ひきこもりの家がピンポンダッシュされた話
ひきこもりは家にこもる。
ひきこもりは家で平穏に過ごしたい。
ただそれだけが望みなのだ。
その生活が脅かされると恐怖でしかない。
なので、ひきこもりの恐怖の対象といえば、まずあがるのは「訪問者」である。
彼らはひきこもりの意思を無視して不意に家にやってくる。
家のチャイムを鳴らし、これでもかとまくしたてる。
宅配便、郵便配達、保険のセールス、巡回カードを持った地域の警察官、etc..
正直にいうと、自己否定が強かった時代、チャイムが鳴っても出なかったことが何度もある(本当にスミマセン)
だが訪問者を恐怖の対象と思っていたのは20代前半の時までで、自分のひきこもりを受け入れてからは特になにも思わなくなった。
約20年以上ひきこもった結果の賜物である。
今では宅配業者や郵便配達員の方から荷物を受け取ると「ありがとうございました」と言えるようになったし、週に一度の生協も利用し野菜や肉や冷凍食品を丁寧に受け取ってるし、年に一度来る巡回カードを持った警察官にも応対し、自分の職業を聞かれても堂々と「無職です」と言えるようになった。
むしろお仕事大変だな、ご苦労様です。と思うときもあり、敬服する。
働いてる方はすごい。頭も要領も悪くメンタルも弱い自分には絶対できない仕事が「仕事」である。
訪問は、外と自分を繋ぐ良いものだ。
ひきこもりの自分は訪問者を尊敬する。
だが今日は違った。
いつものように部屋で趣味の漫画を描いてると玄関から「ピンポーン」とチャイムが不意に鳴った。
不意な訪問にも慣れてるので作業を中断してインターホンで受け答えた。
「…はい?」
「…」
「…何でしょう?」
「…」
聞こえないのかな?と思いながら、家のインターホンにはテレビカメラが付いてないので、玄関扉の前に立ってドアスコープを覗いた。
誰もいない。
ん?もしやこれは…と思ったが、訪問者がチャイムを押したが訪問先を間違えたのに気づいて慌ててその場から去ったと、いう可能性もあると思い特に気にも止めなかった。
作業に戻る。
だがしばらくして、また「ピンポーン」と鳴った。
不意のチャイムだが、さっきので少し疑っていたので、今度はインターホンには出ずにいきなり玄関に向かい扉を開けた。
もちろんゆっくりだ。
訪問者がひきこもりの撲滅を望む闇の組織が雇った殺し屋であれば、いきなりドアを開ければ殺し屋にいきなり刺される可能性があるので、いきなりではなくゆっくりと開けた。
誰もいない。
…良かった、殺し屋なんていない…… が、
ああ、これはやられてる…と思った。
通路には誰もいないが、敷地内にはチャイムを押した犯人がいるのかもしれないと思い、クロックスサンダルを履いて外に出る。
数メートル歩いて駐車場もある広い敷地内を見回す。
辺りには誰もいない。
…が、よく見たら植木の影から一人の小学校低学年らしき子どもが、こちらの様子をジーッとうかがっている。
うっすら笑みを浮かべてるようにも見えた。
そこで確信した。
証拠はないがわかった。
これはピンポンダッシュである。
見ず知らずの家のチャイムを押して走り去るという都市伝説。恐怖の所業。
これは突発性無差別的ピンポンダッシュである。
令和の時代を生きる子ども達もやるのかと思った。
ピンポンダッシュ。
自分の小学生の頃、下校時にやってる奴を見たことある。
ちなみに自分はピンポンダッシュをやったことがない。
知らない家のチャイムを押すのは恐怖だし、走るのがめんどくさい。
やってる奴が面白そうに笑っていたのだが、自分はそれの何が面白いかわからなかった。
子どもはまだジーッとこちらの様子をうかがっている。
仲間になりたいのだろうか。
あいにくひきこもりは孤独なので仲間はいらない。
こちらとしては、今後ただただピンポンダッシュを止めて欲しいので、どうしようと考えた結果、子どもに一言「チャイム押しましたか?」と聞いてみようと思った。
知らない人と会話するのは勇気がいるが、今後もピンポンダッシュされると思うとストレスだった。
もし子どもが「押しました」と答えれば「もう止めて下さいね」と言おうと決心した。
子どもに恐怖を与えないように、できるだけ優しい声をつくり、穏便にだ。
絶対に威圧してはならない。子どもは誰しも敏感で傷つきやすい。
自分も子どもの頃、教師や近所の大人達の何気ない一言に多く傷つき、トラウマを抱えた。
特に今でも大人の怒鳴り声は嫌いだ。
街中で大声で話す人からは離れたい。
トラウマなのだ。
思い返せば自分が不登校になった要因のひとつに大人の無神経な行動や発言などがあるのかもしれない。
自分はそんな大人になりたくなかった。
自分は声をかけようと子どもに向かって歩を進めた。
だが子どもはハッとした表情をして踵を返し、ぎこちない足取りで歩き始めた。
避けられてる。
自分を避ける姿は小学校時代を想起させ悲しさと懐かしさを同時に感じた。
てくてく
こちらが一言声をかけようにも、自分の進行方向と同じスピードで相手に歩かれては声はかけれない。
ひきこもりの自分の声は小さいのだ。
自分の小さい声では、ある一定の距離まで近づかなければ相手の耳には届かない。
射程距離の範囲は、自身の覚悟と制約で決まる念能力のようである。
だが万が一、声をかければ相手の念能力の発動条件を満たすかもしれない…。
自分はその恐怖とも戦わなければならない。
てくてく。
うーん…どうしよう…。
30秒ほど互いに広い敷地内を同じ速度で歩いたままである。
子どもはこちらを振り返り、自分と目が合うと一瞬で振り返り、また前を向いて歩き出す。さっきよりも少し歩調を速めて。
てくてく
ふと、思った。
あれ…これ、子どもはメッチャ怖いんじゃね!?
ピンポンダッシュしてたら上下灰色スウェットの知らないおっさんが外に出てきて、何も言わずただ尾けられているのである。
子どもにとって恐怖でしかない。
(ちなみに"尾ける"は当て字らしく辞書にも載ってないため、"つける"では漢字に変換出来ませんでした)
声をかけるにしても「何か用ですか?」などと、今さら家から離れた所で言われても意味がわからない。
まずい。
子どもからも他人から見ても自分は不審者である、と足を止めた。
以前ネットニュースでも知らない人が子どもに挨拶したとして、これは不審者情報だとして載ってた気がする。
となると、自分のやってることも十分不審者の可能性がある。
ましてやピンポンダッシュの犯人のカメラ映像などの証拠はないし、本当にあの子どもが家のチャイムを押したという確証はない。
あるのは、こちらを見ていた、だけである。
…しまった。
自分は歩くのを止めて、そして子どもに声をかけるのを諦めた。
子どもは突如ダッシュして敷地外に飛び出して行った。
帰宅し部屋に戻りパソコンで「ピンポンダッシュ どうすれば」で検索した。
ピンポンダッシュに悩まされている方は思いの外に多いようだ。
昨年には高校生が他人の家にピンポンダッシュをして、警察に捕まったというニュースもある。
よほど悪質だったのだろう。
Yahoo知恵袋などを見た。
ピンポンダッシュの対処法としては
・カメラをつける
・インターホンを切る
・居留守(我慢する)
などがあれば、
・学校などに電話する
などがあった。
こちらとしては犯人がわからない恐怖のピンポンダッシュが続くのはストレスなので、居留守=我慢するは絶対に使いたくない。
その対処法にはピンポンダッシュがなくなる、という保証はないのだ。
いやほとんどの対処法に、これをすれば絶対にピンポンダッシュがなくなる、は無い。
あくまで抑止力である。
核の抑止力のようなものだ。
俺には「これがあるぞ!」と他に見せつけることで相手の力を封じ込めるのだ。
ピンポンダッシュ VS 核兵器である。
これは強い。
勝てる。
これで家のピンポンダッシュはなくなるだろう。
ため息をこぼして、横になった。
明日も鳴らされたら学校に電話してみよう。
とりあえずモヤモヤした感情をNOTEに書くことにした。
明日も平穏に、ひきこもれますように。