彼女への劣等感
僕には、付き合って三年目になる彼女がいる。
僕にとって、彼女に対する対抗心、優越感、劣等感は他のものとのそれとは一線を画する別物である。彼女に負けるのがこの上なく悔しい。
この悔しさは必ず「健全な劣等感」でなくてはならない。もし、彼女の喜ばしい功績に対して素直に一緒に喜べず嫉妬を感じたり、彼女の挫折にほくそ笑んだりなんてことは決してあってはならない。それは彼氏を名乗る以前に人間としてクズである。
ここでいう「健全な劣等感」とは、僕が影響を受けた『嫌われる勇気』の中に出てくる「自分の弱さを受け入れ、それを前向きな動機として努力できる劣等感」というニュアンスの言葉である。自分が劣っているという事実に対して、それをネガティブにばかり捉えて努力し克服することを放棄したり、本質的に異なる手段で偽りの優越感を錯覚したりする劣等感は、「健全」ではない。
どうして、とりわけ彼女に対して執拗に対抗してしまうのだろうか。
確信のもてる原因は今のところ思いつかない。「パートナーを支配したいという原始的本能」とでも片付けたくなるが、世の男性から同じような悩みは聞いたことがない。理由はなんであれ、一方的に一人の人間に対して過剰な競走意識を抱いて、曲がりなりにもそれが彼女であるというのはまったくもって不幸だ。人として情けない。
もしこの対抗意識が完全には治療できないのだとしたら、せめてこの劣等感が健全でなくてはならない。そして、自分のこうした相対的な価値観ともいずれ決別しなくてはならない。
こんな文章を当人に見られたらドン引きされること間違いないのだが、この文章は事実で、それを治療したいと思っていることも事実だ。昨日の記事にも書いたが、こういった悩みのタネというのは新芽のうちに摘んでおきたい。
それではまた。