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人口700人の村にある小さな宿になぜ人が集まるのか、その全貌を公開します

初めまして。山梨県小菅村という人口700人の小さな村で「NIPPONIA 小菅 源流の村」という宿の番頭をしている谷口峻哉と申します。

この宿は2019年8月にグランドオープンしたのですが、ありがたいことに多くのメディアにも取り上げていただき、昨今の情勢にも関わらず予約が取れなくなるほどたくさんのお客様に支えられています。

このnoteでは開業から3年間で自分たちがやってきたことの整理整頓と、一緒に働いてくれている仲間へのメッセージも兼ねて「名もなき村の小さなホテルに、なぜ人が集まるのか」を、宿でできる体験とそのサービス開発の裏話を交えて書いていきたいと思います。(気合い入れて書いたら5,000文字を超えてしまいました)

NIPPONIA 小菅 源流の村とは?

まずは、少しだけ宿の紹介をさせてください。
当館は村内で空き家となってしまった築150年以上の古民家を改装したホテルです。東京都と山梨県の県境、山梨県小菅村という人口約700人の小さな村の山間部に位置しています。

「700人の村がひとつのホテルに」というコンセプトを旗に掲げ、ゲストを村全体でお出迎えしています。

どういうことかというと、村の空き家をホテルの客室に、村の温泉施設をホテルのスパに、村の物産館をホテルのショップに、村の畦道をホテルの廊下に、
そして村人をホテルのキャストに見立てて、小菅村の暮らしをまるごと体験していただこうという取り組みです。
もちろん、夕食や朝食では小菅村で育った土地の恵みを味わっていただきます。

私は開業準備から携わり、サービス開発や備品セレクト、人材採用、オペレーション構築などを担当させていただき、現在は運営マネージャーとして現場の責任者をしております。

ラウンジ

全国にNIPPONIAの名がつく宿泊施設は30施設ほどあります。NIPPONIAとは街の景観や文化を守り、歴史のある建物を次世代へ繋げていくことを目的とした"まちづくり事業"の名称です。それぞれの地域で運営スタイルが異なるため、内装のデザインから提供しているサービス、食事内容まで多種多様です。
NIPPONIA 小菅 源流の村はスタッフ全員が村人で、設計士や建築士からパートさんも含めて、全て村出身の方か移住者で構成されています。

いきなりですが、村のお父さんが登場

私たちはお出迎えからお見送りまで、「お客様に何を感じて欲しいか」から逆算してサービス設計をしています。ホテルでの滞在はいわば「物語」のようなもの。
20時間の滞在を通して何を感じて欲しいのか、一つひとつのアクティビティにはロジックが明確にあります。

たとえば、チェックインしてすぐに「小菅さんぽ」というアクティビティがあります。
これは、近所に住んでいる村出身のお父さんと一緒に村を歩くというもの。
地図には載っていない村人しか知らない道を、お父さんの案内のもと、山あいの村特有の急勾配な斜面を登ったり、神社に立ち寄って集落の神様にご挨拶したり、畑の中を歩いたりしながら温泉まで歩いていきます。
この散歩に参加すると、観光地ではない村のありのままの暮らしを垣間見ることができます。

これが大人気です。同価格帯のホテルで特別なサービス研修などを受けていない近所の「お父さん」が登場してお客さんを案内するということは、あまりないと思います。
重厚感のある古民家、程よい距離感の接客、デザイナーセレクトの洗練された家具などに心地よい緊張感と高揚感を覚えたところに、いきなりお父さんが登場する。これが良いのです。

私たちの宿を選んでくださるお客様はマニュアル通りの接客や、どこでもできる均一的な体験ではなく、ここでしかできない「本質的な体験」を望んでいます。
お父さんの何気ない会話を聞きながら村を歩くという30分間が、まさにその役目を果たしてくれます。到着時の緊張もほぐれますよね。

実際、散歩から帰ってきたお客様は、到着したときとは見違えるほど朗らかな表情になっています。
村民のにじみ出る人柄の良さと話し方に心がほぐされていくのでしょう。私たちはこの「小菅さんぽ」を通して、ゲストを宿の世界観へ引き込んでいると言っても過言ではありません。

大人気のお父さん

なぜ星のやはすごいのか

「世界観への引き込み方」というと、星のやの体験が思い出されます。ベタですが、好きなホテルはどこかと聞かれると「星のや」は間違いなくそのひとつに入ります。今までに星のや軽井沢、星のや竹富島、星のや富士と利用してきましたが、どの施設も「安心感と高揚感」がバランス良く設計されており、思い出に残る体験ができました。では、何がすごいのか?

まず、どの施設にも共通して言えることが「日常から非日常の世界への引き込み方が秀逸」ということ。
星のや軽井沢であれば建物に入るとすぐ、クリスタルボウルのような独特な生演奏が流れており"音"で高揚感を高めてくれます。チェックイン後には車に乗り込み、美しく設計されたランドスケープ「谷の集落」に誘われ、知らぬ間に非日常の世界に入り込んでしまいます。

星のや竹富島は石垣島からフェリーで島を渡る時点で既に「島に来たんだ」という感動を覚え、石垣と赤瓦の客室で過ごすと不思議と「沖縄時間」に溶け込んでいきます。

星のや富士であればチェックイン後のZeepでの送迎が高揚感を刺激します。さらに入室したら目の前に富士山、よくできています。

加えて、そのどれもが「その土地の暮らしや文化を表現している」からこそ違和感なく受け入れることができて、一度その世界に没入したら2泊以上は非日常に浸かりたいという気持ちにさせてくれます。(星のやは2泊以上の宿泊を前提にハードもソフトも設計されている)
何よりも、どこに行っても安心してサービスを受けられるクオリティの高さはさすがです。どれだけ素晴らしい接客をするスタッフがいても、たった一人でもネガティブな印象を与える人がいると全てが崩れてしまうので、そういった意味でサービスクオリティの統一感には感激します。

上記以外にも、豊富なアクティビティや食のプレゼンテーションなど、星のやの魅力を挙げるとキリがないのですが、ホテリエ目線で見ると「世界観の作り込みと、そこへ引き込む導線」が圧倒的非日常を生み出していると感じます。

温泉と物産館の存在

話を小菅村に戻します。
小菅さんぽは集落の神社に寄ったり、宿でもお世話になっている農家さんの畑を通り抜けながら、「小菅の湯」という温泉まで歩いて行きます。

この小菅の湯は「ホテルの温泉」として紹介しているので、やはりお客さまにも利用していただきたいところ。そういった意味でもお散歩に参加すれば温泉に連れて行ってもらえる、というのは導線としてスムーズなのです。
何より、運動した後の温泉は気持ちいいですよね。

ちなみに、小菅の湯の隣には「物産館」があり、村の方が育てた野菜や特産品の購入が可能です。このようにして、地域にお金が落ちる仕組みを構築しています。

高アルカリ性の天然温泉

焚き火の時間

温泉から戻ってきて、客室で少し寛いでからは焚き火の時間です。
敷地内のウッドデッキにて、宿泊客が火を囲むように円になって焚き火を楽しめます。首都圏からのお客様が多いのですが、都市部で火をみる時間というのはなかなか作れません。

また、小菅村は「火と水」をテーマにした源流祭りというお祭りを30年以上開催してきた歴史もあり、せっかく小菅村にきてもらったなら火を見てもらおうということで開催しております。

ぼーっとする人もいれば、パートナーの方とお酒を飲む方もいますが、一番の目的は「宿泊者同士の交流」です。交流といっても密接な関わりをして欲しいわけではなく、なんとなく「こんな人たちが泊まりに来ているんだな〜」というのが分かれば狙い通りです。

宿はお客様が泊まることで完成します。もっと言うと、お客様次第で宿の雰囲気も変わります。海外のゲストが泊まりにくれば賑やかになることもありますし、クリエイティブな方々が泊まりにくればおしゃれな空間に、ご年配の方々が宿泊すればゆったりとした雰囲気になります。

そういった意味で、どんな方が泊まりに来ているのかをお互い把握できて、なんとなくの仲間意識が芽生えると、夕食の時間もぐっと和みます。
ラウンジが円卓なのも、散歩や焚き火を時間指定で開催しているのも、夕食に向けて一体感を醸成するための仕掛けと捉えています。

焚き火

ディナータイム

さて、いよいよお待ちかねのディナータイムです。お散歩でしっかり歩いて、温泉に浸かったあとはお腹も減りますよね。
一般のレストランと、ホテルの中にあるレストランの違いは夕食前の時間があることと、食後にそのまま寝泊まりできることだと考えています。
その意味で、チェックインから夕食までの時間はまさに、ディナータイムの価値を最大化するための準備体操と言っても過言ではありません。

NIPPONIA 小菅 源流の村のレストラン名は「24sekki」といいます。移ろいゆく季節の変化に合わせてメニュー構成なども細かく調整ながら、”その時を皿にのせる”というコンセプトを表現しています。

小菅村名産の生でも食べられるほど鮮度の良い川魚や、村の小さな生産者が育てているお野菜、源流の水で育ったワサビ、それから自然の恵みである山菜やキノコなどを使用した、地産地消の身体に優しい和食のフルコースをご用意しております。

多くの食材は宿から半径1km圏内で採れるため、文字通り"採れたて"を召し上がっていただけますし、運送に伴う味の劣化や環境への影響、無駄なコストもかかりません。
ちなみに、小菅さんぽでは小さな養魚場や畑の中を歩くのですが、まさにそこで育ったものが食卓に並びます。

生産現場をみて、時には生産者に出会い、その日のうちにそれを食すという体験は田舎では当たり前かもしれませんが、現代においては何にも変えがたい価値と言えるでしょう。

とある日のメニュー

朝食は村の暮らしを感じる時間を

ぐっすりと寝ていただいた後は朝食の時間です。朝食は部屋で召し上がっていただくのですが、滞在の中で一番「小菅村に暮らすように滞在している感覚」に没頭できるのがこの朝食の時間だと考えています。

朝食も村の食材で構成されているのですが、村のお母さんの調理方法などからシェフがインスピレーションを受けて監修した内容になっております。中にはお母さんの漬けたお漬物や、ワサビ農家さんのわさび漬け、農家さんの刺身こんにゃく、おばあちゃんの自家製とうがらし味噌など、村人が調理したものも入っています。

自分たちだけの空間に浸りながら、小菅村の味覚を楽しむ。夕食と比べると華やかな食事ではないかもしれませんが、だからこそ村の等身大の暮らしを感じられる、まるで村人ひとりになった感覚になれます。
それは滋味深く小さな幸せを感じられる瞬間でもあります。

ちなみに、朝食の一部は物産館で実際に購入もできるので、帰りにお土産として購入してご自宅でも小菅村の味を楽しんでいただけます。

九つ膳とだし巻き卵

ホテルのことばかり考えている

・・・と、ここまで偉そうに色々と語りましたが、宿で提供しているサービスはこれからも時代と共に変化していくと思います。

開業してから3年が経ちましたが、今だに「もっとこうしたら良くなるんじゃないか」と常に考えていますし、ホテルに泊まりに行ってもカフェに行っても雑貨屋さんに行っても、どこに行っても「参考にしたいアイデア」で溢れています。

日々のオペレーションでも、営業しながら「こうした方がもっとゲストに伝わるなぁ」とか、「こんなオペレーションに変えてみよう」と思いつき、それをスタッフに共有します。
時には「やっぱり元に戻そう」となることもしばしば。現場のスタッフにとっては迷惑かもしれません笑

でも、やはり昨日より今日、今日より明日と良くしていきたいので、立ち止まるということはできません。残すべきところは残して、改善できるところは改善する。同じような毎日にみえて、顧客視点でのちょっとした変化を加えていくのです。それが仕事のモチベーションにもなりますし、ゲストの感動にもつながっていると思っています。

目の前でお客様の喜ぶ姿が見られるのがこの業界で働く醍醐味なんですよね。
だからこそサービス業の仕事を10年以上続けていられるし、毎日ホテルのことばかり考えてしまうのです。

サービス開発はこの記事で触れたように、ゲスト視点に立ってロジカルに組み立てていくことでその真価を発揮します。

接客やサービス開発は、一見すると誰にでもできそうな仕事に見られてしまうこともありますが、
お客様を「感動」させるほどのサービスを作り上げるためには、徹底的に考え抜かれたロジックと、お客様のことを心底考え抜くスタッフのホスピタリティが重なって初めて生まれるのだと思います。


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