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すぐそこにある《警護》(SS;1,400文字)

ちょっと! 出て来なさいよ! ユウタくんでしょ? その木の陰に隠れてるの、わかってるんだから!

「ハルミちゃん、別にボクは隠れているわけじゃないよ。ただ、背景に溶け込んで存在感を消すのが《要人警護》だからね」

は? 要人って誰よ?

「ボクたちの班の班長 ── つまり、ハルミちゃんだよ。遠足中、班長に万一のことがあってはいけないからね……」

意味、ぜーんぜん、わかんないんだけど。

「ほら、遠足の前に班長と副班長を決めたじゃないか? ボクは副班長として班長 ── ハルミちゃんを支える、って立候補したのに」

ユウタくんが自分で入れた1票だけで、あとは全員、トシヒコくんに票を入れたわよね。おあいにくさま ── 民主主義で決まったんだから、しょうがないじゃない。

「もちろん。……で、ボクは、独自に《警護役》に就任したのさ」

そんなこと、初めて聞いたわよ。……誰も認めてないし。

「SPっていうのはそういうものさ。秘密裏に就く《ミッション》なんだ ── 家族にも話すわけにはいかない」

はあ……。ま、いいけど、金魚のフンみたいにアタシに付きまとっていないで、せっかくの遠足だから、ユウタくんはユウタくんで、楽しんできたら?

「楽しむ? ……あり得ない。自己を犠牲にして対象者を守り抜くのが《使命》さ」

ああ……アタマ痛くなってきた。ま、いいわ、『存在感を消す』というより、ユウタくんという存在自体をこっちの意識から完全に消すわ。……うん、見えなくなってきた。見えない、見えない……。

「……」

トシヒコくん、透明人間のことは気にせず、あっちに行きましょ! あ! な、何なの? いきなりトシヒコくんに体当たりして!

「いや、今、警護対象者に危害が加わるおそれがあったので」

危害って! アタシがトシヒコくんの手を取ろうとしただけじゃないの!

「ご不快な点はご容赦ください。でも、《未然防止》が警護の基本なので。何かあった後では遅いのです」

うーううう! ……落ち着いて……トシヒコくんに笑顔……落ち着いて……トシヒコくんに笑顔……落ち着いて……笑顔、笑顔……ヨシッ!

「……」

じゃ、トシヒコくん、お昼ごはんにしましょうか。この木の下にシート広げて、っと。

「……」

約束通り、トシヒコくんのお弁当も作ってきたわ。このために朝5時半に起きたのよ! はい、どうぞ……お箸もおそろいなの。美味しそうでしょ? ……え?……何よ、ユウタくん、横から手、出さないでよ!

《毒見》も警護の一環だからね」

冗談でしょ! アタシの警護してるんじゃないの? 自分で作ったお弁当に毒が入ってるわけないじゃない!

「いや、《毒見》の『毒』には、食中毒のように不作為に混入するものも含まれるんだ。……あ、トシヒコくんの方はいいよ、どうぞ、食べてお腹こわしても、ボクのミッションの範囲外だから。……じゃ、ハルミちゃんの方から、ウィンナーと玉子焼きをひと切れずつ……っと」

うーうううう! この野郎! いい加減にしろ! そこで勝手に全部食ってろ! トシヒコくん、こんなバカほっといて、あっち行こ! ……あ、どうしたの、トシヒコくん、あ、行かないで! 待って…待ってよ!

「うん、ウィンナーを蛸にしたところは工夫してるね。でも、卵焼きは砂糖入れ過ぎでは? ……あ、どうしたの? そんな怖い顔して……」

ぶっ殺す!


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