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4mgの置き土産【短編小説】【小説2】

 彼女は無表情に喜んでいた、彼の就職先が決まったことを。「カチャッ」音と共に煙は揺れはじめる。掃除されていないバルコニーのイスに腰をかけると、彼女はくわえたタバコを手に取り、最初の煙を空に吹きかけた。タバコから立つ煙は、心なしか踊っていた。
 思えば、未熟な彼を心配ばかりしていた。彼のお店での衣装は、雰囲気が少しズレていた。彼の髪型は、お世辞にも整っていると言えなかった。彼の性格は、はっきりしないものだった。次の仕事が決まってないのに彼は、ここを辞めようとしていた。そんな彼に次の仕事が決まったことを彼女は、喜んでいた。喜んで、その喜びに少し寂しさを感じていた。
 心の中から押し出すように二回目の煙を吐き出すと、扉が開いた。呼び出した彼が反対側に座った。

 「一本、いただきます」彼女は自分のメンソールを差し出すと、彼はちょっとだけ明るくいつもの断りを入れた。
 「良かったなぁ安田、新しいとこ決まって」
 「はい!、真礼さんのおかげです」そう言った彼は、4㎎のタバコを口にすると、慣れない手つきで火をつけた。
 「真礼さんがここで迷っている私の背中を押してくださったから、振り返ることなく前を向くことができたんです。でなければ、多分新しいとこ落ちてましたね。」
 彼が嬉しそうに煙をふかす様子を、彼女は子供を見守るような視線で見ていた。彼が煙を肺に入れてないことに彼女は今になって気づいて、それが余計に彼をかわいらしく感じさせた。同時に自分が悩んでいたことを思い出した。

 二週間前、彼女は悩んでいた。彼に辞めるかどうか決断を迫ったのは正しかったのか? 彼はそこで辞めると決断していたが、彼を崖から飛び降りるように仕向けただけではないのか? 未熟な彼をこのまま辞めさせてしまっていいのか? そんな思いが心の中に渦巻いていた。だからこそ、彼からLINEで入った「内定でました!」の文字は彼女を安堵させた。彼女はすぐさま「やったじゃん!」と返した。その時彼女には新たな悩みが生まれていた。「これからの店の人員どうしよう、誰を育てたらいいんだろう」

 「次の店長どうしたらいいと思う?」彼女は悩みを旅立とうとしていた彼にぶつけてみた。

(続く…)  

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