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ステークホルダーマッピングからはじまる公共のデザイン

以前に「行政府×デザインにおける異文化理解」という記事で紹介したオランダでの迂回路建設プロジェクトを紹介しました。そのなかでも触れましたが、当時そのプロジェクトに関わっていた組織コンサルタントのアンドレ・シャミネーは、そのプロジェクトにおけるステークホルダーの理解/関係性が行政×デザインの協働において重要であると振り返っています。

また公共サービスを提供する行政職員自体が関わる人々の理解を深め、構造的にプロジェクトにおける関係者の位置付けを把握していくことも有用です。サービスデザインの手法にはプロジェクトの登場人物を可視化する「ステークホルダーマップ」という手法があり、行政職員向けに、研修を行う国も存在しています。

そして近年では産業社会やテクノロジーの発展により気候変動や教育のアップデート、人種差別や分断などの社会問題も複雑化しています。そんななかでビジネスの発展や目先の課題解決だけではなく、持続的な未来への移行を適切に設計するトランジション・デザインでも、デザインの初期プロセスとして登場人物を可視化し、関係性を俯瞰するステークホルダーマッピングを位置付けています。

今回はそんな公共に対するデザインで、登場人物の関係性を可視化・リフレーミングしてチームのビジョンを明確にする事例や、社会に提案されつつあるあらたなアクタント(人間以外も含んだ関係者)マッピングの提示を行っている事例を紹介しようと思います。

対話のためのステークホルダーマップ | 公的機関との協働でビジョンを明確にする事例

スイスで行われた事例を紹介します。ジュネーブでソーシャルケアを担当する公的機関が、デンマークのAalborg University教授Nicola Morell、フェローのFanny Giordanoらのデザイナーチームに依頼した案件で、ステークホルダーマップを作成するワークショップが行われました。

日本では馴染みがありませんが、世界では内戦や財政危機によって自国を追われ、国外に逃れる「難民危機(Refugee Crisis)」が深刻です。このプロジェクトが行われた時、ジュネーブでもソーシャルケア(ここでは福祉、教育、健康、住居、生活費などの公的機関による支援)の受給者のうち20%が移民という状況で、公的機関の財政を圧迫しており、あらたな解決策の模索のなかでデザイナーへの依頼がなされました。

このプロジェクトははじめにステークホルダーマッピングが行われたわけではありませんでした。最初に行われたのはデザインチームのプロトタイプ制作で、移民に向けての情報提供と、地域住民との交流を促すことを目的としたものでした。

実際のところ、このフェイズ1は大部分の時間を公的機関とデザイナーがリモートで協働しており、チームとして共通理解を揃えられていなかったことが課題でした。プロトタイプも機関やデザイナー主導で行ったもので、移民自体が主体性を持ったものではありませんでした。このままのプロジェクトチームだといかん!ということで、フェイズ2をはじめる段階でステークホルダーマッピングのワークショップが行われました。主な狙いは以下の通りです。

・協働のなかでの共通言語を構築する
・フェイズ1の振り返りをする
・フェイズ2に向けてのビジョンをつくる
・フェイズ2の受給者やその他ステークホルダーの関係性について議論する

実際のワークショップの様子は下記のように、配られたステークホルダーカードを現状/未来の2つでマッピングしていくという形で行われました。

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公的機関の職員の一人によって作成されたステークホルダーマップ(The stakeholder map: A conversation tool for designing people-led public services | Linköping University Electronic Press

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デザインチームとともにつくられた最終的なステークホルダーマップ(同出典

最終的なアウトプットでは公的機関が中心の円から出て、他の機関と連携していく形になっています。公的機関の職員の一人が作成した現状図では、「公的機関」「受給者の移民」「その他機関」が縁の中心にいるのに対して、最終的に描く未来像は「地域住民」「受給者の移民」「受給者以外の移民」が中心になっていることがわかります。

さらにアンバサダーという存在が追加され、公的機関が介入しすぎるのではなく、移民同士や地域住民との助け合いを促進していくというビジョンを元にフェイズ2に進んで行きました。公的機関がサービスを施すだけではなく、地域住民同士のリソースをうまく活用していくという面では高齢者へのケアの文脈で使われる社会的処方にも近いかも知れません。

ここまでで、今まで公的機関と相互理解が築けていなかったデザインチームはステークホルダーマップを作成することは単純に優れたサービスをつくる過程だけではなく、行政/公的機関内や、彼らとデザイナーの対話の機会として、有効なアプローチであったとしています。

フェイズ2のレポートは公開されておらず、このビジョンがどのような施策につながったかは触れられていません。しかし彼らがいうように対話の機会としての有効性もですし、「ユーザー対提供者」という構図で思考が止まってしまうのではなく、そのほかに存在する想定ユーザー以外の人々のリソースをうまく活用する視点の会得をうまくファシリテートできていると思いました。また各ステークホルダーのカードを配布しワークを行い、対話の促進や現状分析と未来描く進め方が参考になる事例だと思い紹介しました。

地球のためのアクタント・マッピング | 環境中心デザインの視点

前回の記事では、民主主義を人間以外にも拡張してとらえる制度について考えていきました。

普段何気なく食べ、住まい、移動を行っている私たちですが、これらの行為の地球環境に与える影響はなかなか考える機会がないのでしょうか。Global Footprint Networkでは「普段どれくらい動物由来の食事をしているか?」「車を使った移動はどれくらいしているか?」など10項目ほどの質問に答えるだけで、「人類が全員あなたと同じ暮らしをした場合、地球が何個ぶん必要か?」という診断を受けることができます。私も診断を受けたところ「3.9個ぶん必要」という結果が出て、自分の生活がここまで環境に影響を与えているのか...とショックを受けました。これは普段の生活における関係者として、地球や環境を認識していないことからくる意表を突かれた感覚でした。

生活においてはもちろん、ビジネスや公共的な仕事においても、知らず知らずの間に地球環境や生物は関係者に入っているはずです。そこに着眼したデザイナーMonika Sznelは環境中心デザインを提唱し、環境や生物を関係者としてマッピングすることをフレームワークの一部としています。

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Monika Sznelのmediumより

このマッピングキャンバスでは中心に解決対象となるメインの課題を据えます。その次の層に直接関係するアクタントを置き、さらに周縁に間接的なアクタントをマッピングしていきます。

【アクタント】人類学者ブルーノ・ラトゥールによるアクター・ネットワーク理論で使用されている言葉。同理論は社会的、自然的世界のあらゆるものを、絶えず変化する作用のネットワークの関係者に位置付けており、Monika氏も「人間だけではないすべての存在」を表す言葉として用いていると思われる。

通常のステークホルダーマッピングでは関わる人間を可視化していきますが、このフレームワークでは川や山、植物などといった環境もマッピングしていきます。これによって問題解決のメインのお題だけにフォーカスしすぎず、与える社会的な影響を俯瞰してとらえることができるモデルになっています。

問題解決を行う際、何かを解決しても、何かに悪い影響を与えている可能性は当然存在するものですが、普段こうした意識はなかなか持ちづらいのではないでしょうか。特に人間以外や、間接的なアクタントとなるとなおさらです。部分最適ではなく、構造的に問題に取り組んでいくというマインドセットでプロジェクトに向かう上でも有効な考え方だと思いました。

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記入例では持続可能性にフォーカスしたプロダクトを題材にしている。コンセプトはソーシャルグッドでも「どのような素材を使うのか」「そしてその素材を使うことでどれくらいプラスチックを使うのか」などの環境への影響が記載されている。(同出典

環境中心デザインの考え方はMonika氏自身も普及に奮闘している途中であり、実際にこのフレームワークを使って自治体や国、会社などが行った詳しい事例はまだ見当たりませんでした。ですが、たとえばappleは「事業全体で2030年までにカーボンニュートラルを達成する」、マイクロソフトは「創業以来、地球の大気中に排出してきたCO2を2050年までに回収する」といった宣言を出しているなど、さまざまなプレイヤーが非人間への影響を考慮した施策を打ち出しています。これらの取り組みは素晴らしいですが、あくまで「与えてしまった影響を取り戻す」取り組みであり、そもそもが資本主義のなかで「経済や人間のためなら犠牲を伴っても構わない」という無意識の価値観に根ざしているものです。デザインの初期段階でこうしたマッピングを行い、持続的なビジネスやプロジェクトを行っていくことは、これからの時代のスタンダードになってもおかしくないと思いました。

複雑な関係性を解きほぐすところから課題解決ははじまる

ビジネス・テクノロジー・デザインの進歩は目覚しく、ひとの仕事の効率性や能力自体は昔よりも格段に上がっていると思います。ではなぜ社会問題の解決が難しいのでしょうか。その要因は「社会問題は独立して存在するのではなく、複雑につながりあってできている」ことが大きいと思います。

表出している問題を壊すだけで解決するなら、社会問題の解決はもっと進んでいるはずですが、そもそもの問題の関係性を読み解くことが重要ということです。その可視化ができないと「この問題を解決したけど、あの問題が悪化してしまう」ということが起こってしまいます。産業社会の発展はひとを豊かにしている側面もありつつ、格差を生んだり、地球を蝕んでいるように。またはソーシャルメディアの発展は情報取得を便利にする一方で、ひとが心理的に依存してしまう側面もあるといったように、です。

ステークホルダーマッピング自体は特に真新しい概念ではなく、ビジネスやサービスデザインといった分野でも用いられるものです。しかし今回紹介した二つの例は公共における複数の属性の住民や環境といった、社会を起点とし広く関係者をとらえ、そもそもの関係者をリフレーミングできる点に有用性があると感じます。複雑な問題や難題にぶつかったときに改めて下記のような問いを立ててみてもよいのではないでしょうか。

・あなたのプロジェクトの登場人物を可視化し、それぞれの与え合う影響や関係性を書き出してみましょう。現状の登場人物の関係性は理想の状態になっているでしょうか?

・理想の状態になっていない場合、どのように組み替えるとよりよい関係性が築けそうでしょうか?

今回取り上げたような公共×デザインについて興味をもっていただけたら、本マガジンのフォローをお願いします。また、公共のデザインやその取り組み、その他なにかご一緒に模索していきたい行政・自治体関係者の方がいらっしゃいましたら、お気軽にTwitterDMまたは下記ホームページからご連絡ください。

Refference

The stakeholder map: A conversation tool for designing people-led public services | Linköping University Electronic Press
Stakeholder Mapping Workshop-Emerging Use and Impacts of Open Budget and Aid Data in Nepal
CMU - Transition Design Seminar
Tools for environment-centered designers: Actant Mapping Canvas
Global Footprint Network
Bruno Latour『社会的なものを組み直す: アクターネットワーク理論入門』
マイクロソフト、スターバックスなど9社がCO2排出量ネットゼロを目指し連携
INTERNATIONAL RECUE COMMITTY - Refugee Crisis
Bason, C. (2017). Leading Public Design: Shaping the Next Governance Model. 1st ed.
西智弘ほか『社会的処方: 孤立という病を地域のつながりで治す方法』

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