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それでも生きる為に

【⠀巽  】


解離性同一性障害(DID)とはそもそもどんなものなのか?
今更かとは思いますが一度自分も記事に記しておこうと思います。


この記事でも少し触れているのですが、解離性同一性障害は解離性障害という病気の中の症状のひとつです。

多重人格、と言えば馴染みが深いでしょうか。

暫し漫画やメディアなどで「多重人格」「二重人格」等が扱われる事もあるので、この言葉を見れば「あぁ!」と思われる方も多いかもしれませんね。

簡単に言えば、ひとつの身体に複数の人格が存在している、という障害です。



精神疾患のない方でも、考え事をしていたり同伴者との会話に集中していて「どの様な道を歩いてきたのか覚えていない」事や、事故を起こした時に「事故の時の記憶がない」なんてことはあると思います。

これは正常な解離なので、誰しもが起こることです。


解離性同一性障害は「自己の同一性」がない「全く別の人格」が現れ、記憶・感情・行動・意識などに一貫性がなくなってしまいます。

時に年齢や性別、声色や趣味趣向などがガラリと変わったり、逆に本来の基本人格(生まれた時にあった元々の人格)や主人格(生活の大部分の時間を有する人格)との変化をあまり感じさせないように振る舞う人格もいます。

「人格がわかれなければならない程の強いストレスやトラウマ」を抱えながらも、生きていくための防衛反応により起った障害だと自分は認識しています。


※より専門的に知りたい方は文献や、精神科医の方の動画などもございますので、そちらをご参照頂ければと思います。






きっかけの話。




この体の家庭は、少し複雑でした。

精神科へ初診に行くと大体家系図を聞かれることが多かったのですが、書こうとするとスタッフさんが混乱する程度には複雑で、町からは離れた子供のいない地域に住んでいた為、大人の中で生活しひとり遊びが多い年少時代を過ごしました。

まだ自分達の中でもトラウマとして根深い部分が多い為、内部への配慮も含めて詳細を記せませんが、小さい頃から家庭不和(機能不全家族)で育ち、性虐待被害や虐めなど積み重なるものがあり、人格が表に出て活動をするようになったのは中学2年くらいの頃でした。

それでもなんとか中学時代を終えたものの、高校で更に状態が悪化。
学校での人格交代、OD、自傷行為などで学校側からの停学指示と親への通院を強く勧める指導をきっかけに複数の心療内科、精神科へ受診し初めて「解離性同一性障害」の診断がおりました。

未成年のうちから、適切に病院に通うことができて診断がおりた事は客観的に見た時に、恵まれている方だったんだと思います。


それでもネグレクトは途絶えず、人格交代を起こしていると分かると暴力をふるわれたり、過度にエスカレートしていく事象に限界を感じた当時の主人格が家出をし、実家を離れました。

「生きたいと思うなら、そこから逃げなさい」
「あなたにその力がいまあるのならば」
「このままでは死ぬよ」

その時一時的に通っていた病院の医師からの言葉に突き動かされるように、学校にいくふりをしてそのまま身体ひとつで家出をした。
それが自分達の力で生きていくための一歩でした。






現在の状況




家を出て全てが片付く訳では勿論なく…。

なんやかんやと怒涛の10年間程の期間を生き、約3年程の寛解(症状が落ち着き人格交代など目に見えての支障がほぼない状態)の期間を経て、再び解離症状が強くなってきたのをきっかけに、現在は寛解前に診てもらっていた病院に再び通院をしています。

寛解中に基本人格と交際を始めた同性のパートナーと共に、現在は統合に向けて前向きに治療を続けている形です。


統合についてや治療方針やパートナーについてはまた別な記事で…。






記録することについて




何故自分達がこうしてnoteやYouTubeなど、「解離性同一性障害ということを隠さずに、1人の人間(の中の人格)として」公の場で言葉や記録を残そうと思ったのか。

そもそも、あやせんち。の基本人格である「あやせ」は、人格を受け入れていません。

受け入れていない、というのは少し違うのかもしれませんが、自分の中の人格に対して嫌悪感や異質なものを見る感覚が強く、記憶のない出来事や他人格の痕跡にパニックを起こし、それこそ異常な自分はこの世にいるべきではないというところまで極端に思考が飛んでしまうようです。


自分達の目指しているのは統合であり、この身体の人生を自分達の好きなようにしていきたいわけでは決してなくて。
人格それぞれに思いがあり、考えがあり、それでもこの体を生かすために今まで生きてきた事を伝えたいと思ったのが1番最初のきっかけでした。

幸いにも、それをサポートしてくれるパートナー(相方)や友人の存在もあり、何よりあやせ本人にも、人格は異質なものではなく、少し偏った部分はあれど普通にコミニケーションを取る事が出来る存在だと言うことを、前向きに受け入れて欲しい…と思っています。


それを受け止めてくれたら、もっと治療が楽になって進むような…そんな勝手な思いを俺はずっと持ち続けているんです。


そして、この疾患はそれぞれ症状は千差万別であり、まだまだ知られていない部分も多い疾患です。
自分達も含め、治療の経過や思いを整理する中で、同じDIDで苦しんでいる当事者さんや、その周りのサポーターさんにも、なにかきっかけやヒントになるような事が得られれば嬉しいなと思っているのです。

どのようなプロセスを辿って自分達が今までを、そしてこれからを歩んでいくのか。
その先に、今よりも生きやすく、穏やかな日々が増えていってほしい。
その為に歩みを止めず、俺達はゆっくりでも人格達やパートナーと進んでいきたいと思っています。


いつか、こんな事もあったね…と記録を振り返って笑い合えるように。
そこに俺達人格が存在していなくても、自分自身の人生をパートナーである彼女とならんで歩いている姿があれば何より俺達も存在していて良かったのだと思えるような気がしています。



記憶より、記録。


沢山の思い出を残していくのは、今からでもきっと遅くない。
自分達の為に。パートナーの為に。
何処かの誰かの為に。



拙い言葉ばかりですが、お読みいただいてありがとうございました。


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