五丁目の《モグラ》(短編小説;4700文字)
休憩時間が終わってサービスカウンターに向かう途中、ヨーグルト売り場がなんだかおかしくなってることに気付いた。
いつも整然と並んでいるパック群の中央のあたり、それに奥の方の数が減り、左右の脇に山のように積まれているのだ。
── ちょうど、地面を『掘り返した』跡みたい。
「《五丁目のモグラ》の仕業よ」
サービスカウンターで先輩の長野さんに話すと、またまた深いため息だった。
「《モグラ》? ……なんとなく、わかるけど」
アタシがバイトする「スーパー・らくだ」には、変な常連客がいる。
(二丁目には《返品女王》、三丁目には《熊》、それに……《モグラ》?)
「……《モグラ》が現れたんなら、牛乳売り場もやられてるわね」
そこならサービスカウンターから遠目に見える。
(ほんと! なんか変!)
牛乳売り場も、真ん中あたりに『穴が掘られ』、左右に『掻き出された』牛乳パックが横倒しに積まれている。
「困っちゃうのよね。せっかく冷蔵ショーケースの中にぎっしり詰めてるのに、『穴が掘られる』と冷気が逃げるし、『掻き出された』牛乳パックの温度だって上がっちゃう」
ここ、頼むわね ── そう言い残して、長野さんは乳製品売り場に向かった。
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「ほら、本屋で、平積みになってる1番上を避けて、必ず2冊目を取る人っているじゃない? その程度ならいいのよ。でもさ、その山を崩して周りに積み上げちゃってさ、一番底になっている本を取る人がいたら、どう思う?」
休憩時間に、乳製品売り場担当の山口先輩が、目を吊り上げて言った。
「それに、売り場を荒らしただけで、何も買わない時だってあるのよ!」
『穴の埋め戻し』作業に追われた長野さんも怒ってた。
「何でそんなこと、するのかしら」
アタシが首を傾げると、その場の全員が声をそろえた。
「賞味期限をしらべてるのよ! 1本1本、ぜーんぶ!」
アタシたち、スーパー側は古いヨーグルトから売りたい。だから、新しい商品が入荷したら奥の方に並べるようにしてる。
でも、《敵》もさるもので、『賢い?』買い物客は、わざわざ奥に手を伸ばして新しいヨーグルトを取っていくのだ。
「まあ、それぐらいいいわよ。私たちだって主婦なんだから、気持ちはわかるわよ」
山口さんもパートだ。
「でもね、《五丁目のモグラ》は、とにかく『掘り返す』のよ。『掘り返す』のが楽しいのかしら」
「その後、『埋め戻さない』し!」
みんな怒ってた。
そこでうっかり、
「並べ直すの、たいへんですよね。でも、実害は……」
そう言ったアタシの顔を、鮮魚担当の石川さんが睨んだ。
「あるわよ!」
「は! ご、ごめんなさい」
「パックものは並べ直すだけだけど、お魚はたいへんなのよ! ああ! ああ! ……血圧が上がってきた!」
石川さんはふらふら立ち上がると、トイレに消えた。
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