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バイアスへの対応が最も必要なリーダーへの提言書『リーダーのための【最新】認知バイアスの科学 その意思決定、本当に大丈夫ですか?』より 第1回 ~まえがき~

バイアス研究の第一人者である著者が、ビジネスパーソン向けに神戸製鋼所や旧ジャニーズ事務所など30の事例から組織が陥りがちな「意思決定の罠」とその処方箋を解説したバイアス対策マニュアル『リーダーのための【最新】認知バイアスの科学 その意思決定、本当に大丈夫ですか?』から書籍内容を抜粋してご紹介。第1回は「まえがき」著者からのメッセージです。


まえがき バイアスでビジネスの世界を解釈する

 新入社員のころ、入ったばかりの会社でミスをしたときに「きみはおっちょこちょいみたいだな。これからは落ち着いてやってくれよ」と、上司からやさしく注意されたことはありませんか?
 上司は怒らなかったし、やさしく指導してくれたけれど、自分としては幼いころからしっかり者と言われてきたのに……と、なんとなくモヤモヤした感じが残ったことがあったかもしれません。
 しかし、時が経ち、あなたが上司になったときには、新人メンバーのミスを「きみはおっちょこちょいみたいだな。これからは落ち着いてやってくれよ」と、やさしく指導しているかもしれません。
 これは、現実社会によくあるバイアスの一つです。「基本的帰属の誤り」と言い、人間の行動の原因を、性格などの内的要因に帰属することを言います。

 本当は、ミスの原因は仕事のフロー、睡眠不足、時間不足、人員不足、連絡の仕組みなど、新入社員が置かれた状況の側にあったのかもしれません。
 しかし、そういう状況要因を考えず、ミスをした人の「おっちょこちょい」という性格が原因であると考えることで、仕事を回す仕組みを改善する機会を失うことになります。ミスが小さなものであるほど、状況要因が見逃されているかもしれません。
 本書で言うバイアスとは、心理学の分野における「認知バイアス」のことです。これは、人間が自分のまわりの物事を認識する際の歪みのことです。
 これは最近、広く一般に知られるようになってきました。本書では、認知バイアスという観点から、さまざまな企業不祥事や倒産の事例を解釈する試みをおこないます。
 バイアスによる意思決定の歪みの積み重ねが、会社を揺るがす大問題に繋がることがあるためです。

 この本を手に取っていただき、誠にありがとうございます。関西大学社会学部教授の藤田政博と申します。私は社会心理学を現実社会に応用する研究をしており、とくに最近は研究だけでなく実践にも取り組んでいます。たとえば「意思決定や問題解決におけるバイアスの影響」についての、教材開発に取り組んでいます。
 バイアスは、人間であれば誰にも日常的に生じるものです。
 一つ例を挙げると「ハロー効果」というバイアスがあります。
 肩書きや見た目など、何か素晴らしいところがある人は、それ以外のすべても素晴らしいと感じてしまう傾向です。たとえば「スタンフォード大学出身の若き大手商社マン」と聞くと、じつに仕事ができて有能そうに感じます。若さという魅力がありますし、表舞台に出れば、多くの人の人気を集めるかもしれません。
 
 しかし、肩書きが立派でも、どんな仕事でもすぐできるとは限りません。仕事には、経験と時間が必要なものや、人との繋がりが必要なものもあり、どんなに優秀な人でもできるようになるまで、一定の時間が掛かるものもあります。それでも、はたから見ていると肩書きに引きずられて、よいように認知してしまうことがあります。
 こういった素晴らしい肩書きを持つ人に対し、よく批判が起きる原因は、肩書きを聞いてしまった私たちが、ハロー効果によって期待レベルを上げすぎてしまうことにもあるのかもしれません。
 もっとも、バイアスを完全になくすことはできません。なぜなら「バイアスは、私たちの認知の仕組みに深く組み込まれているから」です。
 人間の認知の仕組みは、生き延びるためにあります。生き延びるためには、正確に認知することよりも、短い時間で生きるのに必要な行動を起こせることが大事です。
 ですから、認知として必ずしも正確でないものでも、生き残るのに不利でないものは残ってきました。また、完全に正確な結論は出せなくとも、だいたいうまくいく行動を導き出せる判断の仕組みが、サバンナ生活をしていた祖先から受け継がれてきました。

 しかし、古代の環境では問題なかったバイアスも、複雑で大規模な組織によって仕事がおこなわれる現代社会では、絶望的な失敗に繋がることも出てきました。
 なんとなくみんなと同じ行動を取っていたら危険な目にあったり、「きっとうまくいく」と過信して悲惨な結果に繋がったり、うまくいってきた自分たちのやり方を守っていたところ手遅れになっていたり……。これらの原因の一つには、誤った意思決定があります。そして、その意思決定に大きな影響を与えたものがバイアスなのです。
 企業や組織においては、リーダーが集団の意思決定をおこないます。組織では各階層にリーダーがいて、その階層の重要な方向づけをおこないます。
 その際の情報収集や判断がバイアスの影響を受け、かつ修正されなかったら、組織の行先を誤るかもしれません。
 ですから、リーダーほど、バイアスについて知っておく必要があるのです。

 本書では、次のような構成で、バイアスについてお伝えします。
 第1章では、リーダーにバイアス対策が必要な理由についてお話しします。
 第2章は、近年、日本を揺るがした事件・事故について、その原因にバイアスがあったという観点から、10個の認知バイアスによる解釈を試みました。本章で紹介するバイアスは十大かつ重大です。その意味は、たった一つで不祥事や倒産にまで発展しかねない可能性を秘めているということです。ここから貴重な教訓を汲み取っていただければ幸いです。
 第3章は、日常的に起こりやすく、組織を働きにくい環境に追いやる可能性のある20のバイアスを紹介します。おそらく「あ、これうちの会社(組織)にもある」というバイアスが見つかることでしょう。
 第4章は、バイアスに限らず、組織の意思決定を妨げるさまざまな錯覚や誤謬、集団の意思決定の問題について紹介しています。
 第2章から第4章は、単にバイアスや事例そのものを説明するだけではなく、どうすればそのバイアスや錯覚を軽減させることができるのか、対策についても紹介しています。ご参考になれば幸いです。
 最後の第5章は、第4章までの内容を踏まえた上で、実際にはどのような意思決定をおこない、問題解決していけばいいのかを紹介していきます。
 第2章から第4章までに出てくる不祥事などの事例は、バイアスに囚われた意思決定が大きな事態にまで発展したケースが少なくありません。そのような意思決定を避ける手順・思考法について紹介いたしました。

 本書は、主にリーダー層に向けて書いた本であり、実際、多くのリーダーを助けてくれる本だと信じていますが、組織はリーダーだけからできているわけではありません。
かつて社会心理学者のアッシュが研究したように、フォロワーの存在もとても重要です。そのため、本書は新入社員の方が読んでも役立つ知識がたくさん詰まっています。
 ですので、リーダーに限らず、多くのビジネスパーソンにとって「バイアス対策マニュアル」としてお読みいただけると思います。
 それでは、問題解決を妨げるバイアスについて知り、よりよい組織に向けてどのような対策をしていけばいいのかを、一緒に探っていきましょう。

 本書は学術書ではなくビジネス書ですので、わかりやすさ、読みやすさを重視しました。最後まで飽きずにお読みいただけるように作り上げてきた書籍です。
 そのため、本書の記述はそれなりの研究蓄積を下敷きにしていますが、読みやすさのため引用情報は基本的に省き、学術書の基準からするとかなり大胆な書き方も含まれています。本書は、厳密性よりも実用性、勢いや面白さを重視していますため、その点はご容赦いただければ幸いです。もし、一般向けで厳密性のより高い記述をお読みになりたい場合は、拙著『バイアスとは何か』(2021年刊、ちくま新書)をご覧ください。
 バイアスに関する知識の広がりに合わせて、バイアスが現実の実務とどう関係するのか知りたいというお声を聞くようになりました。本書がそのようなご関心にお応えできていれば著者として嬉しく思います。

書籍目次


第1章 なぜリーダーにバイアス対策が必要なのか?
第2章 実例から押さえておきたい重大(十大)バイアス
第3章 身近に潜む組織に悪影響な20のバイアス
第4章 意思決定を妨げる錯誤に要注意
第5章 バイアスや錯誤を把握して、ベターな問題解決を


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