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すぐそこにある《脳内》(SS;1,500文字)
(……どれにしようかなあ……でも、高いなあ……なんでこんなに……)
「それはね、どのメーカーもこの時期のために利益率が高くて見栄えが良い商品を開発しているからだよ。半月ほどの商戦で1年分稼ごうと企んでいるんだ」
(……うーん、迷うなあ……お年玉を使うのはこの時だ、と意気込んで来たけど……こんなに高いんじゃあ……いつも売られてるチョコに、リボンとカードだけ付けようかしら……)
「安直だけど経済的合理性の高い判断だね。ただ一方で、他の女の子との差別化という点ではどうだろうか?」
(……そうねえ……トシヒコくん、人気あるからなあ……7-8個は集まるわねえ……その中での勝負、ということねえ……)
「ここはひとつ、競争率の高い人気馬を狙って勝ち目のない闘争に身を投じるよりも、埋もれた宝石に逆張りをする、という選択肢もあるね」
(……ないない……実際、ウチのクラス、トシヒコくん以外は石コロしか転がっていないんだから……)
「……いやいや、キラッと輝くダイヤモンドに気が付いていないだけかもしれないよ。よく目を凝らして見たらどうかな」
(……ないないないない……よし、手作りで勝負しようかな……それなら、世界にひとつだけ……)
「やれやれ……去年もそんなこと言って挑戦したけど、結局失敗してギリギリに買いに行く羽目になったよね」
(……そういえばそうだった。二重投資になってしまったわね……)
「去年も一度は一昨年の失敗に気付いたのに、結局、同じ轍を踏むことになったからね」
(……でもホント、どうしてこんなに高いんだろう……)
「堂々巡りだね。どのメーカーもキャンペーンと包装には金をかけているけど、中身はたいしたことない。どうだろう、やっぱりこんな特設に並べられているのじゃなくて、普段遣いの製品にしては?」
(……それじゃ、差別化できないじゃない……)
「品物で差別化するんじゃなくて、相手の選択で差別化したらどうかな?」
(……トシヒコくんを諦めろってこと? ……そんなのイヤ! 石コロに義理チョコ配るなんて意味ないもの!)
「いや、石コロに配るんじゃなくって、ダイヤモンドに渡すのさ」
(……ダイヤモンド? ウチのクラスに……?)
「ほら、ユウタくんがいるじゃないか。他の女のコがその輝きに気付かないうちにゲットしておくんだよ」
(……冗談でしょう、ユウタくんには義理チョコでももったいない! それどころか、これは義理だってはっきり言ったって、勝手な解釈して付きまとわれそう……)
「やっぱりそうなんだね。他の石コロ相手なら『義理』だけど、ユウタくんとは『義理』── つまり『社交上』とか『儀礼上』なんていうのを超えた関係性なんだ」
(……え、ええ? ……なんか、よくわからなくなってきた……『義理』を超えた世界? ……って……)
「お、動揺しているね。自分でも気付いていなかった深層心理で琴線に触れた瞬間だったかな? 『義理』を超えた世界 ── それは『運命』と呼んでいいかもしれない」
(……『運命』? どゆこと……? え? アタシ一体、頭の中で誰と会話してるの?)
「まあまあ、いいから。ここはひとつ、『運命』に身を任せて、ユウタくんにチョコレートを渡してはどうだろうか。こんなチョコレートメーカーの陰謀渦巻く場所で罠にかからなくても、1枚百円の板チョコでいいんだよ。それでハルミちゃんの『愛』はユウタくんに伝わるはずだよ」
(……え、『愛』? 何それ? あれ? ……頭の中で何か鳴ってる……)
「今、ハルミちゃんの脳内で鳴り響いているのは、幸福の鐘だよ。ようやく今、輝く宝石を見つけたんだ!」
(……え? そもそも何? どうしてアタシの脳内に誰かの声が入り込んで来るの?)