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上京 ─ むささび荘へ
4畳半、トイレ台所共同のアパート下宿に住み始めたのは、18歳の春 ── 遠い昔のこと。
その日、アルミフレームのバックパッカーにザックと寝袋を結び付けて背負い、片手にフォークギターのハードケースを下げ、ひとり名古屋からこだま号に乗った。
当時新幹線は『ひかり』と『こだま』しかなく、各駅停車の『こだま』は、同じ名古屋ー東京間でも『ひかり』より割安だった。
『こだま』号の自由席に座り、それからの生活についてあれこれ考えた。女の子のことなども思い浮かべていたと思う。
そしてその時、頭の中に流れていた音楽についてははっきり憶えている。
名古屋で活動していたバンド、マイ・ペースが数か月前にリリースしたシングルデビュー曲、『東京』だ。
この曲は上京した後もよく弾き、よく歌った。回数では10位以内に入るだろう。
さて、『こだま』で上京した私が住み始めたアパート下宿が、吾妻ひでお『地を這う魚』中で主人公(≅ 作者)が家賃1か月1万円で住み始める『武蔵野荘』にそっくりだ、という話は既に書いた:
外観も名称もほぼ同じ、そして家賃は1か月9500円だった。
上京した日のことを克明に憶えている ── 太古の昔のことなのに。
── なぜか?
それは、その日から始まる1年が、ほぼそのまま、長編小説『むささび荘の四季』に描かれているからです。
投稿企画「#上京のはなし」のお題を見た時に想ったのは、この『むささび荘』ですごした1年であり、その第1日目と2日目の夜のことです。
上京して『むささび荘』に入居したこと、中でもこの2日間で人生のある部分が決まった ── と今でも思う。
少なくとも、ここに入らなければ留年することもなかった。
私がこのお題で何か書くとすれば、『むささび荘の四季』の冒頭部分を掲載するしかない。
今数えてみたら、第1日目は五千文字、2日目は六千文字をそれぞれ超える(といっても、『第一章 春』の半分に満たないが)。
自伝的な小説なので、読者に面白いと思っていただけるかどうかは自信がない。
このちょうど30年後、同じ県立高校を卒業した次女がやはり18歳で上京する前、
「私も『むささび荘』に住みたい!」
と口走っていた。
「残念ながら、もうあんな所、存在しないよ」
と答えた。
私は卒業に5年かかったが、彼女は飛び級して3年で学部を出た。『むささび荘』-like アパートがもし存在し、そこで暮らしていたら、そんなわけにはいかなかっただろう。
この『お題』のおかげで、久しぶりにこの小説を読み返した。そして ──
アパート下宿の2階に住む個性的な住人たちの顔が、声が、鮮やかによみがえってきた。
「うん、それだけでも、この『お題』に感謝しなくっちゃ」
この『冒頭部分(2日間)』はこの後、掲載予定です。