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伸びる伸びない

髪を刈りに行くと、最後の辺りで鼻毛を切り、耳毛を削除してくれる。鼻毛は自分でお手入れしているのでほとんど必要ないが、耳毛はけっこう伸びていて、自分でもわかっているけれど、鼻毛ほどは『不快度』が高くないので、放置される傾向にある。
それにしても、不要な毛ほどけっこうな速さで成長する。
外耳道(耳の穴)の入口付近に結構な密度で生えるのと、耳介に相当まばらに生える連中がいる。

「なんでこんなところの毛が伸びるんでしょうね?」
毎回同じことをつぶやいてしまう。
「ホント、なんでなんでしょうねえ」
床屋の主人は、またか、と思いながらも応じてくれる。
「鼻毛の役目はわかるんだけど……耳毛はねえ……」
「そうですよねえ」
「耳の穴に虫が入らないようにしているのかなあ……」
「どうなんでしょうか……」

ヒゲもそうだが、ジジイになると伸長速度が一層増すような気がする。
会社員時代は出勤前に髭を剃るのが実に面倒だった。
とにかく髭が濃い(1本1本が太く狂人 ── じゃなく、強靭な)ため、髭剃りで剃る。
「濃いなら電気シェーバーがいいんじゃない?」
あなたはそう思うかもしれないが、それは狂人度 ── じゃない、強靭度がたいしたことはない髭である。
私の髭を剃らせると、早々にシェーバーは、
「……勘弁してくださいよ」
と白旗を上げ、『剃る』というより『むしる』モードに変わる ── これは痛いよ。
電気シェーバーの替刃はけっこう高価で、なぜかセール中のシェーバー本体よりも高いという、かつての「フエルアルバム」状態だったりする。

だから会社勤めの頃も、週末は剃らなかった。
リタイア後はたぶん剃らないな、と思っていたけれど、やはり、『仙人』にはなりきれず、
「不潔なジジイ!」
と思われるのも嫌で、外出して人(特に女性)と顔を突き合わせそうな日は髭を剃る。

「……ああ、面倒だな……」
つぶやきながら髭を剃ったり、鼻毛を切ったりしていると、
「……たいへんだね」
と同居人が横目で見る。
彼女は頭髪は伸びるがその種のムダな毛は一切伸びない、というきわめて現代生活に適合した人類である。
しかし、今、原始生活に放り込まれたら、睡眠中に彼女の耳の穴に毒虫が入り込んで命を落とすかもしれない。

会社の同僚に、前腕に相当な密度で縮れた毛が生えている人間がいた。
そこに、
「ここで一杯やるか!」
と血を吸いに来た蚊は、皮膚に到達する前にそのジャングル中でもがき、もがいているうちにオーナーに気付かれて哀れ命を落とすという。
(この男は原始時代ならば無敵かもしれない……)
いや、今でも、地球上で最も人間を殺している危険生物は蚊だという。

ソルティーシュガーの名曲(迷曲?)をお届けします:

もし、『耳毛の唄』を作るとしたら、歌詞の主体は耳の持主(ヒト)ではなく、ジャングルをかき分けて洞窟の奥を目指す探検隊(羽虫? ── いや、下記小説のような……?)がいいかもしれない。

伸びて欲しいのに伸びない話は……

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