麗しく生きてまいりませう。〜フォトグラファー 東山弥生さん〜
生きるとは、人生とは。
幼い頃学校でたくさんの「答え」を学んだ私たちは、きっといつも何処かで「答え」を、それも「正解」を探してしまうのかもしれないし、先生とか親とか、どこかで無意識に「言うことを聞くべき人」の答えを気にしては「どうしたらいいのかな」と考えているのかもしれない。
でも、この益々と不安定さと多様性が広がるばかりのこの今となっては、生きることの「正解」なんて、誰もわからないということに私たちは気づいているし、だからこそ生きていくしかないということも、わかっている。
生きるとは。
答えがあるものではなくて
答えを見つけてゆくこと
答えに、してゆくこと。
何が答えかはわからないけれど、でも、一つ言えることは、どんな人の人生も、きっと「進化」し続けている。
過去の自分が背負い込んだもの、ぎゅっと抱きしめたものを、一つ、また一つと、気づきながら、ほどきながら、自分の纏いたいもの・・・いや、本当は内側にあったまるのままの本望からの自分になりながら、今日から未来を、進んでいる。
もっとこうしたかった
きっとこっちがいい
今まではこうだったけれど
私は、こんな自分でありたいんだ、と。
どんなに変化がないように見える人だって
小さく小さく、確実に進化している。
それはきっと、
どんどん、自分に純化していくようなもの、かもしれない。
1年の時を経て2回目のshutterを依頼してくれた彼女も、まさにそんな人ではないかなと思う。
フォトグラファーとして、現在では通常撮影に加えて、女性の色香や艶を映し出す「ちらりずむ」を提供している、東山弥生さんを今日は改めてご紹介します。
久々の再会で、この写真の彼女の表情の柔らかさを見た時に、人は本当に変わるのだなぁと
ふっくらと潤いを吸い込んだ麗しさが溢れる様に、なんだかじんとしてしまった。
初めての出会いからもう4年。
4年前、俯き加減になっては憂いの塊のため息のように「そやな。」と言葉をこぼしていた彼女とは、まるで別人のよう。(私は彼女を憂いの世界の住人だと、当初思っていたのでした)
初めての出会いから数年が経ってしたためさせていただいたのが、前回のshutter。
写真との出会いを通して、プロのフォトグラファーとして生き始めた彼女は、「憂いの弥生」の皮を、それこそ「脱皮」して、どんどん、明るみと柔らかみと軽やかさを取り戻していかれて。
それから1年後の今回の、シャッター。
席について、久々の再会の喜びと、最近どう?という挨拶のあと、こんなことを教えてくれました。
相変わらずの京言葉をはらりひらりとこぼしていくけれど、今まで聞いてきた彼女の同じその言葉とはちょっと違っていて、なんと言うか・・・「自分で生きてる人の声色」になったような気がした、対談始め。
いくつになっても女性は美しく、艶やかに、その人らしさの色香をまとって生きることができるし、いくつからだって、もっと私らしく生きていける
それを自らの体験を通して実現させてきた彼女だからこそ、伝えてきた言葉だけれど・・・・・
その実やっぱり、「50歳」と言う数字を出すのが怖かった。
なぜ??
やっぱり、歳を重ねていくことへの怖さが、ないわけじゃなかった。
だけど・・・
お客様には
そう伝えて背中を押したいと思っている自分が、年齢を公表していないなんて。
それはやっぱり違うなと思った、人に言うなら、自分がせなあかんな、と
いくばくかの苦笑と、観念した爽快さ溢れる笑顔で教えてくれました。
30代から40代へ、そして50代へ。
時代が進んで、昔ならもうとっくに「おばあちゃん」の域だったと言っても過言ではない50代は、今の時代では「人生の折り返し地点」になって、これから感さえ十分にある。
でも、実際に歳を重ねていく私たちは、頭でそれを知っていても、心は、やっぱり感じてしまっているもので。
30代と同じには生きれない40代を、そして40代より一段と変化する50代に向かっていく時の「圧倒的違い」を。
30代と50代の間の20年の違いは「ない」なんて
口が裂けても言えないのを知っているし、
老いを認めないわけにはいかないし、
「成熟だ」とどんなに口で言っていても、心の内は変わっていく自分の「何か」に直面してはどうしてもがっかりしたり、寂しさを覚えたり、時には戸惑ったりする。
気力も体力も、視力だって、肌の弾力だって、変わっていく。
それはコントロール不可能な領域で、遅らせることはできたとしても、待ってはくれないことも。
だから、
失うことやできなくなることが、怖いと感じることだって、ある。
歳を重ねるからこそ失うものがある、わかっていても目を背けたくなるけど、やっぱりそれはあるのだ
誰かや何か
過去や未来と比較する、という視点があるからこそ
その違いによって私たちは「自分」を知ることができるけど
比較の先に「優劣」をつけてしまうことが
今の自分を苦しさの中に貶めたりする。
染み付いてしまっている
比べること
ジャッジすること
ここからの脱却は
玉ねぎの皮を剥くように、何度も何度も繰り返して
本質にたどり着いていくもの、なのでしょう。
年齢を公表する、と思い至った弥生ちゃんは
きっとまた一枚、比較とジャッジの皮をするりと剥いて
等身大の自分であること
その等身大の自分を磨くからこそ
「今の自分の最高に至る道を歩く」と言うことを
決めたのだろうなと、思う。
そう思い至ることができた理由の一つが
昨年開催された「DRESS CHANGE」への参加と
ご自身との向き合う時間の中で得られた、「劣等感との和解」だったようです。
私は主役になれないと言う劣等感
今やフォトグラファーとしての印象が周知されている弥生さん。
カメラとの出会いは結婚してお子さんが産まれてからのことで、それまでの人生の時間の中に長らくあったのが「バレエ」
とはいえ、幼い頃から英才的に教育を受けたとか、ではなくて、ただただ好きで始めたバレエ。
体つきに恵まれたわけではないし、やっぱり幼い時からやっている人や、素質的に恵まれた人はいて、どうしてもそこにある「差」を感じないわけにはいかない。
好きで、憧れて、楽しくて始めたはずのことの中に、優劣を持ち込んだことが、彼女を苦しさへと追いやって、いつ頃からか劣等感を纏ってしまうように。
主役になれない、ステージの真ん中には立てない、
私は、脇役なんだ、と。
その劣等感は、バレエの世界を超えて影響して、いつの間にか弥生さんの生きる時間の中にまで、じわじわとひたひたと浸透させてしまった。
あぁ、だから・・・・
出会った5年前の憂いが、あったんだ・・・・
今はもうその劣等感は脱いだからこそ話してくれることでも、思い出して話すときの表情には、過去の憂いがほんの少し、ひっそりを息を吹き返す。
ずっと、自分の人生なのに、自分は主役になれない、真ん中には立てないって、思って生きてきたんだよね、と。
写真に出会って、大好きになった写真の世界。
女性の美しさや色香を、彼女の世界観で切り取り表現するそれは、ずっと「私は真ん中に立てない、主人公にはなれない」そう思い続けていた心のうちに秘め続けていた「自己表現」そのものだったのだろうし
カメラの前に立つ誰かに向かって
「あなたはあなたの人生の真ん中で、堂々と美しく咲き誇って」と願うその思いは
心からそう思うお客様への大切な願いであるのと同時に、
彼女本人への、祈りでもあったんじゃないかと、思えてなりません。
好きなことで、自分を出してフォトグラファーとして歩んでいく道は、脇役だった自分を「私という人生の道は、私が決めて歩くんだ」という真ん中に、誘ってくれる大きな旅そのもの、というか。
誰のためでもなく、
人の目線や評価を気にすることなく
比較や優劣を超えて
私として生きることを選び続けたからこそ、その先で選んだチャレンジが
「DRESS CHANGE」
一般女性が約半年にわたるトレーニングを経て、
ありたい自分をイメージしたオーダーメイドの一着をまとって、レッドカーペットを歩くイベント。
DRESS CHANGEが、とても大きかった、と言った、弥生ちゃん。
自分を、ステージに
私を、主役にしてあげたかった
その願いを叶えるために挑んだ大舞台。
晴れの日を迎えるための体作り、ウォーキングのみならず、どんな一着を纏うのか、その心は何に根ざしているのか、どうありたいのか。
自分自身の内側との対面と対話を繰り返す日々は、決して楽なものではなかったようだけど、でも、そうしてとことん自分のために、ただただ、私はどうしたいのか、どうあるのかを、自分全部を使って表現することにエネルギーを注ぎ尽くした数ヶ月。
当日、私は彼女の友人として、パーティーに招待していただき、その瞬間を見届けたけれど。
ただただ、圧巻、で。
正直なところ、私はあの日のみんなの、自分が主役で生きたい!という、その強烈なエネルギーを目の当たりにして、若干酔ってしまったほど、だったのだけど。
でも
そんな弥生ちゃんを・・・・
緊張でドキドキと震えて登場しながらも
次第に自分の世界を表現することに集中していく様子を見ていて
それだけずっと、長い間、押さえ込んでいた、本望なのだろうなぁ・・・・と
ずっとずっと、本当は、主役で、ど真ん中で、これが私の世界なのって、世界に、言いたかった、表現したかったんだろうなぁ、って
そんなことを、とても感じたのでした
誰にも遠慮しない、誰にも邪魔されない、誰にも介入されない、
私が私を、卑下しない
私が私であるということ
私として、生きるということ
私という、女であるということ
それはきっと弥生ちゃんにとっては、何より、すごく大事なことだったのだろう、と。
晴れの日のためにあらゆるエネルギーを注いだDRESS CHANGEのあとは、抜け殻のようにもなったようだけど、
この経験を通して、ずっと脇役にしてきた自分自身を、真ん中に置いてあげることがやっとできたから、これまでよりさらに自分の生きたいように生きることへの許可と「自分を大切にする」ということができるようになった、そう、穏やかな笑顔で教えてくれました。
人生はあっという間に過ぎていくし、同世代の私たちはもう50代の世界にいて。
きっと、待ち侘びた、長い道のりだったのだろうなと、思う。
思い煩うことなく、自分を、人生の主人公に。
いや、本当は、主人公じゃなかった時なんてないのだろうけれど、それでもど真ん中を堂々といきたいという気持ちは、ずっとずっと、彼女の中で怖がりながらも声を上げ続けていたのだろうな。
やっとそれを、聞き届けて、叶えることができたんじゃないかな。
今までにない、とてもとても穏やかに透き通った柔らかな笑顔が、それを教えてくれた気がします。
歳を重ねていくごとに、否応なしに直面するのは、体や心の、衰え。
若い時とは、明らかに違って、この体は少しずつ重力への抵抗を静かに諦め、飼い慣らされていくように変化していくけれど。
それでも、変わっていく中にあっても、
いくつになっても、私が私を大事にしてあげることはできる
そう、教えてくれた、弥生ちゃん。
自分の体を丁寧に扱ってあげる、かわいい、可愛いって、マッサージしてあげる、今はそんなふうに自分を扱える、大切にできることが嬉しいし、そういう自分が好き。
そうやって、「今の自分の綺麗」を作ることはできるし、それを続けていきたい。
こんなふうに自分のおっぱいも可愛がってあげてんねんで、とニヤニヤ嬉しそうに教えてくれました。笑
いくつになっても、いつになっても。
私が私を押し込めることなく、諦めることなく、大切な存在として、人生の真ん中を、堂々と歩かせてあげたい。
そして、そんな女性を応援していきたいし、そんな姿を撮っていきたい。
女性は、いくつになっても
私として美しく生きることは、きっとできるから。
私はそれを、信じている。
そうやって、カメラを持って、これからも撮影できたら、私はしあわせ。
ほんと、幸せやな。そういってますますと柔らかく、そして、本望が溢れた喜びの涙を流した弥生ちゃん。
お母さんとして生きていた時代にだって、たくさんの幸福はあり、母親だからこそ感じられる喜びを、子育てを通して私たちは抱えきれないほどに享受する。
でもその一方で、「母親だから」とつい諦め、求めることすらやめてしまう、もう一つの私もいる。
役割からではない、女としての色香潤う一人の私としての人生。
どっちも諦めなくていい。
どっちも、求めていい。
どれも全部、大切なあなたであり私
もしあなたが今、日常の中で
麗しい色香ある自分を失っているなら
どうかそんな自分を思い出し取り戻してほしい
母親としても
女性としても
私たちは、幸せになれるし
なっていいのだから。
女として生きることを、諦めないで。
楽しみましょう。
心が喜び潤う好きなことをして
ときめきにだって正直に
なりたいあなたを楽しみましょう
写真を通して弥生ちゃん自身が取り戻したそれを
これまでもこれからも、
きっとファインダーを通して
出会う女性の中から見つけ、ひらいては写し
手渡していくのではないかな、これからも。
私たちは日常、さまざまな役割を持って、誰もが一生懸命生きていて、その日々は、愛しさに溢れるからこそ、頑張れたりもするもので。
ただ、そういった荷物をちょっとおろして
何者でもない自分になって、
私という人の本来を思い出す時間
は、もしかしたら誰しもに必要なのではないかなと、思う。
弥生ちゃんにとって、このshutterはもしかしたらそんな時間かもしれない。
だから、いつもカメラの世界で溌剌と生きる彼女とは、ちょっと違う姿の弥生ちゃんに、私は出会っている。たぶん。
たくさん笑う間に、ひっそりと考える顔つきや
何かに想いを馳せる一瞬。
たくさん笑い合う合間の、こんな表情もまた、麗しい。
カメラを手にして、もう何年が経ったんだろう。
弥生ちゃんのSNSのカメラロールは
写真とカメラに関わり続けた証のように、たくさんの人と、誰かに撮影してもらった弥生ちゃんで、溢れている。
これからも、この写真たちが、誰かと、弥生ちゃんの喜びの写真が、いつまでも続いていきますように。
いくつになっても、私として、女として、麗しく、悦びとともに生きてまいりましょう。その世界を味わって、いきましょう。
次のshutterは、いつかなぁ。
また、こうして、互いの人生の交差点で出会い、これまでとこれからを語りあう日を、楽しみにしています。