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薩摩会議2024

僕はとっさの衝動で行動してしまうことがある。ジャンボリーを始める時もリバーバンクを始める時もそうだったし、鹿児島のNPO法人SELF(薩摩リーダーシップフォーラム)のきっかけのひとつを期せずしてつくってしまった時もそうだった(みたい)です。よくネタにされるんだけど言いっ放しにしたつもりはその時はなかった(汗)。

それにしても、大体そういう思わず手を挙げちゃうっていうのは直感的に違和感を感じていることから起きる。2018年の少し前というのは、鹿児島は県をあげて明治維新150周年で盛り上げようとしていた。しかしこれにはすごく違和感がありました。

政治や経済、環境の問題にしても現代起きている問題のほとんどは、明治維新以降のシステムが制度疲労の末に膠着して起こしているもの。その制度っていうのはざっくり言えば諸外国に遅れて成し遂げた産業革命からの枠組みです。

維新後には日本は帝国化して戦争まで突き進んでしまったし、戦争に敗けた後も外圧から表面的に民主化したものの、社会の構造は基本的にはなんら変わっていない。維新以前にも薩摩は豊かな群島の資源を収奪することをベースにしていたし、サムライが政を取り仕切る構造も現在の官僚制度と変わらない。つまるところ維新っていうのは産業革命をしただけで、社会の構造は封建主義時代と大して変わってないようにも思えます。

その認識なくして単に維新バンザイとか呑気に言い放っている場合じゃないというのが当時の感覚です。薩摩〜鹿児島にルーツを持ち、生まれ育った人間であればなおのこと、明治維新の功罪をリアルに捉え直してアップデートしないといけないのではないかとおもっていました。

幕末維新のひとたちが、変化を起こしたということはもちろん評価できるけれど、その後につくった世界がオワコン化しているのは明らか。維新の根源的な態度に学ぶなら、明治維新の本質を認め直して現状をトランスフォームしないといいかげんヤバいはずです。

同じような、変化を表す言葉ではありますがトランスフォームとチェンジとは意味がぜんぜん違う。青い帽子を赤い帽子に取り替えるのがチェンジ。でもこれはすぐまた元に戻ってしまったりする。トランスフォームというのは青虫が蛹になり成虫に変態するような変化。元にはもどらない本質的な変容。

150年前の西郷や大久保といった維新のパイセンがいま生きていたら、自分たちがつくったシステムをもう一度壊してアップデートしようとするんじゃないか。「変化を恐れず想像力と創造力を持って生きる」というのがその在り方だったと思います。

ちなみに、幕末にイギリスに渡った薩摩の留学生の一群の中で、カリフォルニアワインをつくった長澤鼎やサッポロビールの基礎をつくった村橋久成というパイセンもいますが、彼らもいま生きていたらオーガニックワインやクラフトビールをつくったんだろうと思う。

学ぶべきはその在り方であって、構造や表現はトランスフォームしないと。いまの閉塞した日本の中での薩摩会議という異物はそういう在り方に共鳴している人たちの集まりだと思います。

というようなことがSELFの代表理事の言葉から語られています。ご一読を。
greenzの記事
https://greenz.jp/2024/08/13/satsuma-kaigi_2024/?fbclid=IwY2xjawEo4gVleHRuA2FlbQIxMAABHbqYzdZXuQa5w-M4W3zll4bXBrFglslRVw8zKZIUa-Re37BR2Srw9vEoAg_aem_aOhIRyVlu2yPknINejmJjw

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