この土地の歴史が溶け込んでいる 《食堂味乃屋》のソーキそば
本島のほぼ中央、東側の海岸に位置する金武町。
この土地にある《食堂味乃屋》のソーキそばが美味しかった。昆布出汁、かまぼこ、あぐー肉の風味が素朴で味わい深く、泡盛と島唐辛子から作られたコーレーグスが合う。店内では地元の農家さんやお婆がそばをいい音で啜り、濃ゆいウチナーグチで会話をしていた。
建物は戦後建てられたコンクリートの家。どうして沖縄はこんなにもコンクリートの家が多いのか。戦後、深刻な住宅難に加え職人が戦争で亡くなった。その後、職人なしで建てた木造住宅《規格ヤー》は、台風に弱く尽く破壊されてしまう。
そこで出てきたのが鉄筋コンクリートの住宅だ。
米軍基地建設が開始され、地元の職人がコンクリートブロックやRC建築の技術を学ぶ機会を得る。原料となる石灰岩は本島中南部に豊富に埋蔵していた。RCに用いる鉄は兵器などから回収することができた。こうして沖縄にコンクリート建築の生産条件が整っていった。
コンクリートは白く塗られたが、数十年のうちに随分と年季が入り沖縄の風景に溶け込んだ。中には瓦もコンクリートで作られているところもある。
この町の60%は米軍基地「ハンセン・キャンプ」となっている(総面積 3,793ha)のうち2,109ha。山や海も含む)。米軍用の散髪屋やタトゥーショップ、パブなどが軒を連ねる。といっても随分少なくなっているみたいだ。
味乃屋の女将さんも、元々は飲み屋を経営していたが辞め、母が切り盛りしていたこの食堂を引き継いだのだという。この町には色んな歴史が溶け込んでいる。