どうしたい?があなたを作るなら 〜フリー美容師・ヘアメイク 黒田寿美さん〜
私が感じたあなたの魅力を切り取り綴る 魅力ライティングshutter
この企画は、あそゆかがご依頼者様と対談、ひとときをともに過ごした中で感じたこと、その人間的魅力を、感じたままに綴りながらご紹介するものです。(お申し込みは上のお写真からどうぞ)
過日、思わず言った一言があります。
「『自分はこれを大事にしてるのに、あなたはそうしてくれないのって不誠実だよね?あなたもそうすべきでしょ?』って、それって、ある意味暴力的じゃない?」と。
私たちは、時々意識することなく、相手に対して暴力的になってしまっているんじゃないかと、思う。
例えば
私はあなたのためにこんなにしてるんだから、あなただってこうしてよね、とか
私はこういうふうに扱われたいのに、そう扱ってくれないなんて許せない、とか。
もちろん、誰にだって「こうしてくれたら嬉しい」はあるけれど、でも、私にそれがあるように、相手にだってそれはあるのだ。
人は、自分が自分にしているように、自分がされたいように、そして、これだったら、相手に伝わるんじゃないかと、静かな愛情と願いをのせて行動を示す。
生き方も価値観も違う2人のそれが、一致するなんて、天文学的に奇跡。
そこには何の悪意もなく、ただただ、相手を思う愛情や、大切にする気持ち、小さな尊重を「自分にできる行動で」重ねているだけなのに
自分の願ったそれではない時、私たちは「それじゃない」「どうしてそうしてくれないの」「許せない」そんな気持ちに飲み込まれ、どうかすると相手を悪者にしてしまう。
私を大事にしてほしいというその望みや要求の後ろで、相手を蔑ろにしているなんて、気づくこともなく。
相手がしてくれることと、自分がされたいことの答え合わせをしている限り、きっと私たちは手を取り合って関係を紡いでいくことは難しいだろうし、自分の正当性を喚く後ろで誰かをずっと非難し傷め続ける。
誰かがしてくれることで自分を満たそうとしている時間の中では、いつだって私たちは簡単に「被害者」になれるし、そうしている間は、自分を生きるなんて、できない。
じゃぁ、どうしたらいい?
その一つ答えを、教えてくれたのが、今回の対談のお相手
フリー美容師であり、ヘアメイクの「としみん」こと、黒田寿美(くろだ としみ)さん。
としみんをSNSで見かけて、強烈な印象に残った写心が、こちら。
わー!またどえりゃーかっこいい人がきたよーー!
これが、正直な感想。
背も低くて子どもっぱい私にとって、すらりとしていて仕事がいかにもできる風な、クールさを感じるかっこいい女性にはついつい見惚れて食い入ってしまう習性があり、この写心は私の心に「としみん」を焼き付けるには十分すぎるほどの圧倒的な印象があって。
以来、SNSで見かけてきた人。美容師さんでヘアメイクさんで、いろんな人が「としみんとこ行ってきたよー」とSNSに彼女とのツーショットをあげていて、みんなとても嬉しそう。そして彼女のヘアメイクは間違いないし、彼女のところに行くと元気になると言う。
だから、私の対岸にいる人だなぁと思いながらも、気になってた人。
初めましてが叶ったのは、日頃としみんが一緒にお仕事している丸山嘉嗣さんの写心展で。
お互い、SNSでその存在は知っていたから、初めて本物のとしみんを前にして、「ぅわぁ・・・・♡(としみんだぁ・・・)」となった私と、私を見つけて、あっという間にそばにきて「ちっさーーーーーーーーーい!!」と、まるまるその胸に丸め込んでハグしてくれたとしみん。
そのハグが、私に寄ってきた勢いとは違って、あんまりソフトで優しかったので、クールでかっこいいと思っていた彼女に対して「クールでかっこいいけど、その実は、すごく柔らかな女性を持ってる人かもしれないな」そんな印象が加わって。
2回目は、としみんのヘアカット&カラー。
写心展でお会いしてから、私の頭の中でリフレインされる「としみんカット」の言葉。笑 あんまりみんながとしみんがいい!とSNSで言うので、気になってしまって、ご依頼。
落ち着きも可愛さもある、好みの色に染めてくれて、最後の仕上げは丁寧にコテで巻いてくれて。おしゃべりするときは、どちらかと言うと・・・「かっこいいおねーさんスタイルで陽気に攻め気味」なのに、髪に触れる時の手つきが、なんとも柔らかくて、大切にしてもらってくすぐったいくらいになってしまう。
この日としみんが私に言ってくれたこと。
「みんなはみんなのペースがあるけれど、あそゆかはあそゆかのペースがあるじゃん。いいじゃん、三輪車でも。いざとなったらターボ付き三輪車になるんだよ、それ。ひとっ飛び。だから、いいんだよ。」
なんだかいつも楽しそう、そう言われる私でも、「どうして器用にうまく生きれないんだろう」があったりする。他の人が当たり前にしていることができない。できない加減がぶっ飛んでいる。変にマイペース。だから家族にも散々呆れられてるし、いわゆる・・・仕事も家庭もしっかり両立した美しき暮らしからは、程遠い。偏ってるし、時に壊滅的。どこかで「社会に適応できなかった落ちこぼれ」なんて気持ちになる時も、やっぱりある。それを感じとってくれたのか、大丈夫、いいんだよ、そのペースでさ、と言ってくれる。あそゆかはターボ付き三輪車になれるんだから。スイッチ入ったら、ドピューン!だよ!その言葉に、心がほっこりした、帰り道。あれからことあるごとに、思い出すのは「三輪車でも大丈夫。ターボあるから。」そう、ターボ、あるのよ。笑
3回目は、としみんのメイクレッスン。きっかけは、前出のつぐさんに「としみのベースメイクを習ってこい。」そう言われて。苦笑
メイクコーナーのタッチアップで「私好みのいいおかお」になった試しがなく、なんなら「妖怪」に変化したような経験ばかりだった私は、「私にはメイクは似合わない」とメイクが怖くて大人になってからもまともにメイクをしたことがほとんどなく。昨年初めて、信頼できる人からメイクを習って、やっと、人並みに、「自分を綺麗にしてあげる、そのために、お顔と向き合い、メイクする」というスタートラインに立つことができて。
そこからさらに、メイクをとしみから習ってこい、というご指令をいただいて、うん、やっぱり行くか、と、意を決してお申し込み。
その日の私は、生理前でとにかくひどい顔。浮腫んで、くすんで、春先の不調もあって全ての輪郭がぼやけていて、とにかくひどかったのに、としみんのメイクレッスンを受けたら
びっくりするような顔に仕上がって。
この時も、思ったこと。
ぱっと見は、ガハハー!って大胆に話すとしみん。
私にメイクの話をするときも
「しみそばかす?・・・・そんなの、隠せばいいのよ。」
しれっと、そして堂々と、使える手はなんでも使ったらいいのよ、くらいに(あの風貌で)言うから、正直私は、おののきびっくりもしたのだけど、でもそれは「自分と人を騙すための細工」ではなくて、「コンシーラーでシミやそばかすを薄くすることで、あなたの心が明るくなって、自分でいることへの自信が増すなら、なりたいあなたに近づくなら、使ったらいい」と言うことだし、何よりそうして始まったメイクレッスンで私の顔に触れた彼女の手は、あまりにも優しく、私に大切に触れてくれて、その柔らかな彼女の手のひらに、ほっと安心したのは、陽気で攻め気味に話すイメージや外見とは裏腹な、嬉しいギャップ。
あのメイクレッスンの日から明らかに変わったこと。それは自分の顔に触れる手の仕草。としみんがしてくれたように、たいせつなものをそっと包み込むように、触れるようになりました。そして、そんな風に触れる自分の顔が、これまでより、大切なものだと思えるようになった。
そんなことを感じさせてくれるなんて、やっぱり、、、としみんは、柔らかな女性を内包している・・・「女の子」でもあるんじゃないかな。
「ねぇ、恋したら、、、、女の子になっちゃうの?」
そう聞いた途端、瞬間急に顔がニュルニュルにほどけて、腰砕けになって
「そぉなのぉぉ〜〜〜♡」
可愛すぎか・・・・・、としみん・・・・・。
そして、首を小さく傾げて「おっかしいな・・・あたしあんまり人前でこう言うこと話さないんだけどな・・・・・っ」
ソワソワして、姿勢を正そうとする。やっぱり、女の子だ。としみん。
そんな予感を感じて迎えたのが、今回のshutter。
春の日の、七里ヶ浜で。
お話を聞いてびっくりしたこと。
普段は仕事ばかり。なんだかんだ頭の中の9割は仕事のこと。
お友達とごはんを食べにいく、と言ったことはあっても、こんな風に、自分のために1日たっぷり時間を使うなんてこと、なかったそう。
この日のために、ピンクのワンピースを新調して来てくださって。なんてうれしく可愛らしいのだろう。それがまた、これまでSNSで見てきたとしみんとは違う可愛さ。わざわざこの日のために服を選んでくださった、その気持ちに、このひとときを大切に思ってくれていることが感じられて、私もとても嬉しく、ありがたいなぁ、と言う気持ちがじゅわ〜って広がってしまう。
せっかくだから海を見てからお店に行こうと歩いた、七里ヶ浜。
自分のためにこんな時間を用意するなんて!と、とても嬉しそう。
今や人気で引っ張りだこのとしみんのことを、たっぷりと聞かせていただきました。
独身時代は、芸能関係の美容師として、お仕事に就いていたそうです。魅せるための舞台に立つ、その世界の人の髪を切り美しくする、厳しくも華々しい世界。関わったその名前の中には、誰もが知るであろう方や、プロデューサーの名も。
ところが結婚出産を機に、その一線からは退かれられて。
華やかな世界で全力を奮っていた人は、どうなってしまったのだろうかと思ったら
ママ友達が「髪を切ってもらいたいけど、子どもを預けるのも・・・」そんな話をしているときに、
「私、美容師だよ」
そう、声をあげたのが、新たなる世界の始まり。
そこから1人ずつ、ママ友の世界の中で、お互いの子どもを見守りながら髪を切って差し上げて、そうしているうちにクチコミが広がって、、、、、
そうして、今に至った、と。
気づけば、美容の世界に関わって20年、その間に髪を切ったり、ヘアメイクした方って何人なるのかな、なんて聞いたら
40,000人とか行くのかなぁ。一日何人も切ってたから。少なく見積もっても、30,000人は切ってるんじゃないかな。
と。少なく見積もって、30,000人。なんていうキャリア。
でも、としみんはそこに奢るような雰囲気は一切なくて。結婚後も、プロのヘアメイクの仕事を選びつづけていたら・・・、と考えたことがなかったわけでもないけれど、でもやっぱり、私はこの道を選んでよかったと思うんだよね、と話してくれました。
としみんを見ていると、謙虚というか、驕り高ぶったり、実績や自信をひけらかすようなこともまったくなく、「自分が進んできた道」を一つ一つ、丁寧に言葉に落としていく。そこに、私に優しく触れてくれたのと同じ、あたたかさと柔らかさがあって。
とても、誠実な人なのだろうな。実直で、目の前のこととひたむきに向き合っては、進んでこられた方、一つ一つを、自分で考えて、選んで、引き受けてきた方なのだろうな。そう、本当に、一歩一歩。
そう、感じずにはいられない。
この歳まで来て、いろんな人を見てきて思うこと。
人生っていろんなことがあるし、いろんな気持ちを味わう。いい時だけじゃなくて、うまくいかない時、自分の思ったようにいかない時もたくさんある。迷う時もあれば、嫉妬や羨ましさに心が焼かれたりすることだってある。
そう言う時、人は二方向に分かれる。
一つは、誰かや何かを悪者にして、相手のことを悪く言う人。あの人が嫌だ、許せない、と言う人。そう言う人の話は、その人ではない「誰か」他人が、主語になる。
もう一つは、そう言うことがあったとしても、「私は何を感じているのか」「それはなぜなのか」そこから「自分はどうするのか」にフォーカスする人。そう言う人は、誰かをやたらめったら悪者にはしないし、いつだって主語は「私」
私は、後者でありたいと思うし、付き合っていくのも、後者の人がいい。自分の都合で、誰かや何かを簡単に信じたり疑ったり悪く言う人より、自分と自分の世界の人、世界そのものを信じて、そこから何を受け取るのか、どうするのかを、決めていける人でありたい。そういう人といたい。
としみんは、ずっと「私はさ。」が主語の人でした。どこまでも。
だから、話していて、とても気持ちがいい。
そうして歩んできた、美容師としての道、てっきり私は、ずっと今と同じ・・・
このとしみんで進んでこられたのだろうって、思っていたのですが。
それが大間違い。
つい3年ほど前までは、仕事の時にもラフなスタイルに引っつめ髪、顔はシンプルメイク
そんな姿だったそう!
嘘だぁ・・・と思って、彼女のFacebookを見たら、嘘じゃなかった。
本当に、そこにはひっつめ髪のとしみんがいました。
「鏡に美しく写るのは、(お客様)1人でいい。私は黒子だから」
そう思い続けて、目の前のお客様が綺麗になることだけを、見てきたとしみんは、だからこそ自分は浮かず目立たずに存在しようと思っていたそうで。
でもそれを変えるきっかけになった言葉をくれた人がいた。
自分がお客さんだったら、どんな人に髪を切ってもらいたいの?あなたはそうなってるの?
そう聞かれて、ハッとしたそうです。大変、そうじゃない。これじゃいかんと。
私は黒子じゃない。お客様のためには一生懸命美容師として尽くすけど、でも、それと、黒子である必要性は、関係ない。自分のことも、もっと綺麗にしてあげよう、と。
お客様のために尽くしてきた力を、ご自身にも。そうして、「あなたもいて私もいていい」「誰もが美しくいていい。それは、私も。」
それは優劣でも奪い合いの世界でもなくて、「誰もが」の世界。
誰かのために生きる私と、私のために生きる私の世界が、広がった、、、、うん、一つ一つの選択を重ねて、広げてきた、のですよね。
今輝いている人、上手く行ってる人を見ると、私たちはつい、その今の実績や素敵な部分だけを見ていいなぁ、なんて思う。
で、それになりたいなーって、なれないかなーって思っちゃうのね。
今のとしみんのこの姿の後ろにあるのは、少なく見積もっても30,000人のお客様と重ねてきた時間がある。30,000人の人の、美しさ、幸せに、一生懸命に向き合い尽くしてきた時間があり、その中で超えて来たご自身がいる、のだ。
としみんにはとしみんの・・・
「鏡に自分を写して堂々としていられる私」になるまでの、かけがえのない、大切な時間が、あったのだろう
そんなことを、思います。
「それが何か」は聞いていません。でも、そんなことを思う。それが何か、がわからなくても、人それぞれに、さまざまな背景がある、それをそっと感じて、大切にフレームインしておくような気持ちが、私は他者への敬意だと思っていて、忘れずにいたいなと思う。相手をなんでも知ろうとすることだけが、繋がり合うために必要なのではなく、互いに感じあえる「何か」を、大切にしあえることが必要なのではないかな、と。
そんなとしみんと、今回話していたこと。
これまでに出会ったたくさんの人の、いろんな話を聞いてきて、としみんが感じてきたこと、それは
自分の気持ちが抜け落ちてしまっている人が、案外少なくない
ということ。
大人になればいろんな環境や事情があって、それは確かにあなたの目の前にある
でも、人のことを気にして、誰かや何かを理由にして、やりたいことを「できない」って言っている人が、多くないかな?と。
子どもが、夫が、仕事が、お金が、時間が・・・それは確かに、目の前の現実にある、一つの事情かもしれない。
でも。
一番大事な
「あなたは、どうしたいの?」
そこが抜けている人が多いんだよね、と。
あなたがいなければあなたの人生は始まらない、動かないんだよ、と。
そして、としみんご自身こそ、いろんなんことがある中で「私はどうしたいの?」を自分に問い続けて、選んできている人。華々しい世界のプロのヘアメイクから、主婦になったことも、そこからまた地道にママ友の髪を切って来たことも、お店を持たずにやって来たことも、全部、自分で決めて選んできた。その道を、引き受けて、この足で歩いて来た。だから、それを人にも言えるし、「あなたのどうしたい」があるなら、それが一番、それがいいんだ、それこそが、あなたの正解なんだよって、言える、伝えられる。
「誰かの正解の中で生きるのではなく、誰かがしてくれる世界に生きるのではなく、「あなたがどうしたいのか」それこそが、あなたが信じ大切にすること。忘れないで」
としみんは、髪を切りながら、メイクをしながら、その人を綺麗にしながら、ずっとそれを願ってる。
「あなたが生きたい人生を、あなたが歩いていきますように。」と。
幸せになりたくない人なんていないし、女性なら綺麗なものが嫌いという人はそういない。
この髪も顔も、私たちは毎日メイクしたり洗ったり、寝癖にぶーたれながらもコテで巻いたりアイロンしたりして綺麗にするし、美容院に行って手入れする。
その根底はやっぱりどんな人にも「自分を手入れしたい」「綺麗にしてあげたい」があるから。
ではその「綺麗」ってなんだろう。
あなたにとって、「綺麗」とは?
綺麗であるために、何が必要なのだろう。
としみんはきっと、信じてる。
女性の美しさを、誰もの綺麗を、そしてそれは優劣ではなくて「誰もがみんな綺麗になれるんだ」ということ
そして、その綺麗は
あなたがあなたとして生きること、「私がどうしたいか」その選択の連続で、もっと綺麗な姿に、人生になるってことを。
だから、彼女は、この仕事を通して出会う人に、きっと投げかけ、引き出し続けていくんだと思う
「あなたは、どうしたいの?」って。
そこから、逃げちゃダメよ。
そここそ、掴むところよ。
あなたにはあなたの「どうしたい」があるんだから
それ、掴もうね、って。
私は、つかんできたし、これからもつかんでいくからね、とね。
あの、七里ヶ浜で対話した日も、としみんは、私に大切な問いを投げかけてくれました。
私が大切にして来ていること、それがいいな、って思うこと、それを軽い気持ちで話したら、私の目を真っ直ぐ見て
「あそゆかはどうして、そうしたいの?」と。
どうして??
そんなこと、考えたこと、なかったなぁ。
だって、それがいいって、そうしたいって思ってただけだから・・・・
どうして?理由、あるのかなぁ。
逃げようがない真っ直ぐな目で、としみんに心のど真ん中を射抜かれたようで、私は一生懸命、考えて考えて・・・
どうして私はそれを選んでるんだろう。
ずっとずっと考えた結果、とってもシンプルな答えに、たどり着いて。
「うん。◯◯◯◯が、いいから。」
私の答えを、うん、って確かめて、彼女は私に言いました。
「あそゆか、それがあそゆかの、真ん中なんだよ。
だから、いつでもそこに、帰って来たらいい。
それが、あそゆかの答えだよ。」
突きつけてくれたなぁって、思った。
ただ、そうしたいだけだもの、と言っていた方が、楽だったこと。笑
理由まで見つけてしまったら、もうそのど真ん中を定めるしかなくなっちゃうじゃないか。笑
やられたなぁ、としみんに。
でも、私の大切な答えを、認めることができて、よかったなと思う。
逃げ道を作って、へらへらと立ち回っているだけよりも、退路を断って、私が私を、その本当の気持ちを、どうしたいかを、確かめられたから。
あ〜〜〜、まいったなぁ。もう。
でも、逃げようがないくらいの、本音、ど真ん中を認めるって、気持ちいいものだ。
言い訳なんて、不要になる。だから、清々しい。
としみんはそうやって、いつだって自分の気持ちの真ん中を、確かめ、逃げることなく感じて、そうして
「私はどうしたいの?」そのど真ん中から、自分の人生を、決めて来た人、なのだろうな。
そう、相手がどうしてくれるか、よりも、大事なのだ。
「私が、どうしたいか」が。
言い訳なんてしてるんじゃないわよ。
あなたは、どうしたいのよ?
そんな言葉が聞こえてくるようだ。笑
うん、人生って、生きるって、そうなのだ。
誰かや何かのせいになんてしてる暇はなくって
美しく綺麗に生きるためにできることって、ただ一つ
心の本音から選ぶ毎日を生きるだけなんだよね、きっと。
でも、日頃のとしみんって、すっごく抜けてるの。いろんなことがすっとぼけてるし、あの日2人のお茶代のお支払いなんて、お互い計算ができないから、出してるお金が多すぎたり、2人して「あれ、どうなってるの?」なんてあたふた。
そのギャップもまた、楽しい。
ど真ん中だけ、逃さず、掴む。離さずにね。
そこさえ掴んでおけば、あとは、大丈夫。何があっても平気だから、安心してゆるんだらいいよ。
そんな人でもあるのだろうな、なんて思うのです。
仕事に一生懸命で
お客様に尽くして
たくさんの人の綺麗と本気を引き出すひと
自分の真ん中を知って
そこから生きているひと
そして、ダーが大好きなひと。
そう、自分の真ん中から生きてる人
「私はどうしたいか?」で生きてる人って
誰かがしてくれること、
愛されることなんて待ってない。
いつだって、先だし。
愛しちゃってるのだ、きっと。
最終、としみんはどんな人ですか?って聞かれたら
私はきっと「愛する人だと思う」って
答えてしまう気がします。
かっこよくって、あったかい。
強くて、優しい。
そして柔らかい。
愛することで溢れてるひとじゃないかな。
私は私のど真ん中を、つかまえて、生きていこう。
としみんに出会えたことは、私の人生の宝物の一つです。
これからもよろしくね。ありがとう。
私が感じたあなたの魅力を切り取り綴るshutter
今回の現場からは、以上です。