甘いイナズマ
行きつけの鉄板焼きでの出来事。
その日は心なしか、上機嫌で、軽くステップを踏み出しそうなその足は、気づいたら店に向かっていた。暖簾をくぐり、ガラガラと扉をあけると、いつもの活気がそこにはある。奥に伸びる店内には、L字型に鉄板と一体となった、少し汚い客席が広がっていて、それもまたちょっとしたディープな雰囲気を醸し出していた。賑やかに埋まっている席の中、若いカップルらしい二人と一つ席を開けた、扉に近い角に案内され、座った。
「お兄ちゃん、飲み物は?」
「生で」
そう聞く大将がまた、変わり者である。鉄板で焼いている若いあんちゃんがいるのだが、大将の娘婿と思われる彼が、少しでもまごつこうものなら、
「何しとんのやー(怒)」
と割とマジなトーンで𠮟責が飛ぶ。最初、見た時には驚いたものだが、今となってしまえば、それが店の魅力の一つとなっているような気がする。そんなあんちゃんに気を使いながら、お肉を頼む。
「牛ロースと、コウネを」
ここまでくると、一息ついて店の雰囲気を楽しむことができる。周りにいる客を見てみれば、Yシャツ姿のサラリーマンが生を片手に談笑している。また、ある席には熟年の夫婦が、楽しそうにホルモンを食べている。大将の迫力に負けない面々がいつもの通りならんでいた。
ハイボールを半分ほど空けると、あんちゃんは火の通った肉に野菜を入れ始めていた。後ろで見つめる大将との間に、微妙な緊張感をかぎとって、「頑張れ」と思いつつ視線を切ると、不意に近くの若いカップルのぎこちなさに気づいた。
丸メガネの男は、オシャレさを身にまとっているようだ。不自然さのないパーマに合わせて、それとなくシンプルな服を着こなしている。手前に座る女は、遊び慣れてないように見えるポニーテールや服装の割に、自分の良さを知っているメイクをしていた。
二人の目の前には、微妙に鉄板焼きが残っている。それを目の前にして、会話がはずむわけでもなく、店の雰囲気を楽しんでいるわけでもないようだった。手元にある二人のグラスの距離も離れていた。とはいえそこには二人だけの空間があった。まるでそこだけ別世界が広がるように、微妙な温度の低さがあった。
大学生、付き合いたてのカップルかななどと、目ざとい江戸川コナンばりに思考を巡らせていると、牛ロースとコウネが私の目の前に出てきた。ここの店の肉は、新鮮な甘みのある野菜と合わさっておいしいのだが、それを味わう余裕は私にはなかった。
(こいつらなんなんだ、めちゃくちゃ気になる。)
そう思いつつも、デリカシーなく詮索するわけにもいかない。仕方なく、それとない観察を続けていると、誤って塩味のコウネを、ホルモン用のみそだれにつけて食べてしまった。すかさず大将のツッコミが入る。
「お兄ちゃん、みそだれで食べてもおいしくなかろうがぁ、もともの塩味ついてるよ」
二人に気を取られていた私が恥じる間もなく、周囲からは客にも容赦しない大将に笑いが起きる。そういえば、ここのコウネは塩で食べるんだったと思い直すと、大将は新しい肉を焼き始めていた。
肉を焼きながら周りを見渡す大将の前、鉄板から、恐る恐るコウネを塩味のまま食べている私を見て、二人の気まずさを打ち消すキッカケを得たかのように、丸メガネの男が小声で女に話しかけていた。
「そりゃみそで食べられないよなぁ~」
二人に集中していた私は、その話を聞き漏らすはずもなく、ここぞとばかりに、男の方と目を自然にあわせようとした。目が少しあって、微妙に苦笑いを浮かべながら、まるでそのつぶやきが私にかけられているかのように(そしてそれは半分そうなのであるが)、うなずくと二人と会話するキッカケを勝ち取った。
「そりゃもう、塩のままでしか食べられないですよ」
小声で続けて
「でも、この感じが好きなんですよね」
「あ、分かります(笑)」
そうあいづちを入れた彼女に対して、あなたさっきまでと違ってそんな表情するのねと思いつつ、1:2のキャッチボールを続ける。
「この店にはよく来るんですか?」
誘導通りのボールが、イケてるパーマから投げられる。
「二回目ですね、最初は、こんな路地裏にあって行列ができてるのが気になってですね」
間がわずかにあいた。飛んでくる球は打ち返しても不自然ではない。撃って良いのは、撃たれる覚悟のある奴だけだ。
「お二人は、よく来られるんですか?」
「いえ、はじめてですね、外に人が並んでるのが気になって入ってみちゃいました」
男がそう答えたあと、やはり不自然にならないように、気になるところを聞く。
「お二人は、会社の同僚とかですか?」
「いえいえ、違います、違います」
「実は、今日初めて会ったんですけど…」
なるほど、だいたい全てを察した私は、一応確認するように聞く。
「どこで知り合われたんですか?」
「マッチングアプリですね」そうちょっと恥ずかしそうに答える彼らに対してせめてもの礼儀として、私は大げさにこう返した。
「時代だ・・・」
その後は、やはり気まずさを私で紛らわすように彼らと話したのだが、聞きたいことを聞いた私はあまりその内容を覚えていない。彼らが注文ないなら帰りなと大将に言われたのをキッカケとして、私もお会計をおかみさんに伝える。
5000円と言われたそれは、少し高くも感じたが、二人を楽しめたと思えばどうってことはなかった。帰り際、大将にあいさつしようとまっていると、同じく席を立ち、化粧室にいった女を待つ男と目があったが、「頑張って」とは言えずそれとなくあいさつして、店を出てしまった。
一人には冷たい闇に打たれながら考えた。
(多分、二人はうまくいかないだろうなぁ。でも、私の思いこみなのかな、実際マッチングアプリで会うところまで行ってるんだし。)
あの二人の間に流れていた緊張感は、甘いイナズマの予兆だったのだろうか。二人は、心が通じ合うことがあるのだろうか?。
「ないな(笑)」
軽く笑った私の足取りはやはりかろやかだった。