読切り小説 | トゲさし地蔵 「“報酬”以上のやりがい」
「結城さんって、どういうきっかけでこの仕事につかれたんですか?」
転職してから、もう何度目だろう。出身地や今日の天候を聞くかのごとく、自然な流れで質問の矢が飛んでくる。その矢は1本ではあるが、矢尻は鋭い。
「あなたはどういう問題意識を持って仕事に取り組んでいるの?」
そう聞かれているようで胸がつまる。
「この人、わたしが飲み屋で誘ったんですよ〜、一種のナンパですよね。」
高梨さんがそうフォローを入れる。その合図にのり
「そうなんですよ、一種のナンパというかナンパそのものですよね」
と笑いながら返して、矢は通りすぎていった。この出会い話は飲み会の場であれば笑い話として自信満々で話せるのだが、今日のような、まじめな雰囲気の会議上でこのきっかけを話すのはできれば避けたい。
NPOの人たちと仕事をしていて気づいたのは、所属先というか仕事への目的意識が非常に高い。
先週打ち合わせをした女性は、働き方改善に取り組むNPOで広報を担当していた。前職は外資系の企業だったそうで、
「子どもができてから仕事のパフォーマンスが落ちて悩んでたんですよ。そしたら当時の上司に、子どもがいるなら仕事があきらめなよ。って言われたんです。この令和の時代にですよ、信じられます?でも、それがすごく悔しくって、こんな社会おかしいと憤りを感じて。何かが変わらないといけない、自分で何かを変えたいって思ってここに転職したんですよね」
残念ながらボクには、そんなドラマのような修羅場の経験も高尚な理想もない。
ゆるゆると大学生活を過ごした後、入った小さな出版社。出版社といえば聞こえはいいが、社員の仕事は編集よりも営業中心。編集にまつわる仕事のほとんどは外注に出していた。ベテランライターさんの領域は、文章執筆だけでなくページ構成や台割作成にまでおよぶ。新人のボクはそこに口をはさめるはずもなく、編集にまつわる仕事は〆切の催促のみ。しかし〆切の催促をしたことは3年で一度しかない。〆切を忘れ催促をしないことで怒られたことは何度もある。そんな新人の最重要タスクは営業回りだった。長年お付き合いのある会社に行き、広告企画の相談を行う。厳しい折衝があるわけではなく、相手の要望を聞いてくる営業というよりも御用聞きに近かったと思う。斜陽産業と言われる業界でのほほんと仕事ができるありがたみは感じていたが、真剣に取り組む気持ちにはなれなかった。
そもそも何かに真剣に取り組んだことなんてあったろうか。青春ど真ん中の中学時代の部活なんて、半年ごとに所属する部活を変えていた。自分が何か真剣に取り組んでいる姿が想像できない。
うだつの上がらない仕事に区切りをつけるため、会社に辞意だけは伝えた。そんな最中に出会ったのが高梨さんだった。
高校時代の友人ユウコに誘われて行った池袋の居酒屋にいたのが高梨さん。ユウコとは大学のゼミの先輩にあたるそうで、ボクの知らない誰かと誰かが付き合い始めたなどの話で盛り上がっていた。知らない人の世間話ほどおもしろくない。来てしまったのが間違いだったと若干後悔していたのだが、30分ほどでユウコは酔い潰れ、高梨さんとサシで話をするような形になった。共通の友人がいるわけでもないので仕事の話になった。
「高梨さんは寄付を集めるのが仕事ってことですか?フリーランスで?」
「うん、ライターの人が文章書いて出版社からお金もらってるように、寄付を集めてNPOからお金もらってんの」
「いや、仕組みはわかるんですよ。でも、なんかいまいちわかんないというか、、」
「お金ちゃんともらえるのかってことでしょ」
「はい。端的に言えば。すみません笑」
「大丈夫。親戚みんなに同じこと聞かれてるから。結城くんってNPOってボランティア団体だと思ってるでしょ」
「ああ。そうかもしれませんね」
「うわ、興味なさそうな返事っ」
「え、そうでした? 興味感じてますよ。今月で一番興味の湧いてる話です」
「今月ってまだ10日しか経ってませんけど?」
「まだ10日じゃないんですよ。もう10日。20日後には、ぼく仕事辞めてるんで」
「へー。辞めて何するの?」
「まだ決めてないんですよ。何したらいいんだろうって思って。
「だから今月の興味は“ボク”の人生を左右するってことね」
両手でカニの爪がおじぎをするようなジェスチャーをしながら、彼女は微笑んだ。