民主主義の熟議をデザインする
過去の記事で民主主義を機能させるテクノロジー、民意を反映するさまざまなアプローチについて紹介してきました。市民の声を拾う仕組みや、民意を適切に反映する配点システムなど、興味深い事例でした。
一方で、上記のようなシステムだけで民主主義が機能するわけではありません。投票や声をあげることは確かに民主主義の重要な要素ですが、その内容は市民同士が熟議し、自らまちや社会について考えていくといった人間自体の自律・想像力が基盤になるからです。
今回はイギリスで民主主義の改善をデザイン的なアプローチも交えて行う非営利団体DEMOCRATIC SOCIETYの取り組み「PUBLIC SQUERE」の事例をもとに、市民自体が熟議を通して意思決定ができる力を養っていく行為やそのデザインついて考えていこうと思います。
なぜ熟議が重要なのか
■ ものごとが間接的に決まる代表制民主主義
近代の政治は市民の代表が政策づくりや議会での質疑などを担う「代表制民主主義」というかたちをとっています。しかし、民主主義のルーツである古代アテネでは市民が民会に集まり、直接意見を交わす「直接民主主義」が基本でした。
ルソーは『社会契約論』のなかで、代表制民主主義をこう批判しています。
人民が自ら承認したものではない法律はすべて無効であり、決して法律ではない。イギリスの人民は自分たちが自由だと思っているが、それは大間違いだ。彼らが自由なのは、議員を選挙する間だけのことで、議員が選ばれるや否や、イギリスの人民は奴隷となり、無に帰してしまう。
つまり、ルソーによると私たちが参加しているのは主に「選挙」だけであり、その後は議員に託されてしまう。ここに代表制民主主義の課題があるというのです。
■ 投票は熟議・熟慮を前提に機能する
とはいえ、現在の国や自治体は古代アテネのような人口規模ではないですし、直接的に市民が集まって議論をするというのも現実的ではないかもしれません。そのため投票が民主主義において重要な役割を担わざるを得ないのが現状です。けれど、その投票という制度には「多数決」という落とし穴があります。
以前の記事でも「一人一票の多数決では少数者の深い困りごとはどのように処理されるのか?」という問いを投げましたが、他にも「政策についてそもそも深く理解できているのか?」という点も存在します。つまりは投票システムの改善だけではなく、市民自体の熟議・熟慮がない多数決はかえって正しくない政策を導いてしまうこともあるということです。
■ ルソーの指摘への反論
ルソーの指摘に戻りましょう。仮に選挙だけが市民の参加するところととらえるならば、それ以外の期間市民はなにもすることがなくなってしまいます。
しかし、投票に熟議・熟慮が必要というのであれば、選挙と選挙の間は市民にとって「熟議・熟慮」の期間ととらえることができるはずです。
こう考えると、現状の政治システムで生きる以上、市民にとって熟議・熟慮が必要な理由がわかるのではないでしょうか。
地方自治体の熟議のデザイン
DEMOCRATIC SOCIETYが運営する市民参加のリサーチ&実験体「PUBLIC SQUERE」の「The Innovation in Democracy Programme」はイギリスの地方自治体の住民をランダムで抽出し、まちの未来を考える熟議を行いました。
熟議の終了後に作成されたムービー
■ ダドリー市 | 熟議の上、アイディアに投票で優先順位をつける
ダドリー市ではランダムで召集された40名の住民に、下記の問いが設定されました。
1. タウンセンター(まちの中心となる多目的施設)を活気に満ち、愛され、誇りを持てる場所にするために、住民と議会が協力してできることは何でしょうか?
2. ダドリー市の2030年、3年後、1年後にどのように変化をもたらせるでしょうか?
上記の問いをもとに、まず1日目にはダドリー市の2030年の行政ビジョン戦略の進め方の共有、熟議のためのガイドラインの共有などが行われました。2日目には「活気があり、愛される場所にするためには?」というテーマで議論。
3日目にはまちに関わる人々の話を聞いたり、街の中心部で好きなものや嫌いなものの写真を撮ることでアイディアの着想を得るプロセスを踏み、4日目にはアイディアを提案にまとめていきました。
住民から出されたアイディアをさらに投票により優先度づけしていった表
最終的には上記の表に基づいた提案書を作成し、議会に提出されました。最終的には投票ですが、その過程に多角的なプロセスでまちの課題について熟考されていることがわかります。
熟議が政策決定に直接的に関与している事例
ダドリー市は市民性を養う役割のワークショップ的なもので、「選挙と選挙の間」で必要な熟議だと思います。しかしすでに、選挙のために熟議をするのではなく、市民による熟議を「政策づくり」の過程に組み込んでいる事例もあります。
■ アイルランド |「市民議会」が中絶法に関する国民投票のきっかけに
アイルランドでは2018年に人工妊娠中絶を事実上禁止する現行憲法をめぐる国民投票が行われ、66.4%の賛成多数でこの憲法を廃止することが決まりました。
この国民投票はランダムで選ばれた99人の一般市民で構成された「市民議会」がきっかけになっています。市民議会は政府によって任命された議長と、年齢、性別、社会階級、地域の点でアイルランド社会を反映するメンバーで構成されています。
市民議会は、中絶に関する情報を25人の専門家から意見を聞き、一般市民および利害関係者からの300件の提出物を確認、議論を導くために以下の主要な原則を設け、政策立案をしていきました。
・意見が違う者の視点を尊重しているか
・草案資料の品質が公平なものになっているか
・市民議会のメンバー間の声の平等・効率・尊敬と合議制に基づいているか
その結果、2017年に、現行憲法の改定を勧告する最終報告書をアイルランド議会に提出し、のちの国民投票につなげています。政治家が政策を決めるのではなく、ランダムで選ばれた市民が熟議によってボトムアップに政策を変えていく事例として紹介しました。
他にもオーストラリアで核廃棄物の貯蔵、フランスやイギリスで気候変動について、ランダムで召集された市民による熟議・投票が行われています。
熟議をデザインするために
PUBLIC SQUEREはダドリー市などの一連のプロセスを終えたあと、熟議のコツをいくつかハンドブック「IiDP handbook - How to run a citizen assembly」としてまとめています。また彼らが所属している国際的な民主主義研究のネットワークである「DEMOCRACY R&D」からの参照も含め、いくつか熟議の運営に関するコツを紹介します。
■ 机上の議論ではなくエビデンスとなる声を集めて話し合う
ハンドブックではただ単に住民が議論すればいいというだけではなく、下記のようなかたちで熟議を形成していくことを推奨しています。
住民が解決すべき課題を持ち寄り、その課題のエビデンスとなる声を集め、そのエビデンスについて議論していくこと。
この「実際の声を集めて議論する」というところが、単なる机上のディスカッションではない建設的な話し合いを可能にするということです。政策の話し合いにもデザインリサーチ的なプロセスが重要なんですね。
■ 適切なファシリテーターを設置し、優れた問いを設定する
オーストラリアの非営利団体newDemocracyは、熟議の出発点となる問いの設定も重要としています。例えば以下のようなものです。
・ヤラ・バレー・ウォーター(民間の水道会社)は、誰にとっても公平な価格とサービスのバランスをとる必要があります。どのようにすればいいのでしょうか?
・インフラ支出を利用してコミュニティを改善するためには、どのように200万ドルを使うのがベストなのでしょうか?
前者の問いは「簡単な問いからはじめる」「トレードオフを明確にする」「オープンドクエスチョンにする」という点が意識されており、後者は「問いを簡潔で具体的に」「数字は具体的にする」「ゴールを明確にする」「パラメータを明確にする」が意識されています。
■ 参加者は質が高くバランスの取れた情報や、専門家の知見にアクセスできる
一般の市民は当然すべての政策や社会の問題について知っているわけではないので、ある程度の前提知識や、必要であれば専門家に聞いたりできる環境づくりが大切です。
例えば以前取り上げたCitizens Initiative Review(市民主導の審議、以下CIR)はランダムで召集された24人の市民が「市民パネリスト」となり、政策のレビューを行う仕組みですが、ここでも政策の提案者が市民パネリストから質問を受け、それに対して第三者の専門家が質問に答え、市民パネリストは提案、専門家の見解など全体を通して政策の価値や、付随するトレードオフについて熟考する形式になっています。
このような知見へのアクセシビリティを高めていくことは熟議の質を高める上で大切です。
■ 参加者をランダムに選び、社会の人口統計と合わせる
PUBLIC SQUEREは国際的な民主主義の研究ネットワーク「DEMOCRACY R&D」にも属しています。同ネットワークで定められている、熟議におけるポリシーにも則っています。
参加者をランダムに選択することにより多様なコミュニティや地域の人を取り入れ、プロジェクトと社会の人口統計を一致させる
実際にダドリーの事例では実際にランダムで声かけを行い、実際の人口統計(性別、年齢、地域、職業、世帯形態、障害、民族)からかけ離れないようにメンバーをアサインしワークが行われています。
民主主義における代表制の考え方に「描写的代表」というものがあります。簡単にいうと社会の代表を決める上で、その代表の属性は社会の描写になっていなければ、過少代表といって代弁されない意見が生まれてしまうということです。これらの観点からも参加者選びをランダムで行い、さらに人口統計に合うように調整していくことは熟議の運営において重要とされています。
おわりに
熟議とひとくちにいっても召集の仕方、ファシリテーション、意見のまとめ方、などさまざまな実行のコツがあることがわかりました。
こうした方法を意識せずに「市民参加」を行ってしまうと、どうしても担当者とつながりがあってプロジェクトに応募してくるようなアクティブな市民が多くなってしまったり、適切なファシリテーションがないことで対立を生んでしまったり、議論の収束がうまくいかないこともあるのではないかと思います。
自分は普段熟議をしているか?という問いはもちろん、自分の自治体で市民参加の取り組みをするにあたっても、どのようなかたちで行うのか?というところを改めて問い直してみるのもよいのではないでしょうか。下記の問いで本記事は終ろうと思います。
・日本やあなたの地域ではどのような形で「熟議」がなされていますか?
・熟議のメンバー構成や設定する問いなど、進め方は適切でしょうか?
今回のように議会・行政×デザインの話題についてもし興味をもっていただけたら、本マガジンのフォローをお願いします。また、このような市民の熟議や、参加のかたち、その他なにかご一緒に模索していきたい行政・自治体関係者の方がいらっしゃいましたら、お気軽にTwitterDMまたは下記ホームページからご連絡ください
Reference
・#Choose大学 2月第2回「政治とは何か?」代表制から考える政治ー代表制への批判ー 講師:網谷壮介(政治思想史研究者)
・ルソー『社会契約論』
・GOV.UK「IiDP_handbook_-_How_to_run_a_citizen_assembly.pdf」
・Global Research 海外都市計画・地方創生情報「タウンセンターと大型ショッピングセンター②イギリスでは」
・Electoral Reform Society「The Irish abortion referendum: How a Citizens’ Assembly helped to break years of political deadlock」
・De Correspondent「Democracy is in decline. Here’s how we can revive it」
・DEMOCRACY R&D