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数字に”熱”を込めろ「確率思考の戦略論」

こんにちは、ナカムラです。今回は「確率思考の戦略論」という書籍を紹介したいと思います。

P&GからUSJに移り、CMOとして同社のV字回復を牽引した森岡毅さんの著書です。2014年に放映されたプロフェッショナル-仕事の流儀-では、そのV字回復劇の裏側が特集され、森岡さんのマーケティングに対する”リーダーシップと熱量”に心が震えたのを今でも覚えています。

そんな森岡さんが得意とする*数学マーケティングの真髄が凝縮されたのが「確率思考の戦略論」です。(*数学マーケティング=確率理論を駆使してビジネスの成功確率を高めるマーケティング戦略)

本書の構成は、1~4章が戦略、5~7章が市場調査、8章が組織と、テーマが分かれています。今回は1~4章の戦略に焦点を絞って紹介していきたいと思います。

1)市場構造を理解する

戦略を考える前に、前提となる市場構造の理解から入りたいと思います。本書では、市場構造についてこう説明されています。

市場構造とは、ある商品カテゴリにおける、人々の意志と利害と行動が積み上がった全体としての業界の仕組み

もう少し具体的な説明だと、こんな感じです。

消費者、小売業者、中間流通業者、製造業者など、ビジネスに関わる全てのプレイヤーの思惑と利害がミクロレベルで様々に衝突し、それぞれの力関係に沿ってある一定の「やり方」に収束していきます。市場構造とは、つまり簡単に言えば「その市場における全体としての人々のやり方」のことです。

つまり、「市場構造を理解する」とは「市場を形づくっている各プレイヤーの動きのメカニズム」を理解しましょう、ということです。

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市場構造を理解する最大のメリットは、経営資源の浪費を回避できることです。世の中には1企業ではコントロールしにくい(できない)ことが溢れていますが、市場構造を理解していれば、そういった”どうしようもないこと”に経営資源を投じて消耗しないで、然るべき領域に資源を集中させることができるからです。

そして、この市場構造(各プレイヤーの動きのメカニズム)を決定づけている根源は消費者のプレファレンス(好意度, preference)である、というのが本書の肝になります。

プレファレンスについての詳細は次章で説明しますが、ここで重要なのはこのプレファレンスによって決定される購買行動の仕組みが、どんな商品・サービスカテゴリにおいても同じである、ということです。

また、この法則は市場構造だけでなく、1つ1つのブランドにも当てはまるのです。こちらは何となく感覚的にも分かりやすいと思いますが、プレファレンスが各ブランドの購買確率を決定している、ということです。少し乱暴な言い方をすると「好かれているブランドの方が買われやすい」ということを、数学的に証明しているわけです。

(※本書では、この法則をとある数式で実証していますが、難解な数式が登場するので詳細は末尾にまとめておきます。)

少し話が逸れますが、P&Gではこのプレファレンスをモニタリングする指標として「ユニット・シェア(販売個数のシェア)」を最重視しているそうです。購買確率というのは、消費者が当該カテゴリをn回購入する場合に、何回自社ブランドを購入してくれるかという話なので、プレファレンスが高い状態=購買意思決定回数を奪えている(たくさん買ってもらえている)と言えるからです。(↓図で補足します)

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ちなみに、この例でいうハーゲンダッツやチョコモナカジャンボのように、当該カテゴリ(この場合アイスクリーム)を買おうと思った時に頭に浮かぶ候補のことをEvoked Set(エボークト・セット, 想起集合)と呼びます。この概念については以下のnoteが非常に詳細に説明してくれているのでぜひ参考にしてみて下さい。

2)戦略の本質と3つの焦点

さきほど、市場構造を理解するメリットをこのように説明しました。

世の中には1企業ではコントロールしにくい(できない)ことが溢れていますが、市場構造を理解していれば、そういった”どうしようもないこと”に経営資源を投じて消耗しないで、然るべき領域に資源を集中させることができるからです。

この”どうしようもないこと”に経営資源を投じるような戦略を、森岡さんは「戦う前から負けることが決まっている負け戦」と呼び、逆にコントロールすべきものに集中する戦略を勝てる戦と呼んでいます。

この勝てる戦を探し出すことが「戦略の本質」です。そして、その行き着く先は3つしかなく、

①プレファレンス(好意度)
②認知
③配荷

に集約されます。この3つこそが、コントロールしうるビジネスドライバーであり、ここに焦点を絞って勝てる戦を探すことで、勝率の高い戦略に早く辿り着けるということです。

この3つのドライバーの関係性は、「プレファレンスに無限の可能性があり、認知と配荷がその最大ポテンシャルを決める」という構造になっています。

例えば、プレファレンスによって決まるブランドのポテンシャルの最大を1.0とした時、認知が50%、配荷が50%だとすると、

1.0 × 認知0.5 × 配荷0.5 = 0.25

となり、ポテンシャルは25%まで制限されるということです。100個売れたはずの商品も、知っている人がターゲットの半分しかおらず、買える場所も半分しかなければ、どれだけ好意度をあげても25個までしか売れないということです。

ここからは、①~③の各ドライバーについて見ていきましょう。

①プレファレンス
まずはプレファレンスから。プレファレンスを構成する要素は以下の3つです。

・ブランド・エクイティ
・製品パフォーマンス
・価格

ブランド・エクイティとは、ざっくり言うと差別化できる要素やポジショニングのようなものです(本書の解釈に準じます)。製品パフォーマンスや価格は読んで字の如くですが、これらもいずれは消費者の中でブランド・エクイティとして定着していくので、結局大事なのはブランド・エクイティということになります。

そんなプレファレンスを数学的に読み解くと、以下のようになります。これは、自社ブランドが選ばれる確率、すなわちプレファレンスを算出する数式です。

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この数式を見ると、「M」と「K」によって自社ブランドが選ばれる確率(P)が決まっていることが分かりますが、実際にコントロールすべきなのは「M」のみだそうです。(※詳細は省きます)

Mは「すべての消費者が自社ブランドを選択した延べ回数」を「消費者の頭数」で割ったもの、つまり1人当たりの選択回数を意味します。(消費者の頭数には0回の人も含みます)

なので、プレファレンスを上げることは、すなわちMを増やすことと同義ということになります。

そして、この「M」を増やす戦略は大きく2つあります。

・プレファレンスの水平拡大(新規顧客の獲得)
・プレファレンスの垂直拡大(既存顧客の選択回数増加)

本書では「水平拡大の方が成功確率が高い」と言われています。直感的には判断が難しそうですが、森岡さんは以下の2点を理由として挙げています。

・既存ユーザーの深堀りよりも、マーケットが大きい場合が多い
・新規獲得に向けたブランドの魅力度アップが垂直方向にも効く

仰る通りです…という感じですね。

また、こうして「M」を増やしていく際に、誰をターゲットとして狙うのか?という戦略的な考え方が、いわゆるマーケティングのWHOになります。ここで本書の重要なポイントが1つ記されています。

消費者を区切ってターゲティングすることは、Mを増やすためであって、決して自社ブランドのMを狭めるためではない

Mを増やすこと、プレファレンスを伸ばすことこそが至上命題なのに、ターゲティングや差別化といった手段が先に立ってしまい、自社ブランドのMを狭めてしまっていることが多い、と指摘されています。

あくまでもMを増やすために、”正しくターゲティングする”ことが重要、というわけですね。「既存のファンを維持しつつ、新たなターゲットを拡大する」という考え方をコア&モア戦略と呼んだりします。

コア&モア戦略については、以下のnoteほどわかりやすく説明しているものは無いと思うので、ぜひ購読してみて下さい。

②認知
続いて認知。認知がまだまだ低い場合、純粋に認知を伸ばせばビジネスも直線的に伸びていく可能性が高い、というのはイメージが付きやすいと思います。

注意すべきは、認知の質的側面です。名前だけ知っているのか、商品の便益まで知っているのか、というような話ですね。質的側面を加味した場合、見るべき指標は第一ブランド想起率になります。

「アイスクリームといえば?」

と聞いた時に、消費者の頭に自社ブランドが一番に思い浮かぶか、という指標です。1章で紹介したEvoked Set(エボークト・セット)と相関性が高いということから、この第一ブランド想起率は重視されています。

一方で、認知拡大の戦略をとる場合、そこにどれだけの経営資源をかけることができるか/かけるべきかの判断が問題になると言います。

同じ20ptを伸ばす場合でも、20%→40%と70%→90%では必要な費用は何倍も異なるので、他の戦略オプションと見比べた時の費用対効果を鑑みる必要がある、ということです。

また、買える層が限定的な商品(高級品や極端な嗜好品)は、認知を伸ばし続けても長期的には成長できないので注意が必要です。

③配荷
最後は配荷です。どれだけ買い場を作れているか、ということですね。小売店の立場に立つと、その店を訪れる客に合わせた棚作りができているかがとても重要です。なので、その店にとって自社ブランドが「確たる役割」を果たせているかが、店に置いてもらえるか(=配荷)を決めることになるのです。

認知同様、配荷にも質があります。この配荷の質こそが「確たる役割」を果たせるかを決めるキーになるわけで、この質をプレファレンスに合わせて改善することで配荷率の1ptの価値を高め、最終的に配荷率そのものを高めてくれます。

ここでは、本書で紹介されている配荷の質を左右する要素を紹介します。

・配荷されているSKU(≒商品の種類)の数
・SKUの組み合わせ
・棚の位置
・小売価格

同じヘアケアブランドでも、都市部では高価格帯を中心に並べ、郊外では大容量の商品を前面に押し出す、などの工夫で配荷の質を変えることができます。

以上が3つの戦略の焦点です。最後に、森岡さんの金言を紹介してこの章を締めたいと思います。

企業のリーダーにとって、目的設定こそが最初で最重要な仕事になります。「結局、どうしたいの?」という話です。そこに人間の生み出す強烈な意志がなければ目的は生まれようがなく、まして戦略の出番など永遠にありません。

3)最後に

ここ最近、どちらかというとアートに寄ったインプット/アウトプットを増やしていましたが、実績のない領域や新しいチャレンジにおいて、リスクを最小限に抑えるサイエンスの力を改めて見せつけられた気がしました。

サイエンスに裏打ちされた確度の高い戦略を描き、筋の良いインサイトをアート思考で導き、具体的な戦術に落とし込んでいく。あるいは、双方を行き来する。サイエンス×アートのイメージが湧いてきます。

最後に、タイトルにも掲げた「数字に”熱”を込めろ」という森岡さんの言葉を紹介します。

どれだけ確率を高めた戦略でも、実行する現場においては不確実性や想定外の困難が必ず現れる。どんな優れた戦略を立てても「戦術的勝利」がなければすべては絵餅に終わる。その困難を乗り越えるためには意志と情熱に立脚した戦術の強さ、現場の士気や団結力が必要であり、そこで全員がギリギリまでこだわって戦術の確率を上げていかねばならない。それが「数字に”熱”を込める」ということ。合理的に準備して、精神的に戦うのです。

これが本物のリーダーシップだなと、感動すら覚えます。

以上、数字に”熱”を込めろ「確率思考の戦略論」でした。最後までお読みいただきありがとうございましたm(_ _)m

ナカムラ

補足)本書に登場する数式について

さて、プレファレンス(選ばれる確率)の算出方法を数式で表して放置してしまっていたので、最後に補足情報(参考noteと動画)を載せておきます。


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