私、ゴルフトライアスロンをやってみる
癌を克服した女性が見つけた人生の一つの目標
ゴルフトライアスロンという競技を主宰する私は3月の初めに大阪にある自転車専門のジムのコーチからメールをもらいました。内容はジムに通う1人の女性から「私、7月に北海道の岩見沢で開催されるゴルフトライアスロンの大会に参加するのであなたも参加したらどうですか」と強く勧められました。それはどのような競技なのですか?という質問でした。ホームページに掲載されている<ゴルフトライアスロンとは?>というものをコピーしてそのコーチに送ったのです。そしてすぐに大会参加者の中から大阪在住の女性の申込みがあるかどうか探してみました。
岩見沢で開催する大会の参加者募集を3月1日から始めたのですが3番目の申込者に大阪から申込れた1人の女性の名前を見つけました。矢辺芳子(やべ・よしこ)さんがその人でした。
そして、5月26日に大会会場である岩見沢パブリック・雉ヶ森ゴルフコースでゴルフトライアスロンの体験会を開催する案内をしたところ6名の参加者の中に矢辺さんの名前がここにも入っていたのです。
体験会はあくまでゴルフトライアスロンというものをご理解いただくもので競技というより体験が主体なので練習ラウンドに近いものなのです。
私の予想では北海道の方、特に岩見沢を中心とする空知地方や札幌周辺の方々が参加されると読んでいたのですが、大阪からの参加は驚きでした。交通費・宿泊費もかかるので本大会と合わせるとかなりの出費となります。それでも参加されることは何か特別な思いがあるのかもしれない、そんな気がしていました。
体験会の数日前にはゴルフ場に「体験会に参加するのですが、札幌からJRで岩見沢に行きます。体験会終了後は急いで大阪に帰るので駅まで自転車で行きたいのでお借りできますか」と問い合わせがあり、ゴルフ場ではどのようにお答えして良いのかわからないために私に直接連絡を取ってほしい旨の依頼を受けここで初めて矢辺さんとお話しすることになったのです。
第一印象はゴルフトライアスロンというものを体験したい、知りたい、という熱い想いがある方だとすぐにわかりました。いろいろご要望をお伺いした中で大会当日は岩見沢の駅までお迎えに行くことになりました。
体験会当日、岩見沢駅でトレーニングウエアにリュックサックを持った矢辺さんを見つけて車でコースに向かいました。車の中で、1人で体験会に参加することやゴルフトライアスロンをどのように知って参加することになったのか知りたいことを質問をさせていただきました。
矢辺芳子さんは大阪の病院で超音波検査技師と臨床検査技師をしている女性で今年定年を迎えるスポーツレディです。いやスポーツレディだったというのが正しい表現かもしれません。病気になるまでは。
若い頃からテニスを永くやっていただけでなくご両親もゴルフをしていたことから20年くらい前にゴルフもするようになったそうです。
最初の病気は卵巣に腫瘍ができ良性ということで手術をしたそうです。そして、それを機会に自分の体を超音波で調べてみるうちに乳癌が見つかったのです。幸い早期の発見だったので他の転移などはみられず治療に専念することにしたそうです。
日本では癌は三人に1人の割合でかかる成人病ですが、一般的には癌の告知を受けると死を意識する方が多いことに患者になって気がついた点でした。今までは検査技師として患者さんに状況を説明する立場だったのが、自分が患者となって告知を受けるとき、初めて伝える言葉の大切さがわかったと言います。「死ぬんじゃないか」という絶望感を持つ人も多くいるそうです。どのような言葉が適切なものなのか、どのタイミングで伝えたら良いのかによってその人の人生までもが変わってしまうからです。
人生をどう生きるか
矢辺さんは自分で癌を見つけた時、こうも思ったそうです。「人はいつかは死を迎える」そういう運命であればこれからの時間は自分が本当にやりたいことをやろう、それらをやり続けることで自分の人生は楽しいものにできると考えるようになったそうです。幸い今年定年を迎えるなら時間の全てを自分のために使うことができる。
では何をしようかとなった時に今までやってきたテニスは試合で膝の靭帯を痛めてプレイすることができなくなってしまい、ならば膝に負担の少ない自転車が良いと勧められて始たのがサイクルスポーツにのめり込むきっかけとなったそうです。
そして、やるからには明確な目標設定、どの大会を目指すのか、それで何を得るのかを決めることでマインドやトレーニングの質や量がセットされます。きつい練習をこなすことで自分自身を昂め、できなかったことができるようになる喜びを見出すことができるからです。設定した目標はサイクリストが憧れるヒルクライムレース、富士山の5号目まで登る富士ヒルクライムレース、乗鞍岳のヒルクライムレース、定年間近の女性がそしてまだ病気の療養が終わっていないのに最もきついヒルクライムレースに挑戦し続けている意欲が凄い、このエネルギーはどこから来るんだろうか、と思ってしまう。
ゴルフトライアスロンに参加するもう一つの目的
そのような中でジムでスピードゴルフをやっている人から「矢辺さん、ゴルフトライアスロンという競技は知っていますか? ゴルフもやって自転車にも乗れるならこれにもチャレンジしたらどうですか」と勧められたそうです。ゴルフトライアスロンのことを調べて、この競技は面白そうだ、人生をこれにかけてみようと思い、岩見沢の大会にエントリーをしたのです。
ゴルフトライアスロンの体験会は全てが初めてのことでした。ゴルフバックを担いでプレイすること。自転車も自分のものではなくゴルフ場が保有するマウンテンバイクをレンタルするのですがこれも初めて、ギアの操作など慣れない中でアップダウンがあるゴルフ場のカート道の走行、膝が悪く3km以上走ったことがない中で4kmのランニングも初めて、膝も悲鳴を上げていたと思います。それでも辛さを微塵も感じさせることなく笑顔でフィニッシュ。初ゴルフトライアスロンはどのように感じたかを聞いたところ、「楽しかった」でもいくつか課題も見つかったので本大会までに練習を積んで良い成績を残したいとのこと。
常に考え方はポジティブなものでした。
私は矢辺さんのお話を聞いているうちに、自分自身のことの他にもう一つ目的を持って行動しているのではないかと感じたのです。
それは「自分も大病をしてまだ療養中の身だけれど、やりたいことにチャレンジすることで人生は楽しく変えることができると思っています。やってみませんか」ということを実証して同じように病院で病気と戦っている人たちにチャレンジしている自分の後ろ姿を見せているのだと思いました。
病院には毎日不安な気持ちを持って過ごしている人たちが大勢いいます。その人たちに、未来に希望が持てるように、病気が治ったら何をしようかを明確にイメージできる何かを見つけてもらいたいからです。自らが楽しそうに新しいことに挑戦していることで、患者さんたちが、自分にもできるかもしれない、と発想を変えて、何かワクワクすることを見つけてそれにチャレンジしてくれればいいな、と。それはみていただいた方の人生を変える力になることを自分の行動をメッセージとして受け取ってもらいたいからだと思います。
人生の岐路に存在する2つのスイッチ
私は障害者ゴルフのお手伝いを何回かさせていただいた経験があります。特に病気や事故で後天的に障害を持った方は生活が一変します。明るかった性格まで暗くなり思い通りに動かなくなった身体に苛つき、家族には当たり散らしたり、自分の不幸を嘆き悲しむ方が多いと聞いています。楽しさがあった家庭が一瞬の内に暗い世界へ落ちていってしまうのです。
しかし、そのような状況の中でも前向きに捉えることができる人は積極的にリハビリを受け入れ、その一環としてゴルフにも取り組んでいるのです。ゴルフはスポーツの中で最も道具を扱う競技であり、手や体を使うことで脳をそして筋肉を刺激します。リハビリには最適な運動です。ゴルフ場という広大な敷地の中を緑に囲まれ芝生の上を歩くこともそうです。障がい者ゴルフの選手は自らの障害を隠すことなく堂々と義足や義手を見せてプレイします。片麻痺の方は片手でクラブを操作し足を引きずりながらプレイします。彼らは競技そのものを楽しんでプレイしているのですが、もう一つ大きな役割を持って行動しています。
それは家に閉じこもって閉塞感に満たされている障がい者の方に「外に出てご覧、人生を楽しめるものはいっぱいあるよ、自分はそれらを始めることで人生を楽しんでいるよ」ということを自らの行動で示しているからです。協議会という大会があることで練習にも目的を持って挑むことができ、結果的に体の可動域は広がりを見せ、何よりも暗い家庭が明るさを持ち始めるのです。一歩を踏み出すことで確実に何かが変わっていくのです。このように実際行動に出ている人は障がい者の全体から見ればごく僅かですが家に閉じこもっている人に未来を照らす明るい一筋の光を届けているのも事実です。
人生は人が生きると書きます。人が生きている間が人生なら人生という時間はその人に与えられた時間でもあります。どう使うかです。
人は生まれた時から死に向かって歩んでいるのですが、その道のりは常に2つの選択肢に分かれていると私は思っています。小さい時には全く気づいていないのですが成人するとそれが少しづつ見えてくるものです。
それは人生の中で何か決断をしなければいけない時に出てくる2つのスイッチです。
人は岐路に立った時、どちらのスイッチを押すかでその人の人生は変わってくるというものです。そのスイッチはポジティブスイッチとネガティブスイッチ(コンサバティブも含まれる)です。
人間の体は不思議なもので、「何かをする」ということを心が決定すると脳が反応しそれに合わせて必要なエネルギーを体が準備し始め活性化してきます。しかし、ネガティブな思考であればエネルギーの発生はなく行動に必要な酵素の分泌もないことから体は退化していきます。
人はイメージすることで体に変化が起きるなら、より良いことをイメージすることが体に良いことがわかります。
そして、思うことは誰にでも、いつでもできるなら、良い思いをイメージするだけでも体は活性化してくるのです。
矢辺さんのモットーは「毎日人生を楽しむこと、そうすれば毎日がワクワクします。やりたいことを見つけそれにトライする」
ポジティブシンキングの典型です。
矢辺さんは自らが実践しながら自分の生き方をさりげなく見せたい人に見せている人だと思いました。
このような生き方を実践している方にゴルフトライアスロンを選んでいただいたことに感謝すると同時にゴルフトライアスロンは単にアスリートの競技だけでなく参加する方の目的も様々であることがわかりました。まだまだマイナーな競技ですが普及させる価値をもう一つ見つけたいち日でした。
会場で矢辺さんを見かけたら声をかけてみてください。元気という気を貰います。そして、矢辺さんが一生懸命に体を動かす姿を見れば、きっと前向きに生きるポジティブな思考が伝染します。楽しまなくっちゃ、今を!
あなたの人生も変わるかもしれませんね。