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『22世紀のソーニャ』:用語集

(以下の用語集は、主に2160年版Wikipediaの記事を参考にしたものであり、必要最低限の解説しかしていません。個々の用語をより専門的に調べたい方は国立電子図書館等の公共サービスを利用してください)

アタラクシア社(Ataraxia Co.)・・・人間とのコミュニケーション機能に不具合が生じた対人サービス用半自律型アンドロイドの診断と修理を目的に、2156年末に設立された民間企業。その株主のほとんどはジェネラル・エレクトロイドやエレクトロ・ダイナミクスなどアンドロイドの大手メーカーであり、事実上それらの合弁企業である。

慰安用アンドロイド(Android for Solace)・・・パートナーのいない男性や女性に癒しを与える目的で開発されたアンドロイド。文通、ビデオチャット、対面でのお喋りからセックスまで、恋愛のあらゆるプロセスの相手役を務める。通常は大都市部の歓楽街にある性風俗施設にリースされているが、2140年代初めからは“身請け”と呼ばれる中古買取制度も導入されている。歴史的用語としての「慰安婦」を連想させるがそれとは無関係である。

遺伝子組み換え藻類(Genetically Modified Algae)・・・激減した熱帯雨林に代わって光合成による二酸化炭素の分解を行うと同時に、人間の食用となる有機物を合成するために遺伝子操作により改良された藻類の総称。21世紀末から海洋及び淡水域で盛んに栽培されるようになった。巨大なコロニーを形成することが多く、在来種を駆逐してしまうとか食品の原料として使用することで不妊症が発症するなど弊害・副作用が指摘されているが、いずれも証明されていない。

環境難民(Climate Refugee)・・・居住環境の悪化により、それまで住んでいた土地を離れて別の地域や外国への移住を余儀なくされた人々。環境難民は20世紀から存在したが、地球温暖化が顕著になった21世紀初頭から急速に増加し、世紀半ばには国際社会全体で対処すべき問題と見なされるようになった。現在、先進諸国には国連総会決議に基づく環境難民の受け入れ義務があるとされている。

完全自律型アンドロイド/ロボット(Fully Autonomous Android/Robot)・・・汎用AIを搭載し、特定分野(軍事、警察、要人警護など)だけで用いられるアンドロイド及びロボット。2156年9月に強力な太陽嵐が地球を襲った際に世界各地で暴走事故を引き起こしたが、その原因は彼らの初期不良ではなく、無謀にも彼らの電源を落としていなかった保守的な軍人や政治家たちの過信だった。

管理センター(Control Center)・・・半自律型のアンドロイドやロボットの挙動と思考をインターネット経由でモニターし、彼らが想定外の状況に直面した場合に一時停止して遠隔操作できるようにするための施設。大手メーカーの場合、各国の支社や地域支部ごとに設けられている。半自律型アンドロイドやロボットの一時停止や遠隔操作を行うのは人間ではなく管理センターのAIである。

記憶プール(Memory Pool)・・・アンドロイド業界の最大手であるジェネラル・エレクトロイド社が自社の半自律型アンドロイド用に開発した、彼らの情報共有システム。同社のアンドロイドたちは管理センターのネットワークを経由して記憶プールに随時アクセスし、他のアンドロイドによる経験を圧縮または要約されたデータの形で共有できる。データは常に更新されているが、管理センターのAIによる検閲を経ている。他のメーカーにも同様なシステムが存在するらしい〔要出典〕。

公益主義(Social-benefitism)・・・2070年代末以降、資本主義に代わるグローバルスタンダードとなった政治経済思想。21世紀半ばから先進諸国を中心に起きた反能力主義者の暴動を受けて、急速に普及した。公益主義の中心理念としては公益の他に、公正、節制、合理性が挙げられる。この思想には幾つかの源流が見られるが、その一つは古代ギリシャのストア派哲学である。この源流を重んじる哲学的解釈ではマルクス・アウレリウスの『自省録』が重視される。一方、20世紀の経済学との連続性を強調する立場もあり、その解釈によればジョン・メイナード・ケインズやエルンスト・シューマッハーらの経済思想が重視される。公益主義のバイブルとされるジョセフ・コールバーグ『文明の必然としての公益主義』(2076)は後者の立場で書かれている。

コンテンツ・レヴュアー(CR、Contents Reviewer)・・・22世紀初めに日本で創設された国家資格の一つ。高等学校の文科系コースの多くでは、平均以上の成績で卒業した学生に3級CRの資格が与えられる。総合大学には通常、卒業と同時に2級CRの資格を取得できるコースが設けられている。
 2級までのCRには、日本国内向け通販サイトやネットマガジンで任意の創作物に対するレヴューを書くことによって、資格の等級と執筆分量に応じた報酬が自動的に支払われる。1級CRの資格は、大学で文化学を専門に教えるAIたちの厳格な審査を通過した者だけに与えられる。1級CR取得者は「批評家」の称号を用いることが許されており、彼らのレヴューは、自動翻訳されて日本の創作物を世界市場に輸出する際の宣伝に用いられたり、海外の創作物を輸入する際の国内向けプロモーションに用いられたりする。
 尚、名称は異なるものの同様の資格は日本以外にも存在し、オートメーションの進行によって他に有意義な仕事を見出せない教養ある人々に、生活意欲と安定した収入を保障している。

サイコマスター(Psycho-master)・・2140年代から普及したオンライン・カウンセリングAIサービスの一つ。サイコマスターは中学生以上なら誰でも利用可能な一般市民向けサービスであり、一回のカウンセリング料が安価で信頼できるため、オンライン・カウンセリングAIの中でも人気が高い。

新世代AI(New Generation of Artificial Intelligence)・・・2070年代初頭に実用化された、自律学習機能をもつ汎用人工知能の総称。現在は「新世代AI」と呼ぶのが通例となっている。

心理調整士(Psychological Coordinator)・・・2156年秋以降に発生するようになった半自律型アンドロイドの「心的機能不全」を診断し、修理する専門職。この職業名はアタラクシア社で初めて導入されたが、2158年から日本では国家資格の対象と見なされ、大学でも養成講座が開設された。心理調整士は、不具合を起こしたアンドロイドを面談によって診断し、ロールプレイングを中心としたリハビリ支援を行うことで彼らを修理する。

自衛システム(Self-Defense System)・・・ジェネラル・エレクトロイドが2153年頃に開発した、アンドロイド用ソフトウェア。これをインストールされたアンドロイドは、自分に危害を加えようとする人間に対して逃亡や打撃の回避、救助の要請などといった方法を迅速かつ効果的に用いて身を守ることができるようになる。

ジョセフ・コールバーグ(Josef Kohlberg, 2020~2078)・・・アメリカの思想家。大学で歴史学と経済学を専攻し、末期資本主義システムの研究でPh.Dを取得したあと、これといった業績もないまま公立大学教師として生活していたが、2070年代初頭にブログで公益主義思想を提唱しはじめてから注目を浴びるようになる。2076年に刊行された『文明の必然としての公益主義』は刊行後間もなく世界的なベストセラーとなり、100か国語以上に翻訳された。同書は現在、経済思想史や哲学を専門とする研究者たちからも高く評価されている。
 コールバーグは2050年代に執筆したPh.D論文と同書以外には単著を一冊も刊行していないため、突然現れたこの大著に関しては剽窃ではないかという噂も流れた。この疑惑について、当時既に病床にあったコールバーグはひと言もコメントしていない。尚、『文明の必然としての公益主義』が刊行された2076年に、同書と極めて似た内容の本が中国で地下出版され、密かに政府高官の一部にも読まれていたとされるが、禁書であったため実物は一冊も残っておらず、著者も知られていない。

端末(Terminal)・・・移動端末(mobile terminal)の略称。インターネットに常時接続されており、オンラインサービスのキャッスレス決済や各種の調査、通勤や通学に使う公共交通機関のポイントによる決済が可能である。都市部の住人はほぼ100%所有している。機種によっては仮想キーボードやディスプレイ表示される映像の投影といった拡張機能がある。

トレンド・コーディネーター(TC、Trend Coordinator)・・・CRと同様、22世紀初めに日本で創設された国家資格。3級から1級までがある。TC資格保持者は、ライフスタイルやファッションに関するレヴューや批評を通販サイトやネットマガジンに寄稿することで、資格の等級と執筆分量に応じた報酬を得られる。

廃墟ハウス(Haikyo-House)・・・21世紀後半から日本で用いられるようになった、低所得者向けに再利用される老朽集合住宅の俗称。地球温暖化による海面上昇で近い将来居住不可能になることが予想される区画に多く見られる。築50年以上経過しているのが普通であり、中には百年近く経っているものもある。廃墟ハウスの住人には独身の高齢者や環境難民などが多い。

反能力主義者の暴動(Anti-Meritocracy Riots, Riots against Meritocracy)・・・2050年代から21世紀末にかけて先進国や新興工業国で断続的に発生した、生活困窮者たちによる暴動。出生や偶然によって普通に生活する機会さえ得られなかった彼らが、「能力」の概念によって自分たちが差別されつづけてきたことに憤慨して起こしたとされている。この暴動に思想的なリーダーはおらず、「反能力主義」(anti-meritocracy)という言葉自体もSNSや動画配信サイトなどを通じてネット上で自然発生的に形成された平等主義的思想全般を指していて、定義が曖昧である。
 反能力主義者たちに共通する特徴は、個人が自分の能力に応じて高い社会的地位や高収入を得られるという「能力主義」の否定である。彼らはゲームやスポーツ、芸術分野における競争と個人の成功は認めるが、出生による差別、学歴や職歴、職種によるヒエラルキーは基本的に認めない。反能力主義が拡散した背景には、アメリカをはじめとする先進国において、オートメーションの進行とAIの導入により失業率や低賃金労働が増加し、ごく一部の「エリート」たちに富のほとんどが集中しつづける一方で、教育や就業の機会均等が有名無実化し貧困層が世襲化していった事実がある。
 当初、反能力主義の活動は、比較的高学歴の人々による、ベーシックインカムの導入や、高等教育及び専門教育、医療など公共的性格をもつサービスの無償化と、富裕層への増税を要求する平和的デモを中心としていた。しかし2040年代中頃までにそうした要求を掲げる人々の子供の世代で大学進学率が異常に低下し、加えて先進国の失業率も上昇しつづけた結果、反能力主義を掲げる人々による商店の略奪や富裕階層の住宅破壊、公共施設の占領などが頻発するようになった。アメリカでは州兵まで動員して彼らを弾圧したケースさえある。
 反能力主義者の暴動について、現在の歴史書では肯定的に評価されることが多い。この世界的運動によって公益主義思想の普及が加速したとも言われている〔誰によって?〕。また、アメリカ、中国、韓国、日本では、2010年代以降生まれの世代が2080年代初頭まで断続的に暴動を起こし、学閥やパワハラといった前現代的な慣習を一掃したとされている〔要出典〕。

半自律型アンドロイド/ロボット(Semi-Autonomous Android/Robot)・・・2080年頃から人間に代わる労働力として実用化された、管理センターのAIによって一括管理されるタイプのアンドロイド及びロボット。アンドロイドの場合は完全自律型と同様に汎用AIを搭載していることが多い。

ポスト・アポカリプス文学(Post-Apocalyptic Literature)・・・21世紀半ばに流行した世界文学史における最後の潮流。文学史家たちによれば、ポスト・アポカリプス文学以降、現在に至るまでの百年間に世界的な影響力を持つ文学潮流は現れていない。
 ポスト・アポカリプス文学は、1980年代から90年代にかけて世界的に人気を博したポピュラーカルチャー(特に英語圏の娯楽SF映画や日本製アニメーション映画及びシリーズ)から、大きな影響を受けている。
 研究者の中には、この潮流を、「需要が激減したハイカルチャーとしての“文学”の、断末魔の苦悶」〔要出典〕であるとする向きもある。その一方でポスト・アポカリプス文学は、「2020年代以降気候変動の本格化やパンデミックの影響によって一挙に変容した世界の様相を総体的に描きだそうとする、真摯な文学的営為である」という評価もある〔要出典〕。
 ポスト・アポカリプス文学は、映像作品からの影響が顕著でありながら、ジャンル性や視覚性にはそれほど重点を置いておらず、異常事態に直面して次第に精神的及び物理的に追い詰められてゆく知識人の内面を描いていることが多い。また、ポスト・アポカリプス文学に属する作品の大半は、地球温暖化やAIによる人類の支配、核戦争といった、既存の映像作品で提示されてきたSF的設定を再利用している。そのため、長編小説が多いにもかかわらず映像産業にとってはそれらを原作として脚色するメリットがなく、21世紀後半に反能力主義者の暴動が深刻化する中で忘却されていった。

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