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21世紀の行政組織をつくるデザイン会社「FutureGov」

過去の記事で行政府が運営するデザイン組織としてニューヨークのサービスデザインラボや、ヘルシンキ・デザイン・ラボなどを取り上げてきました。今回はイギリスの上場企業「The Panoply」傘下で行政府向けのデザイン機能を提供している「FutureGov」について調べました。

21世紀の行政組織とは? なぜ公的機関を変化させるのか?

「21世紀の行政組織をつくる」をビジョンとするFutureGov。彼らのアプローチはテクノロジー/サービスデザイン/組織開発で行政組織をアップデートしていくことです。

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テクノロジー/デザイン面のアップデートにより時代にあった行政府をつくっていこうという姿勢に加え、公的機関を変化の触媒にする上で、下記のような項目を大事にしています。

・多様なチームを編成すること
・インクルーシブな意思決定を奨励すること
・応答性の高い政府を構築すること
・省庁間のコラボレーションの機会を増やすこと
FutureGov - Mission

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このような行政府/議会の変化が政策、サービス、投資/補助金、供給/委託、行動変容/教育、市民の行動につながっていくという考えを示しています。(Medium - The power of councils in the climate era

"Our organizations must be models of the world we want to build"(私たちの組織は私たちが実現したい世界のモデルにならなければなりません) - Umair Haque

ロンドンの経済学者で『The New Capitalist Manifesto』の著者ウマイール・ハクの言葉を引用しながら、公的機関の変容こそが社会のあるべき姿に波及をしていくのだ、と行政府の変革の意義を主張しています。

創業者ドミニク・キャンベルのキャリア

創業者CEOのドミニク・キャンベルはロンドンの地方自治体で5年間勤務し、2008年にFutureGovを設立しています。Webスタートアップとして介護福祉士と施設をつなぐ「Patchwork」、料理が好きな人と身体が不自由な高齢者をつなぐ「casserole」などを共同創業しており、官民の両方でテクノロジーによる社会課題解決を行ってきた人物といえます。

行政府のデザインをするに当たって、デザイン/テクノロジー/イノベーションの実績はもちろんですが、民間企業とは異なる文化で職員を動かして行ったり、変革をになっていくためには行政組織のメカニズムの理解も不可欠です。自治体での勤務経験があるというのは、行政側からみてもパートナーとして頼りやすいのではないでしょうか。

今回はFutureGovが強みとするデジタルサービスデザインと、行政組織の変革の2つの事例をピックアップして紹介しようと思います。

サービスデザイン事例 | 子供の社会的ケアにおける地方自治体との協働

🔍  課題設定 | ソーシャルワーカーの業務を分析
このプロジェクトは、現状のソーシャルワーカーの管理ツールに課題を持っていたロンドン自治区の一つであるハマースミス・アンド・フラム・ロンドン自治区、ケンジントン&チェルシー王立区、そしてウェストミンスター市議会の児童課から「子供の社会福祉に対して、テクノロジーはどのように役立つのか?」という問いを受けてはじまりました。

というのも、以下の図にあるようにソーシャルワーカーが家族と向き合うに当たって、データ入力やマッチングを行うエージェンシーとのやりとりに膨大な時間が割かれていたという背景があったからです。本質的な業務をサポートすることが役割のはずのテクノロジーが、逆に家族と向き合う上でのボトルネックになっているというのです。

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ソーシャルワーカーの業務の60%がライティング、記録、データ入力に。20%がそのほかの管理業務に追われ、わずか残りの20%が家族と向き合う時間になっていた。(FutureGov - SlideShare

ユーザー調査を行っていくと、ソーシャルワーカーの業務の6割がデータ管理に割かれており、2割がエージェンシーとのやりとりに割かれていることがわかりました。理由をみていくとツールの主目的が「自治体が情報を管理すること」になっており、本来の目的であるソーシャルワーカーが情報を活用しやすかったり、子供たちとその家族と情報を共有しやすい設計になっていないことという結論に至ったようです。

👫 協働 | 現場の職員と協働し、ユーザーに共感する
私たちは、児童のソーシャルワーカーとのマッチングから、彼らがケアを離れるまで、児童にとってのジャーニー全体で現場の職員と協働し始めました。各ステークホルダーと会い、担当課と協力してインサイトをデザインに当たっての理想像に反映し、ユーザー体験をサービス開発の中心に据えました。

FutureGovのデザイナーは家族や子供と時間を過ごしながら、ケース管理やケアのサービスを利用し、利用の体験がどのようなものかを理解しようとしました。透明性、データの所有権、医者との関係に関する課題など… 家族とソーシャルワーカーの両方の経験と関係を改善できるポイントをリストアップしていきました。その改善ポイントに対して、FutureGovの過去の経験をもとに適切にテクノロジーを使うべく、サービスを設計し始めました。

💻 開発 | ソーシャルワーカーと家族を中心にした設計
開発に当たって定められたプロダクトのビジョンは、ソーシャルワーカー、家族、マッチングを行うエージェンシーら各人のニーズを満たす、アクセシブルなオープンプラットフォームを作成することでした。

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デザイン原則
1.「家族自身が情報に主体性を持てる」
2. 「ソーシャルワーカーが事務作業に当てる時間を減らし、家族に対する時間をより多く持てるようにする」
3. 「テクノロジーが単純なツールとしてだけではなく、ソーシャルケアの実践をサポートできるようにする」
4. 「テクノロジーにより、意思決定は協働で行われるようにする」
FutureGov - SlideShare

できあがったデザイン原則と画面イメージは上記の通りで、このバリューに沿って開発が勧められました。α版を開発したら、12週間にわたって35人のソーシャルワーカーにパイロット運用を開始。家族も含めたフィードバックに基づいて設計を継続的にテスト、学習、反復したといいます。

📈 成果 | ソーシャルワーカーと家族との関係性および生産性の向上
パイロット運用後、各自治体はFamily Storyを以下のように評価しました。デザイン原則で定めた方針が自治体にも認められた形になっています。

・家族とソーシャルワーカーの関係を深める
・家族がソーシャルワーカーの仕事をよりよく理解できるようになる
・ソーシャルワークの質を向上させる
・ソーシャルワーカーは家族と向き合う本質的な仕事に多くの時間を費やし、情報を記録する時間を減らすことができる

FamilyStoryによるソーシャルワーカーの生産性の向上は最大30%におよぶとされ、2019年の英国ITアワードの最優秀公共部門ITプロジェクトを受賞しました。

行政組織・政策への伴走事例 | 英国の健康サービス10カ年計画

FutureGovは英国政府のNHS(National Healthcare Service)の10年にわたる長期計画にも伴走をしています。こちらは単純にデジタルサービスをデザインしているだけではなく、行政組織自体にアプローチしている事例です。

🗒 職員と一緒にデザインリサーチ
NHSとの協働が決まり、まず最初に行ったのが6週間にわたるデザインリサーチ研修でした。このスプリントではFutureGovのデザイナーと一緒に、NHS職員がリサーチ〜分析を行うというものでした。

東ロンドンでリサーチを行ったチームは、最近緊急治療受けた患者の家で一緒に時間を過ごし、インタビューを行いました。このようなエスノグラフィ的なアプローチを取ることでサービスの受益者の持つ文脈の解像度を上げていき、ジャーニーマップに落とし込んで行きました。

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インタビュー風景

ユーザーだけではなく現場のサービス提供者にも赴いて、現状のサービスを理解していきました。London Ambulance Service (LAS)、North East Ambulance (NEAS)、Yorkshire Ambulance (YAS) などの病院を実際に訪れ、サービスを提供する様子を観察したといいます。その様子やリサーチから得られたインサイトはリサーチプロジェクトの最後に各チームに共有されました。

💭 あるべき緊急時のケアの姿に向けての問いを立てる
この計画ではUEC(Urgent and Emergency Care、緊急・非常時のケア)についてフォーカスして、あるべきサービスの姿を考えていきました。

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前者のAS-ISのシートでは現状の課題を、後者のfuture-facingのシートではこれからつくるべき姿を想像しやすいような設問がおかれています。このような問いかけをストックし、ファシリテートしていくことで組織としての方向性が明確になっていくのでしょう。

🗺 施策のグルーピングと優先順位づけ
そして、行っていく具体的な施策も可視化していきます。下の写真では施策を「継続する必要がある」「もっと努力すべき」「あらたにはじめるべき」で分け、分類。さらに解決すべき課題を「インパクトをもたらす上での潜在性の高さ」「実装への複雑さ」を4象限にわけて、マッピングしています。

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🧭  方向性の定義
上述の整理を経て、方向性を言語化していきました。最終的に定義された5つの方針は下記のような形で共有されました。

1. 健康上の成果を改善する(臨床的ニーズ)
2. 患者の信頼感と安心を醸成する(感情的ニーズ)
3. 生産性を向上させる(実用的ニーズ)
4. コストを削減する(実用的ニーズ)
5. 利便性を向上させる(実用的ニーズ)

NHSでの伴走プロセスでは1つめの事例と違い、あくまでファシリテーションに徹していることがわかります。行政職員の内発的動機を育み、デザインのナレッジをインストールしていくという形で関わることは、行政組織の変革において参考になるアプローチだと思いました。

「Panoply」へのジョイン

FutureGovは2019年「the panoply」に買収されています。サービスデザインを強みとするFutureGovはテクノロジーコンサル機能を持つpanoply入りにより、より包括的に公共セクターへの支援ができるようになることを狙いとしていたのだと考えられます。またpanoplyとしては開発の初期段階のリサーチや検証、デザインを強みとするFutureGovが魅力的に映ったのでしょう。

M&A後も、引き続き行政府との関係性は受発注ではなくパートナー的であり、共創的な関わり方になっているように見えます。これは英国政府のデザインに対する理解や、前半で触れたようにドミニク・キャンベルのバックグラウンド、今までの実績などによるところでしょうか。民間企業でも公共に携わり変革を行っていくことはできるのです。

これから10年のビジョンは気候変動へのアプローチ

冒頭でFutureGovの行政組織の変革についての考え方について触れましたが、テクノロジー/デザインによる組織変革を行っていくことに加えて、昨年末には、21世紀を“インターネットと気候の時代 ”と位置付けています。

過去20年間でインターネットはすべてを変えました。デジタルにより21世紀の組織と人間中心の公共サービスを設計していくことができました。しかし注意を欠いている項目が「気候」です。昨年、英国の市民は政府に対して、環境へのアクションを取るように呼びかけました。しかし、どこから手をつけたらいいか、行政府も苦労しています。私たちは10年間のデジタルサービスデザインで学んだすべてを使用して、変化のための組織変革に集中していこうと思っています。(ドミニク・キャンベル)

イギリスは主要国で初めて、2050年までに温室効果ガスをゼロ(排出に対して植林・炭素回収などの技術で相殺していくこと)にする法律を定めており、環境問題に対する政策的な重要度が上がっています。

創業して10年は主にヘルスケアや社会福祉を中心としたデザインに注力しており、今回の記事でもそのような事例を取り上げました。しかし上述したような政策の流れもあり、FutureGovも人間のニーズだけではなく、地球環境にも適応できるデザインを行っていくことを示しています。まだ彼らの実績ページには登場していませんが、地球環境も含んだデザインの考え方はいくつかブログ上で示されていたりはするので、次回以降で紹介しようと思います。

おわりに

今回の記事で触れた1つめの事例はデジタルサービスデザインの直球の事例として、日本でもデザイン会社が行政府向けに提供するにあたって参考することができるプロセスだと思いました。2つめの事例は組織の方向性を導くようなファシリテーション的な側面が強いものでした。行政府は組織自体がユーザー中心の視点を持っていなかったり、イノベーションが起きにくい構造になっているので、今後はこのような組織変革のデザインが重要になってくると感じます。FutureGovの伴走内容をみると行政職員が自らリサーチし、課題を定義し、ビジョンをつくり、施策に落とし込んでいく組織文化の醸成に寄与するものになっていると思いました。

一方で株式会社として従業員を持ちながら運営している以上、実績はデジタルサービスのデザインといった現状の政府からのニーズが強いものが多くなっているように感じました。数十年先の理想をスペキュラティブ/バックキャスト的に描くというよりは、地に足をつけて現状とその延長線上にある市民ニーズ/行政府の課題を解決していきながら、公共セクターを変革していく姿勢をとっている組織だと思いました。

👇その他のFutureGovの実績はこのページで一覧できます
https://www.wearefuturegov.com/work

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参考リンク

The Guadian「Dominic Campbell, founder and director, FutureGov」
City of Westminster - Westminster Children’s Services
Hammersmith & Fulham
NHS Long Term Plan
Medium - FutureGov & NHS
The Royal Borough of Kensington and Chelsea - Tri-Borough Executive Decision Report

👇行政府の評価の記事でもFutureGovを取り上げています


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