【詩】ラムネスカイ,マカロンガーデン
♬ 1
トリカブト蜜もこぼさず摘むなら満月の
宇宙遊泳ミルキーウェイにぬれたその顔の
(涙ではさらさらなく)
しずく滴るまぶたを瞑る満月の
高きへかざせば花序の列
濃紫の高慢だとか薄むらさきの蠱惑とか
一秒きざみに塗り替えちまう満月の
ばかに明るい夜がいい
という作戦会議は ボクとキミのあいだでの
論を俟たない自明の理
ジャックナイフとステップ踏むなら理科室の
その蔓草がセクシーな蛇へと戻る鉄柵を
(星々はGOのウィンクを)
一足飛びなら夜這い星の弧をえがき
動脈静脈交叉する人体模型の腹部には
上級生が隠しておいた呪いの凶器
自殺未遂の彼に代わって理科室を
ばかに浮かれて誘い出す
という作戦会議は ボクとキミのあいだでの
論を俟たない自明の理
タリウムをポケットに招待するなら00:00の
海沿いダイナー 奥の席にて待ち合わせ
(アリバイ工作ぬかりなく)
24時間なかったことにする00:00は
碧い眼でなにも見ていぬデジタル時計
宇宙色のガラス小瓶を「交換だよ」と
Rock嫌いの医大生 手に包ませる00:07なら
ばかに長いkissを息つぎまじえ
なんて作戦会議も ボクとキミのあいだでは
論を俟たない自明の理
♬ 2
真昼の時間ときたら 街はおそろしいことだらけ
(知っているだろ?)
ロータリーをへそにして
円形競技場の俯瞰図よろしく広がるは
その外壁にニキビ一つゆるさぬお邸の
倒れることを知らないドミノ
(いつまで知らない?)
蜜だけ盗んでせわしなく 蝶は逃げ去る十時のおやつ
どちらの庭の花園も
金糸銀糸で織りあげた緞帳よりも 重たい眠気
澄まし顔の一ダース そろってしまった洋卓は
ウェッジウッドの総身武装が撥ね返す
聖五月の日ざしにまけず猥褻で
でもキミだけは めったに庭まで降りて来ない
維納帰りのピアノ教師とレッスン中さ
無精卵を見棄てて去ったマヒワの巣
ではなくベートーヴェンの頭中の熱
英雄の承認欲求に振り回された生涯を
ピンクの硬い爪を穿く 二十本の指の邁進が
威風々々キミの屋根の上空へ のぼりつめれば
午前の義務から解放さ
維納帰りの七癖がいとも不潔に小指立て
キューカンバーのサンドウィッチ摘まむ頃
百花の花粉が風にのり 黄金色の埃となって
ふじ色の影のようなる人達を
とりまく光景なんかではあるけれど
継母かと見ゆれど実のご母堂と
継姉かと見ゆれど実のお姉上
金歯銀歯に見ゆれどその実虫歯ゼロ本の
歯を剥き笑う 田舎紳士の諸兄と興ずるは
ロシアンルーレットもかくやの昂奮
それもそれのはず
キミにピアノを与えし貴婦人ら
次なるご夫君ご尊父を
ロシアンルーレットの要領で
当ててみせんとの決起
(田舎紳士に神のご加護を!)
ひかりに霞む光景は 夢のようにノロマだけれど
もし現なら 過ぎにし日々の夢より欠伸のでる話
♬ 3
「ほんの息抜き、だよ」
うすけむりたつ花々の 密生地帯の喧騒を
知っていたのか いないのか
(かわいいふりして知らんふり?)
無精卵 見捨てた鳥の巣頭が
ロココより流れただよう額縁の うずまく雲を顔にはめ
来るべき苦悩だとか何だとか 睨んだ眼つきしちゃいるが
キミときたら 二次元のお偉いセンセーにも
莞爾とわらって一礼さ
ないしょ話をはこぶつもりか その指が
光の廊下の鍵盤を つま先歩きはじめれば
妖精国のひみつの文字でも 綴ったつもりのレース幕
おしとやかなキミのまねして もちあげるのは両の裾
はちみつ色の光に背をおされ ほのかな姿あらわすは
ドヴォルザークの「ユーモレスク」
羽毛をまとうた音符たち 天井からか天界からか
エスコートする指づかい
先刻までの進軍は いったい何処へ行ったやら
満足そうに目を細めたる御方は
青光りの甲冑を 早くも脱いだ昼の空
そよ吹く風が すじ雲を
かの広くそびゆる肩に架けゆけば
微炭酸色のハミングなんて 空のヤツ
懐かしい日々のため 微熱をおびし目蓋は閉じゆかれ
春の終りの清流を しゃぼん玉の一生が越えゆくように
夏の木立のその空に 夕虹の煙ったうなじが覗くように
ドヴォルザークのかの曲は速度をゆるめ 哀調へ
どういうことだい おしえておくれ
小鳥となったキミの指が 五線譜の小枝を行き来する時
この街だって 中々悪くはない
空は そうだね、
冷たすぎないラムネを 味わっている目の色で
それはラムネその物をうつした色だし
屋根という屋根はウェハース
壁はホワイトチョコレートさ
マカロンがsnobどもを遠景へと片づけて
幾種類ものflavorで庭に咲く
フランボワーズの味のする一つ二つをもぎ取って
齧ってみれば思い出す あの真昼のあのレッスン
twinkle twinkle little star しか弾けない落ちこぼれ
キミを譜面台の上に座らせ
キミを譜面がわりに開いてめくって
twinkle twinkle little star ばかり弾き鳴らし
フランボワーズを丸齧り キミが倒れたって止めないし
ボクの我儘な指揮者ぶり キミが背中で弾いたのは
交響曲第六番だったっけ
ボクとキミの御父上にしか許さない キミの口もとに
ついで二月おくれで ボクの口もとに
初夏の兆した年のこと
罌粟の花の産毛の訪れた ちょうど一年まえのこと
あの田園にいつでも帰れるボクだけど
♬ 4
その年の秋深く
キミの指からピアノの音が 絶えて久しかった日々
キミの実の御父上 アラスカの深いクレバスの底にて
氷の御身となったとの報せ
キミがボクに告げたのは
キミとピアノを二人きりにしておいた人々が
キミの御父上を北の彼方へ追いやったとの
縺れた事情(何の二乗?)激情/薄情/悪感情に素っ頓狂
微分/積分/因数分解/街のうわさにゴシップ紙
どれだけ積んでも 真相なんて
Black Box Boxing
割る数よりも大きなあまりに ヘビー級に凹むだけ
トリカブト蜜もこぼさず摘むなら満月の
不眠に蒼ざめる夜なんかでは けしてなく
ジャックナイフとステップ踏むなら理科室の
ノイローゼに徘徊する夜なんかでは けしてなく
タリウムをポケットに招待するなら00:00の
希死念慮の蓋へ手をかける夜では けしてなく
月に吠えるのは 狼よりも得意なボク
ニキビ一つゆるさぬお邸前の墓石通り
首きり台交叉点まで 響くだろ
ねえ!窓をあけてごらん!
だ・か・ら
キミが望むものなら 代わりにボクが掴んであげる
この手が、この手のひらの傷より噴き上げる
いく条の血にまみれても
空はラムネに 庭にはマカロン
舗道の敷石はドロップさ
キミのユーモレスクが サクラ貝つないだサンダルで
雲の階段のぼりおりする そのさなか
砂糖漬けroseのアーチは ミントガムの風に花ざかり
なにも知らずに出て来た御一行
ウチの親父のロールスロイス
無免許運転で 突っ込んでやるのが
得策さ
だなんて言うことは
「タンドクハン」
孤独っぷりを響かせる言葉の眼の奥
暗い発火に しびれてしまったボクが
キミには内緒で きっと やってしまう
論を俟たない鬼ごっこ
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長野まゆみさんの小説「ユーモレスク」にインスパイアされて
書いた詩です。
でもぜんぜんちがう世界になっちゃった。
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