コウイチ

編集者・ライター等を経て、現在は精神科看護師。

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最近の記事

20241005_『虎に翼』と『水ダウ』、2024年の相克。

 先月末、朝ドラを超えた朝ドラ『虎に翼』がついに大団円を迎えました。  この日本映像史に燦然とその名を残すこと必至な稀代の大傑作について、このnoteでも書き下ろしで何かを残そうと思ったのですが、語り倒したいポイントがあまりに多すぎて、お恥ずかしながらそれらをテキストに落とし込む脳内の情報処理が、いつまで経ってもいっこうに進みません。  なので、今回のこのnoteでは、僕なりのオリジナリティ(?)がある程度発揮できそうな立ち位置から『虎に翼』について“いっちょかみ”することに

    • 20240228_再録・黒石寺蘇民祭初参戦記【7】解放の朝<完結篇>

       やっとこさの争奪戦の開始にほっと安堵し、格子から隙を見計らって飛び降りる。  しかし、僕が下に降りた時には、本堂での争奪戦はすでに終盤に差しかかっていた。 「こっちだ! こっちだ!」という、黄色い手拭いを被った世話人のオッサンたちの導きによって、裸の押しくらまんじゅうの一団は、押し出されるように石段を降りていく。  しかし、蘇民袋ってやつはいったい今誰が持っているのか。このむくつけき裸のカタマリの真ん中あたりにあるんだろうけど……状況がまったく把握できない。  

      • 20240227_再録・黒石寺蘇民祭初参戦記【6】女には出産の苦しみ、男には蘇民祭の苦しみ

         午前3時半。  ずっと眠りこけていたせいで、目覚めた時には「出陣まであと30分」となっていた。  ……なんか全然ゆっくり休んだ気分になれてないよ! 仮眠取れたお陰で、眠気はだいぶ和らいだけど。  それにしても、長時間休憩を取った身体を、もう一度戦闘モードに戻すのは、なかなか億劫な作業である。  衣服を脱ぎ去り、ふたたび下帯一枚に。  その際に突き刺す寒さは……最初の水垢離の時と一緒だ。このレベルの寒さは、何度経験しても「慣れる」ということは決してあり得ない。

        • 20240227_再録・黒石寺蘇民祭初参戦記【5】突き抜ける灼熱

           第一にして最大の難関(?)、三度の水垢離を終え、服を着込み、ふたたび焚き火で暖をとって安堵する、我々DEEDEE'S班一同。  ……が、ゆっくりできたのも束の間、周囲の別パーティーの人たちが次々と服を脱ぎだし、また下帯一枚の姿に戻る。  僕なんかは、もう正直気が進まなくなってるんだけど……(苦笑)。  さて、次は「柴燈木登り」(ひたきのぼり)、ですか。 「柴燈木登り」(ひたきのぼり) “登り”とは庫裡から本堂に向って行列を組んで進むことで、行列の先頭は“たち切

          20240226_再録・黒石寺蘇民祭初参戦記【4】五穀豊穣、蘇民将来<2>(2009.2.1〜2)

          「ジャッソー! ジャッソー! うおぉー!!」  一発目の水垢離を決行し岸に上がり、テンションが高まりきった状態で思い思いの絶叫を挙げ、石段を駆け登る下帯一枚の男たち。  その周囲を完全武装の防寒着に身を包んだギャラリーが、小旗を振りながらマラソンランナーを見送るかのごとく、カメラのフラッシュでエールを送る。  しかしその高揚感が身体を包んでいられるのも、水から離れたほんの30秒ほどの間のみ。  その後は濡れた身体に寒風が容赦なく突き刺さり、全身の芯から震えが湧きあ

          20240226_再録・黒石寺蘇民祭初参戦記【4】五穀豊穣、蘇民将来<2>(2009.2.1〜2)

          20240224_再録・黒石寺蘇民祭初参戦記【3】五穀豊穣、蘇民将来<1>(2009.2.1〜2)

           夜10時。ついに「水垢離」(みずごり)の瞬間がやって来た。  ウヤー! と一同気合いを込めて、下帯(白ふんどし)一枚、剥き身の裸姿になり、薪で温まる休憩所から、寒風吹きすさぶ寺の境内へ飛び出す。  が! 「×△◎▼□※☆◆~~~~~!!???」 「寒い」とも「冷たい」とも「痛い」ともつかぬ、経験したことのない感触が、全身の肌という肌に襲いかかる。  巨大な氷で全身をプレスされているような感触というか、体中の皮膚を無数の洗濯バサミで引っ張られているような感触

          20240224_再録・黒石寺蘇民祭初参戦記【3】五穀豊穣、蘇民将来<1>(2009.2.1〜2)

          20240223_再録・黒石寺蘇民祭初参戦記【2】装着(2009.2.1〜2)

           うっすらと雪を被った黒石寺に到着。  駐車場はすでに車の熱で雪が溶け、グジャグジャの水田状態。  このような事態を想定していなかったので、履いてきた白のスニーカーがこの時点で半分泥に埋まり涙目。  事前対策に抜かりないDEEDEE'S組は、全員しっかり長靴。もっと早く対策を聞いておくべきだった!  売店で下帯(白ふんどし)と地下足袋を購入して寺の石段を登り、藁ぶきの広い休憩所へ。  壁も藁。ベンチ代わりに巻いて束ねた藁。  その真ん中で、炭火で肩を寄せ合って暖

          20240223_再録・黒石寺蘇民祭初参戦記【2】装着(2009.2.1〜2)

          20240223_再録・黒石寺蘇民祭初参戦記【1】雪景色に恐怖(2009.2.1〜2)

          【はじめに】  当記事は、私が当時のmixiに掲載した、2009年の黒石寺蘇民祭初参加レポートの再録になります。  また当記事では、2024年現在では差別的で不適切とされる語句や表現が随所に含まれます。  しかし、この記事を完成させるには、2009年当時の蘇民祭にまつわる(かつての私自身も含む)世間の好奇の視線を漏らさず伝えることが、どうしても不可欠でした。  よって今回の再録でも、以上の事情を考慮し、現在では不適切な各表現もそのまま掲載いたしました。結果として性的マイノリテ

          20240223_再録・黒石寺蘇民祭初参戦記【1】雪景色に恐怖(2009.2.1〜2)

          20240114_『格闘家アントニオ猪木』と「壁抜けしつつ留まる猪木」、二つの卓越した猪木論

           マイルス・デイヴィスといえば、言うまでもなく、不世出の天才ジャス・アーティストであり、20世紀を代表する巨人の一人である。  耳音痴の僕でも『In A Silent Way』や『On The Corner』といえば、極上のヤバい音がブッ放され続ける化け物のような名盤だと確信している。ただ僕は、音楽的な部分はまったくの未知なので、これらの音がどのようにヤバくて衝撃的なのか、それを言葉で伝える術がない。もちろん恐ろしくファンキーで、超絶にカッコいいことだけはわかっているけれど。

          20240114_『格闘家アントニオ猪木』と「壁抜けしつつ留まる猪木」、二つの卓越した猪木論

          20231226_お江戸のカブキロックスター、中村獅童。(2023.12.25)

           クリスマスの日に、中村獅童×初音ミクの超歌舞伎『今昔饗宴千本桜』@歌舞伎座を観てきました。  しかも4列目の花道横!という超!良席で……!   いや〜脳を焼かれた。「超」でしたわ‼︎  超超超!  大向う掛け放題の満場のお客さんにペンライト降らせて総立ちさせて、宙乗りで天井を舞いながら「Oi! Oi!」と煽る、汗まみれの白塗りに真紅の隈取が光る中村獅童は、どこをどう斬っても正真正銘のロックスターだったし、これこそ中村獅童オリジナルの歌舞伎!でしたね。  しかも宙乗りで舞い

          20231226_お江戸のカブキロックスター、中村獅童。(2023.12.25)

          20230715_りゅうちぇるさん、うーとーとー。

           僕は2年前から、妻と一緒に犬を育てています。  シーズーの男の子で、名前は「ふじ」といいます。  この子を育て始めた年の秋に、我が家の間で、愛犬「ふじ」をかわいいと思う感情が爆発的に高まると、ついついふじを「ふうちぇる」と呼んでしまうのが流行ってたんですね。  そのことをツイートしたら何と! りゅうちぇるさん本人から「いいね」が来たんです。ちょっと凄くないですか? あの時は、りゅうちぇるさんの優しさに、本当に本当に感動したんです。あの日のいいねは、今も我が家の宝物です。

          20230715_りゅうちぇるさん、うーとーとー。

          20230702_ホモソーシャルの儀式「のぞき」で、思い出した話

           男子高校生が修学旅行の露天風呂でのぞきや盗撮をやっていた事件について、呂布カルマが男子生徒たちのリビドーを全肯定し、twitterが荒れている。  おまけにダメ押しで、呂布がいつものようにエゴサしまくってアンチリプ送ったアカウントを直接潰しに行きまくって、例によってミソジニー丸出しのスタンス全開でいってるので、そこでまた荒れに荒れている。  “やんちゃ”なのぞき話ねぇ。  昭和の新日本プロレスで藤原喜明や佐山サトルが巡業先の女風呂のぞいてた話とか、僕も昔から大好物だったん

          20230702_ホモソーシャルの儀式「のぞき」で、思い出した話

          20230630_あーもううるさい、ロスジェネどうこうの話

           ちょっと前にtwitterで、ロスジェネ、またの名を就職氷河期世代が、これまでいかに災難に遭い続け、そしてこの先もいかにお先真っ暗かというかツイートが、やたらに流行ったような気がします。というか、今でも時々TLに入ってはきますよね。一時期ほどの勢いではないものの。  twitterの「おすすめタブ」の方を開いたら、ロスジェネ論大好きな非フォローのネット論客が、今日も元気に我々世代の人生を、幸せだ不幸せだ、勝ち組だ負け組だと、大冗談にざっくりと査定してくれてるようです。  

          20230630_あーもううるさい、ロスジェネどうこうの話

          20230503_ロックおじさんの答え合わせ『もうがまんできない』(2023.5.2)

           私、90年代と00年代のサブカルの空気吸ってきて、さらにはサブカル通り越してアングラまで両足突っ込んだ尖った方々を横目で見てきた人間なんでね、王道ど真ん中のサブカルを追いかけることに引け目というか“照れ”があるんですね。  ましてや、クドカン、大人計画というと……サブカルにおいてはど真ん中のど真ん中だし、mixiの時代だと、はっきりと「あんなもん!」って反応する人がチラホラいたような記憶があります。もっとも、そんなおっかない人とマイミクにはなりませんでしたけどね。  自分の

          20230503_ロックおじさんの答え合わせ『もうがまんできない』(2023.5.2)

          20230305_グッドバイ、1995年。

           大川隆法が死んだ。  僕の中の1995年が、また一つ終わった。  なぜ大川隆法で1995年を思うのかというと、この上なくクソッタレな形で僕らがブルーハーツを奪われた年が、他でもない1995年だったからだ。  ラジオで唐突にヒロトが解散を宣言してからは、信じられない速さで何もかもがガラガラに崩れ落ちていった。  河ちゃんが幸福の科学にハマってああなったのを『JAPAN』のインタヴューで堂々公言した直後、今度はファンクラブの会長がオウムの出家信者になった報せが飛び込んできた。

          20230305_グッドバイ、1995年。

          20230130_柔術の試合に出たら、74歳の鉄人に会った話(2023.1.29)

           実は、趣味でブラジリアン柔術をやっております。 「実は」といっても完全に隠しているワケではないんですけど、あまりに弱くて自信がなくて、人に聞かれる前から積極的に公言するのは避けてるといいますか。  柔術をかじってるキャリアはかれこれ20年超えちゃってるんですが、仕事が忙しすぎたり自宅から遠いジムを選んでしまったりで、しっかり通う習慣が根付かず、ほぼ初心者のまんま月日が経ってしまうのを繰り返してました。  にもかかわらず、僕は青帯を持っています。6年前の夏に、当時のジムの

          20230130_柔術の試合に出たら、74歳の鉄人に会った話(2023.1.29)