面影ラッキーホール

 ある朝、朝と言っても時間は11時を回っていた。二日酔いの重たい体を起こす。
異常な喉の渇きを感じる。キッチンに行きコップ一杯の水と昨日の曖昧な記憶を一気に飲み干した。

 カーテンを開けると窓の外は少し灰色がかって見える。雲は少し重たく空は狭く感じた。
日曜の空気は憂鬱だ、翌日から聞こえてくる喧騒がゆっくりした空気を濁していく。

 床におちているロンTに袖を通す。履き慣れたジーンズの後ろポケットからレシートと小銭の感触を感じながら足を入れた。ダイニングテーブルに無造作に置いてある札を数枚小銭の隣に忍ばせた。

 外に出て灰色の世界をとぼとぼ歩く。目的地は決まっている。踵のすり減ったサンダルで一定のリズムを刻みながら歩き続けた。

 
 入り口を抜けるとこの街にもこんなに人がいたのだと感心する。それぞれの人生をそれぞれの名前で過ごしている。自分もその中の一員であるもののどこか他人行儀で、自分だけは別なんじゃないか?特別なのでは?という気持ちがいつもある。

 ポケットから札を取り出し、サンドに突っ込む。耳を塞ぎたくなるような騒音は数分でセルフノイズキャンセリングされ、何も感じなくなった。灰色の世界が人工的な虹色で彩られた滑稽なこの店で数千円を失い、店を出た。

 来た時より大きな音を鳴らしながら、とぼとぼ歩く。道端に小石が落ちていた。汚れて雨に濡れて所々欠けている。今の自分の横顔に見えてくる。昨日の自分、今日の自分、これからの自分にも。咄嗟に右足で蹴り飛ばした。小石は道路脇の側溝の蓋の隙間から落ちた。

 家に着くと車に乗り込んだ。エンジンを掛けてカーステレオを付けた。ラジオから聞こえる人の声は自分以外の誰かに向けられたものの様に感じた。アクセルを少し強く踏んだ。

 車を止め窓を少し開ける。タバコに火をつける。耳にイヤホンを突っ込んだ。流れてくる音楽は面影ラッキーホール。そっと目を閉じる。聞こえてくる物語は歪で極端で何故か懐かしい。

 窓の外に流れる川は雲の隙間から太陽を反射させている。世界はいつのまにか茜色に染まっていた。

シュウマイガール

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