![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/153312478/rectangle_large_type_2_b7ae000c1f0035fe9c89c1d230ed2510.png?width=1200)
「社内恋愛探偵」⑤ (たぶん8分で読める)
(前に戻る) 約4700文字
「清掃員まさえ」
あくる日。
竹下くんの行動パターンを調べるにも、わたしが常に尾行するわけにはいかない。たぶん勘づかれて尻尾を出さなくなる。そこで、社内情報網「クリーン」の出番。
清掃員によって構成されたやり手のスパイたちが、社内に蜘蛛の糸のように張り巡らせている情報網だ。男性諸君は知らないだろうが、あなたがたは常に見られている。たばこ休憩にいった回数。お昼休みの休憩時間をどれだけ勝手に伸ばしているか。あなたがサボっていることは事細かに清掃員によって記録されている。
十一時、そろそろ時間か。わたしは、通常立ち位置禁止の屋上へと向かった。屋上はいつもクリーンとの接触に使われる、極秘の待ち合わせ場所だ。
屋上は今日もいい風が吹いていた。手すり越しにタバコを吸っている清掃員。まさえさんだ。
「あんたも、こりないねぇ」
まさえさんはいつものように、ピースを吸いながら、外を眺めていた。
「わたしも一本くれる?」
わたしも一本もらって一服。今は吸ってないけど、たまに吸いたくなる。わたしはそっと鞄の中にある封筒をまさえさんにすっと差し出した。
「…」
まさえさんは、何も言わずに封筒の中を確認して懐に入れた。封筒の中にはまさえさんが大好きな市販のクッキーチョコ「アルフォート・ホワイトチョコ味」が入っている。
「何が知りたいんだい?それとも何か探って欲しいのかい?」
わたしとまさえさんはビジネスライクな関係だ。わたしは情報がほしい、まさえさんはアルフォートが欲しい。そしてお互いのことは詮索しない。わかりやすくていい。
「営業三課、竹下くん。女関係で知ってること教えて。」
「竹下ねぇ。女関係の噂は社内ではきかいないねぇ。女の子には軽口叩くタイプだけど。」
「電話でよく話し込んでいるとか、一週間でこの曜日だけ早めに帰るみたいなことない?」
「三課は、忙しい方だからねぇ。あの子くらい若手の子が、自分の時間をコントロールすんのはむずかしいかな。終電まで働いてるときもあるみたいよ。」
「なるほどね。」
「いま、社外で付き合っている人もいないらしい。」
まさえさんからの情報は一番信頼できる。まさえさんの情報が今まで外れていたことは一度もなかった。
「これはまさえさんの女としての勘に聞きたいんだけど、竹下くんってどう?」
って聞いてみた。
「情報はない。女の気配もない。でもね。黒だよ。ありゃ。やってるよ」
ふふ笑。女の気配ないっていってんのに勘だけはあいつは黒だと思うまさえさん。わたしも同感。ロジックでは説明できないけど、あの男は墨汁より黒いと。理由はわからないけれど、こういう時外れてたことはない。
「あ、まさえさん、同じ三課の飯田さんなんだけど」
「ああ、かわいそうに休職しちゃった子かい?」
「そう。たぶん竹下くんとなんかあったんじゃないかって」
「飯田ちゃん、誰かに言い寄られてたっぽいよ」
「え?それくわしく」
「だれかにしつこく言い寄られてるって、女子トイレで話してたらしい」
「それ、社内の人?」
「ごめん、そこまでは聞けなかったんだよね」
「そっかぁ」
へぇ、飯田さん誰かに言い寄られてたんだ。その情報は知らなかったな。ひょっとして竹下くんが、飯田さんにアプローチしてた側?だったりして。
「まさえさん。それ飯田さんはトイレで誰に相談してたの?」
ん?まさえさんが手を伸ばしてきた。
「あいよ。」わたしは、封筒をもう一つわたした。ここからは別料金らしい。
「二課のさわもっちゃん」
「澤本さん?へぇ〜あんがと。んじゃ、またよろしくね。」
「まいど。」
タバコを吸い終わり、わたしは屋上を後にした。二課の澤本さんね。飯田さんと同姓代の営業さん。あんまり面識はないけど、おっとりした優しそう
な子だった気がする。ちょっと直接、聞いてみよう。
「さわもっちゃん」
経理課で適当な書類を見繕って二課のエリアに向かった。二課は正直優秀とは言いがたいメンバーで構成されていて、営業課の中での成績は低い方。メンバー的に押しが弱い人が多く強い営業ができないって社内から言われている。お人好しが多いんだろうね。結婚するなら二課ってだれか言ってた気がする。
二課のデスクエリアに着いた。活気がない。あ、いたいた。今にも泣きそうな顔をしながらパソコンと睨めっこしている人。澤本さんだ。
「澤本さん、ですよね?」
「…はい。そうですが」
「あ、経理課のものです。あの、この書類の件で‥ちょっとだけ話せます?」
書類を澤本さんに手渡した。書類には“飯田さんの件で聞きたいことがあります”というメモ書。そのメモ書きを見るやいなや、ハッとした表情でわたしの顔を見る澤本さん。正直な子だな。
「ちょっと、職務中すみませんが、少しだけあっちの方で話しません?」
「…!はい…。」
澤本さんは一瞬びくっっとなって、一度頷ずき、わたしにと一緒に人気のない外の通路に場所を移した。
澤本さんは何かビクビクした表情で少し下というか床を見ながら、わたしの顔を見ないようにしている。
「大丈夫。そんな怖いものじゃないよ笑」
「はぁ…」まぁ、こわいよね。突然呼び出されて、しかも休職した子に関してのこと聞かれたら。
「わたし飯田さんに話きいててさ、誰かに言い寄られてるって…相談されてたの」
「…!!!」
また、ビクッとした反応。あたり。
「そ、そうだったんですね…」
「飯田さんから、あなたと親しいって前から聞いていたから、何か聞いているかもと思って」
「…。」
黙ってしまった澤本さん。聞いてみるか。
「竹下くん?」
「…!!!!っ」
澤本さんが若干のけぞる。わかりやすいなぁ。まぁ、やっぱそうだよねぇ。
「やっぱりそうなんだね?竹下くんが、飯田さんに何をしたの?」
そう聞くと、
「わたし、竹下くんのことがすきです」
?????え????
「え?なんて」
「わたし、竹下くんのことが好きです」
おっと。これは最悪のケースの可能性。
「うーん。竹下くんと付き合ってるの?」
「…。好きとは言われました」
あー。なるほどね。そういうことねぇ。ということは?
「飯田さんからも、竹下くんに好きって言われたでしょ?」
「…はい。飯田さんからも竹下くんに好きって言われたし、彼のこと好きだって」
うんうんうん。もう一つ確認しておきたい。
「付き合っては…いないでしょ?竹下くんとは」
「…。」
うつむく澤本さん。
あーあ。
おそらく飯田さんも同じ状況だったんじゃないかな。好きって言われたけど付き合ってはいないと。こういうとき、その男やめといた方がいいって伝える人が多いけど。返って逆効果になんだよね。だって今、澤本さんは竹下くんのことが好きだから。澤本さんにとって、あの男やめておけってことは、竹下くんの悪口。すなわち好きな人に対する悪口にしかならない。
だから、やめておけと言われれば言われるほど、そんなことないって強く強く思い込むようになってしまう。相手がたとえ正真正銘のクズ男だとしてもさ。逃れられない蟻地獄。
「そっか、そっか。大丈夫?」
「…っ」
そう声をかけると、澤本さんから涙がこぼれ始めた。いたいほどわかる。澤本さんは飯田さんのこともとても大切に思っている。だって飯田さんから、トイレで好きな人がいるのを相談されているからね。社内で好きな人ができたら、そんなこと相談できるのは親友くらいだ。変な人に話したら、噂、広まっちゃうもんね。あーあ、やだやだ。
「ちなみにさ、竹下くんとは、会ったりしてるの?」
「はい…。お互い仕事忙しくて退勤後はむりだから。二人で定例会という形でを週に一回刻んで外で会ってたりします」
「そっか、昼に会っているんだね」
なるほど。仕事終わりの時間はコントロールできないから昼間の時間ね。二人は若手の営業だから外回りに営業に出る時間は多い、そこをうまく調整しているわけだ。
「そしたら飯田さんもおんなじように昼に会っているって」
だよねぇ。外回りしながら複数の女子と。おそらく曜日を決めて昼に会ってたのかな。
「言えればでいいんだけど。竹下くんとはさ寝ちゃったりした?」
「…」
ふぅ。たぶん飯田さんも同じだろうな。
「そのこと飯田さんにもいっちゃったよね?」
首を縦に振る澤本さん。飯田さんも絶句したろう。まさか自分が好きな人が親友とも寝ていた。しかも自分も関係をもってしまっている。相当きっつい。
「そっかそっか、ありがとね。話してくれて。」
これが飯田さんの休職の原因だね。こんな話、上司に報告できるわけない。一番やっかいなのは、竹下くんは“この二人どちらとも付き合っているつもりがない”というところ。このケース、男がどっちかと付き合うことはまずない。むしろ寝ることもコミュニケーションの一つだとか言い出す。ゴミ野郎だ。そう思ったけど、澤本さんには言わない。今も竹下くんのことが好きだから。いま言ったところで意味ない。澤本さんの気持ちほんっとわかる。
寝たけど付き合うつもりがないやつだということは、澤本さんも、飯田さんもわかっている。世の男どもはいう。“忘れろ“と。うるせぇだまれ。相手がどんなに、ろくでもなくても一度好きになると信じたくなっちゃう生き物なんだよ。
こういうとき澤本さんを無理に竹下くんから離そうとするのは先ほど言った通り危険。むしろ、ますます竹下くんに依存する。飯田さんみたいに、休職しかねない。わたしみたいな話を聞いてくれる先輩がそばには必要だ。大丈夫だよ澤本さん。わたしついてるから。立ち直れるまで、そばにいるよ。
「澤本さん、たまにチャットしちゃうね。」
「え、は、はい。」
こういうとき、なんでも聞いてっていう人がいるけどそれだけでは不十分だ。こっちから、優しく、積極的になりすぎない頻度でコミュニケーションを取ってあげる。自分から声をかけなくても、心配してくれる人がいることを実感してもらうためだ。心配、気にしている人がいるだけで、精神状態はだいぶ変わる。恋愛関係で心を痛めている時は、徐々に回復させるしかない。生活習慣病と同じだ。
「今日はありがとね。なんか、澤本さんと話せてよかった。」
「はい…。いままでずっと話せなくて。でも、よかったです。」
「うん。よし、ちょっと落ち着いてから執務室もどろっか?」
泣いた澤本さん。それから少しだけ、顔を少し整えてから営業二課へと帰って行った。
さぁ、どうするか。竹下くんは飯田さんとも、澤本さんとも付き合ってないから、関係ないとか言い出すんだろうな。でも、竹下くんがいる限り、あの二人は苦しむだけだ。
なんとかしてあげたい。
民事不介入の姿勢を貫く、うちの会社はこのこと上役に伝えたところで、表向きには竹下くんには直属の上長から意見がでるだけだ。斎藤さんとのように、結婚していたのに社内で関係を持っていたという、ことであれば流石に左遷などの処分のやりようもあるが、竹下くんには‥。
澤本さんからチャットのやり取りなどをもらえてもどうか…。澤本さんはまだ、竹下くんのことが好きだ。協力してもらうのは無理だな。
そもそも社内恋愛探偵は社内の色恋沙汰を調べて、上長に報告するまでが仕事。時には不倫を暴いたりもするが、証拠を掴むまでがわたしの仕事は終わり。
だから彼には、竹下くんは消すわ。
(続く)
#恋愛 #小説 #恋愛小説 #ミステリー #社内恋愛 #物語 #社内恋愛探偵 #商社 #不倫 #人間関係 #探偵 #推理 #社内関係