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『アンメット』第9話を思い出して寝れない夜は『街の上で』で”追い若葉”してお過ごしください。

「光は..こう…自分の中にあったらいいんじゃないですかね。そしたら多分暗闇も明るく見えると思います」
「三瓶先生は私のことを灯してくれました」

『アンメット ある脳外科医の日常』第9話より

6/10(月)放送の『アンメット ある脳外科医の日記(以下アンメット)』第9話を観た人ならばこのセリフを観て胸がじ~~んと来る人も多いのではないだろうか。私もこの1週間、約10分間に及ぶ杉咲花×若葉竜也の長尺を思いながら過ごしてきたといっても過言ではない。X(旧TwItter)でも反響は大きく、関係者含め様々な方が素晴らしさについて言及しているので、ここでは『アンメット』好きには必ず観てほしい映画『街の上で』を紹介したい。


①『街の上で』とは?

2021年に公開された映画で、若葉竜也×今泉力哉脚本の作品である。
『アンメット』でおなじみ三瓶先生を演じる若葉竜也のほか、朝の連続テレビ小説『らんまん』『366日』『だが、情熱はある』出演などブレイク中の中田青渚、ドラマ映画CMなど幅広く活躍する古川琴音、友情出演として成田凌を据えるなど実力派揃いのキャスティング。
監督を務める今泉力哉は『愛がなんだ』『アイネクライネナハトムジーク』『ちひろさん』など数々の名作を世に送り出し、ファンも多い監督の1人である。ちなみに『アンメット』では第7話にカフェ店員としてゲスト出演し話題になった。

本作は大々的な広告や大規模に上映館を拡大したわけではないが今泉ファンや映画ファンに大人気の作品となった。筆者は2021年当時、映画館でアルバイトをしており映画好きの同僚も多かったが2021年ベスト映画に本作を挙げる方もかなり多かったと記憶している(勤務先の劇場では公開されていなかったにもかかわらずである)

本題に入ろう。
なぜ『アンメット』好きに『街の上で』を推したいのか。2作品の共通点も含めて推しポイントを列挙したい。

②『街の上で』推しポイント

1.類似した雰囲気

映画『街の上で』

『アンメット』は静かな雰囲気でノイズの少ない作品である。これは説明過多や過剰演出な作品が大多数である日本ドラマでは稀有なことで ある。これは主演の若葉竜也もマイナビニュースの記事(4/15)でこう指摘している

説明台詞の応酬に、「それは分かったから早く進めてよ」「さっき聞いて分かってるから」と感じることが多くて、馬鹿にされている気すらしたというか、親切が行きすぎて稚拙になっている気がして。そういうことはやめて、しっかり見てくれている視聴者を信用していきましょうと話しました。

若葉竜也、民放連ドラ出演決意した“打ち合わせ”「面倒くさいことに付き合ってくれるなら」 | マイナビニュース (mynavi.jp)

同様の指摘はキャストだけでなく、ドラマを研究対象とする早稲田大学の岡室美奈子教授も雑誌『CREA』の2021年秋号においてこう言及する

今のドラマは視聴者をバカにしているのかと思うくらい、内容や心情を説明しすぎなものも多い。それって観る側の想像力を完全に封印してしまう。

『CREA』2021年秋号

これらの指摘に膝を打つドラマ好きは多いのではないだろうか?
そして、『アンメット』を観た時の精緻でノイズの少ない作品に感動を覚えている人も少なくないのではなかろうか?

『街の上で』もノイズが少なく、人と人の会話や何気ないやり取りを丁寧に紡ぐ物語であるため『アンメット』と類似した雰囲気を堪能することが可能である。

2.長尺の会話劇

『アンメット』はなぜ“リアル”なのか――9話ラストの初挑戦、手術シーン誕生秘話をPが語る
(マイナビニュースより)

冒頭でもふれたように6/10放送の『アンメット』第9話はミヤビ(杉咲花)と三瓶(若葉竜也)が終盤の10分近く会話し続ける長尺シーンが話題になった。このような会話は『街の上で』でも味わうことができる。   
予告編の冒頭で流れる青(若葉竜也)とイハ(中田青渚)は机で向きあい2人で会話をするシーン。その尺なんと13分超!!恋人同士ではない2人が恋愛事情などをひたすらに語る静かなひと時を覗き見してるような感覚に。杉咲花×若葉竜也の長尺シーンが最高だった!!という人にはぜひこのシーンを楽しんでほしい。

3.現実と虚構のバランス

朝日DEGITAL「キネマの誘惑」2021.04.08記事より

2作品の共通点として”現実”と”虚構”のバランスも挙げたい。両作品ともフィクションであり、ノンフィクションではない。

『街の上で』は主人公の青(若葉竜也)は下北沢の古着屋でゆるく働く一方で、その土地に住むわバーで飲むわライブハウスに行くわと「そのお金どこから…?」という描写もある。
『アンメット』も主人公ミヤビ(杉咲花)は寝て起きると記憶をなくしてしまう記憶障害であるが、前日の内容をメモで書いて見返すとはいえ「手術させるのさすがにヤバいのでは…?」という描写もあるが、さして気にはならない(もちろん主観ではある)

それは会話をはじめとする脚本やほかの設定が巧みに構築されているからではないかと考える。全体がしっかりと構築されているからこそフィクションである部分がフィクションとしていきてくるのだと思わずにはいられない。

”青のような人”は多分いないし、”ミヤビのような医者”はおそらく存在しない。でも、そんな人たちにドラマを通じて元気や笑顔、感動をもらうことは可能なのである。フィクションは強い。

実は『街の上で』にはこんなキャッチコピーがある


誰も見ることはないけど 確かにここに存在してる


『アンメット』ドハマりのみなさん。ぜひ『街の上で』ご覧ください。


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