにヘッドピンに当たれば、見事なストライクがとれるのである。
「でもやっぱりマイボールってハウスボールと全然違いますね、ピンの倒れ方が」
「あ、俺さまも思った。すげぇかっこいい跳ね方するよな」
ディレルがにこにこ笑いながらそんなことを言うと、みぎても感動したような表情でうなづく。たしかに今まで使ってきたハウスボールの倒れ方とは全然違う。破壊力がすごいというか、ピンの動きが派手というか、それだけで感動できるくらい格好いい。球速の遅いディレルですらこのピンアクションであるから、プロボウラがどんなすごいものなのか、想像するとゾクゾクしてくるほどである。
「じゃあ、今度こそ俺さまこけないぜ」
「二度こけたら、ちょっと笑いものよ。あんた魔神なんだから注目集めてるんだし」
「ストライクとったら逆に大人気になれるのか?」
「うーん、大人気になれるかどうかはさすがに不明…」
こんなバカ話をしながら、再びみぎてはアプローチに立つと、赤色のボールを鷲掴みにして持ち上げる。何度見ても思うのだが、全員同じ大きさのボールであるはずなのに、みぎてが持つと本当に小さく見えるのが不思議なものである。
「一六ポンドの玉を軽々わしづかみですか。魔神族って本当にすごいですね。」
店長も圧倒的なみぎての腕力に驚きの声を上げる。さっき指穴を空けるときに、一応みぎての手の大きさを測定して、そのでかさを確認しているはずなのだが、こうして改めてレーンに立つ魔神の姿を見ると、やっぱりあきれてしまうくらいでっかいのが実感できる。これで格好よくストライクが出れば、ちょっとヒーローなのだが…
「こんどこそいくぜっ!いち、にの…そらっ!」
「…ダメですね」
投げた瞬間にもういきなり店長はダメ宣言である。先日の初練習の時にも出た、「腕力ありすぎ・手投げ」である。ボールは二番スパッド(さっきディレルがねらった二つ目のやじりマーク)ではなく、もっとレーンの真ん中を通過してしまう。さらに困ったことに、今回は今までのハウスボールと違ってちゃんと曲がるボールである。ピンの直前で見る見る左へ曲がってそのまま左端のピンへとつっこんでしまったのである。
「ええっ!たった一本?」
「ガターじゃないだけましと言うべきなのかなんというか…」
魔神はがっかりして肩を落とす。せっかくの高級マイボールなのに、これではあまりに情けない試球結果である。特に直前のディレルがストライクなだけに、情けなさが数倍に増幅される。
「みぎてくん、力任せに投げちゃダメですって」
「うーん、なかなかそれが出来ねぇんだよな」
魔神にとっては一六ポンドの玉でも、やはり本当に軽く感じてしまうのだろう。これだけ力が有り余っているのだから、ちゃんと投げ方を覚えれば、すごい投球が可能という気がするだけに、とてももったいない話である。
と、そのときだった。店長は腕を組みながらこんなことを言いだしたのである。
「それだけすごい腕力なら、別の投げ方やってみますか」
「え?」
「そんなのあるんですか?」
驚くコージ達に、店長は笑ってうなづいた。
「実はボウリングって、投げ方には決まりはないんです。プロでも助走から投げ方から全然違いますし、両手投げする人とかもいるようですよ」
「両手投げって…」
両手投げでボウリングをするプロという話を聞いても、さすがにコージ達には想像がつかない。(なんとなく円盤投げみたいな投法だとは思うが…)が、ともかくみぎてに向いている投げ方があるなら、是非聞いておいた方がいいだろう。
店長は持ってきた自分のマイボールを手に取ると、そのままアプローチに(みぎての代わりに)立った。
「やってみますよ。私もあまりこの投げ方は得意ではないんですが…」
店長はそういいながら早速見本を始めた。ゆっくりと玉を前に押し出すと、そのままバックスイングに入る。が、驚いたことにそのバックスイングが普通の投球と全然違った。まるで頭と同じ高さまで巻き上げているような、すごい引き上げ方である。そしてそのままボールをレーンに向けてたたきつけるような感じで、一気に投球した。
「おおっ!」
「すげぇっ!」
ボールはすごいスピードと回転でレーンを突っ走ると、見事にヘッドピンに突き刺さる…と、ピンは豪快な音を立てて左右にはじけ飛んだ。
![](https://assets.st-note.com/img/1662871352799-TrRziu3NEH.png?width=1200)
「どうです?これ腕力がないと無理なんですが、魔神さんならこっちの方がいいかもしれません」
「すげっ!俺さまでもできるかな」
みぎては立ち上がって、見よう見まねでイメージトレーニングをしてみる。軽く前にボールをつきだし、そのまま一気に左足を踏み出して大きくバックスイング、そして思い切りたたきつけるようにボールを投げるという感じである。なんだかちょっと野球のサイドスローににている気がする。
「結構さまになってるじゃないですか!ローダウン投法が一目見ただけでそこまでできるというのはすごいですよ。」
「えっ?ほんとか?でも実際投げてみないとなぁ」
今の今までかなり落ち込んでいた魔神だが、店長の一言で今度は一気に機嫌がよくなる。素直というか単純すぎて笑えてしまうほどである…が、ともかくこればかりは実際に投げてみないとわからない話である。
「みぎてくんの番ですよ」
「よーっし、いくぜっ!」
「また力みすぎそうな予感が…」
ぼそりとつぶやくコージの大予言など気にせず、みぎては再びアプローチに立つと、赤いマイボールをつかんだ。今度はさっきより少し前傾気味の構えである。そしてそのまま一歩を踏み出した。
「いっち、にっ、さんっ!」
「おおっ!」
「いけてますねっ!」
魔神は足を大きく踏み出すと、思い切りよくバックスイングをする。そしてそのまま勢いよくボールを前にたたきつけた。さっき一目見たばかりだと思えない、立派なローダウン投法(のまねごとかもしれないが)である。
ボールは店長さん以上のすごい勢いでレーンを走り、ちゃんと二番スパッドを通過して見事にピンに突き刺さる。が…
「えっ…」
「…ぬう…」
たしかにボールは見事にヘッドピンに当たって、爽快な音を立てて左右に飛び散った。が、どうしたことか倒れたピンはきわどく左右の端ピンを避けてしまう。球速が速すぎたのか、回転が足りないのか、それとも単に運が悪いのかわからないのだが、とにかく最悪最低のスプリットである。
「さ、最悪…」
「ローダウン投法は、時々こういういやなスプリットがでるんで、しかたないです」
「…どうやってこれ倒すんだよ」
「…まあ普通無理です。プロでも至難の業ですし…」
あっさり店長に引導を渡され、みぎては思わず頭を抱えてずっこけたのは言うまでもない。
(6「あのころヒットした歌謡曲は」へつづく)