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【過去メルマガPick Up】『専門知は、もういらないのか 無知礼賛と民主主義』

主催するメルマガ
『陣内俊の読むラジオ』の、
過去記事からピックアップして、
読んだ本や見た映画を紹介していきます。

今回は、、、、

●専門知は、もういらないのか 無知礼賛と民主主義

著者:トム・ニコルズ
出版年:2019年
出版社:みすず書房

リンク:
https://tinyurl.com/yyta7dbt

▼140文字ブリーフィング:

めちゃくちゃ面白くて、夢中で読みました。
アメリカがもっとも顕著ですが、
全世界にはびこる反知性主義は、
「知性の軽視・嫌悪」を通り越して、
「無知崇拝」という水域に達している、
ということを著者は警告します。

とびらのアイザック・アシモフの言葉を紹介します。

→P9 
〈合衆国には無知崇拝が存在するし、
これまでもずっと存在していた。
反知性主義の系統は、
民主主義とは「私の無知にはあなたの知識と同じ価値がある」
という意味だという誤った認識を栄養にして、
我が国の政治的文化的生活の中を
蛇行しながら連綿と続いてきた。〉


、、、著者のトム・ニコルズ氏は、
ロシア政治の専門家で、
政府に助言を求められることも多々ある。
しかし、コロナウィルスの科学的知識に対する、
トランプ氏のムーブを見ても分かるように、
米国では「専門知識を無視する」ことが、
危惧ではなくむしろ礼賛されるような風潮すらある。
これにはいくつかの原因が複合して関与していて、
ネットとSNSはもちろんその大きな一部だが、
それだけではない、と著者は言います。
そして、今後この傾向が進み続けると、
いったい何が起きるかを警告します。

それは民主主義の破壊だと。
民主主義が破壊されると、
両極に見える、
ふたつのどちらかの結果がもたらされる。
官僚支配=テクノクラシーか、
もしくは衆愚政治です。
火の池か、水攻めかみたいな話で、
どちらも地獄です。

これを防ぐにはどうすれば良いのか、
それは「信頼の再構築」なのですが、
それがなかなか険しい道で、、、
みたいな話。

マジで面白かったので、
ちょっと詳しく中身に立ち入っていきましょう。

まず著者は、
現代という時代は今までになかった状況なのだ、
と言います。
「人々が大量の知識へのアクセスを持ち、
 かつ何も学ぼうとしない特異な時代」
これが現代なのだと。

ヤバイ時代です。
引用します。

→P11 
〈今は危険な時代だ。
これほど多くの人々が、
これほど大量の知識へのアクセスを持ち、
それなのに何も学ぼうとしない時代はかつてなかった。アメリカをはじめとする先進国では、他のことでは理性的な人々が知的活動の成果を軽視し、
専門家の助言を聞く耳を持たなくなっている。
ますます多くの一般の人々が基本的知識を欠き、
そのうえ証拠に基づくという根本的な原則を拒否し、
論理的議論の方法を学ぼうとしない。そうすることで彼らは、
何世紀にもわたって集積された知識を投げ捨て、
新しい知識を生み出す営みと習わしを
弱らせるリスクを冒している。〉


、、、かつてないほど知識を得ることが簡単でありながら、
かつてないほど人が何も学ぼうとしない時代。

このような時代には陰謀論もはびこります。
米国のQアノンと議事堂乱入事件は、
その極致と言って良いでしょう。
いつの時代も陰謀論はありますが、
なぜいつの時代もあるのか?

それは陰謀論が人間の本性にフィットしているからです。
その本性とは、
「自分が無知だと認めたくない自己愛」と、
「公正世界信念」と呼ばれるバイアスです。

引用します。

→P74~75 
〈しかし専門知の死にとって
より重要かつ関連性が高いのは、
陰謀論には、複雑な世界を理解するのが難しい人々や
あまり劇的でない理論を好まない人々に
深く訴える力があるという点だ。陰謀論は自己愛の強い傾向のある人々にアピールする。そうした人々は、問題が彼らの知的能力を超えていたり、
また彼ら自身に欠点があったりするために状況が理解できないという事実を認めるより、複雑な馬鹿げた説を選びたがる。陰謀論はまた、
人々が恐怖を感じる出来事に文脈と意味を与える方法でもある。
なぜ何の罪もない人々にひどいことが起きるのかについて
筋道だった説明がなければ、
人々はそうした出来事を、
無慈悲な世界や理解しがたい神による
無作為な残酷さとして受け入れられなければならなくなる。
それは恐ろしいことであり、
そんなことを考えるだけで、
19世紀の古典『カラマーゾフの兄弟』に登場する人物のように
実存的絶望に駆られることになる。その登場人物は悲劇についいて
「もし子どもたちの苦しみが、
真理を買うのに必要な苦痛の総額の足し算にされたのだとしたら、
俺はあらかじめ断っておくけど、
どんな真理だってそんなべらぼうな値段はしないよ」
(新潮文庫『カラマーゾフの兄弟』上 617頁)と語った。〉


、、、、陰謀論がいつの時代も一定の支持を集めるのは、
人が「認知的にケチ」だからです。
世界は複雑です。
その複雑性は増すことはあっても、
減ることはない。

そこへ、
「この世界を説明するシンプルな原理を教えよう。
 シオン賢者の議定書という秘密文書があってね、、、」
と近づいてくる。
この世にある不条理が、
「ユダヤ人の陰の陰謀」
という一つの理論で完全に説明できることが「分かった」人は、
救済を得たような感覚に陥る。
(注:ユダヤ人の部分は、
宇宙人、爬虫類、秘密結社、GAFA、中国、
北朝鮮の工作員、電通など、様々なバリエーションがある。
面白いことに、この「代入」する部分が替わるだけで、
陰謀論の「古典的な型」はどれも驚くほど似ている)

話を戻します。

とにかくそうやって「目覚めた」人は、
ある種の万能感を得るわけです。
「私は世界の秘密を理解した」と。

しかし残念ながら現実は、
「世界は複雑すぎるので、
 複雑なまま把握する(しようとする)以外、
 近道などない」ということです。
この厳しい現実に面と向かえない人が、
陰謀論で「覚醒」してしまうわけです。

さらに副産物があります。
陰謀論を信じた人は、
「公正世界信念」という、
人間が本質的に備えているバイアスも満足させることができる。
公正世界信念(または公正世界仮説)とは、
「善人は必ず良い報いを受け、
 悪人は必ず懲罰を受ける。
 世界はそういうふうにできているはずだ」
という強固な世界観のことを指します。

ところが、
皆さんもよくご存じのように、
これは幻想であって、
現実の世界は極めて不条理です。
悪人が繁栄することもあるし、
善人が苦しむこともあるのです。
このテーマをまるごと扱ったのが、
旧約聖書の「ヨブ記」であり、
ゴータマ・シッダールタの教え(インドの仏教)です。

陰謀論で「覚醒」すると、
公正世界信念が満足します。
ほら、やはり世界はこうなっている。
完全に説明可能なのだ。
人々が苦しむのは、
悪人が暗躍しているからだ。
あの悪人たちを打倒すれば、
正義が実現するのだ、、、、
と、議事堂に突撃することになるわけです。

ところが現実は、
残念ながら彼らが考えるものとは違う。
やはり世の中は不条理なのです。
努力は報われず、
正しい人の義なる行いをだれも見ていない。
アピールだけが得意なエゴイストが評価される。
これが現実です。

その不条理をいったん受け入れるところからしか、
人生は始まらないのですが、
そこをスキップさせる力が、
陰謀論にはあるというわけ。

著者は終章で、
C.S.ルイスの『悪魔の手紙』を引用します。
この本、ちなみにめちゃくちゃ面白くて、
私は「好きな信仰書」のベスト3に入ります。

『悪魔の手紙』っていうのは、
地獄の世界の新米悪魔ワームウッドが、
信仰間もない新しい信者を、
様々な形で誘惑しその信仰を棄てさせようと試み、
それを上官の先輩悪魔スクルーテイプに報告し、
スクルーテイプが様々なアドヴァイスを新人悪魔にする、
「悪魔の上司と部下の手紙のやりとり」
という形のフィクション構造の物語です。

あるときスクルーテイプは、
個人を罪に誘惑するよりも、
もっと信仰者をその信仰から堕落させる方法を見つけた、
と後輩悪魔を啓発します。
それは「民主主義を破壊すること」だと。

引用します。

→P276~277 
〈ずいぶん前のことになるが、
イギリス人作家のC.S.ルイスは、
彼が想像した人物の中でもっとも有名な一人である
スクルーテイプが登場する1959年執筆のエッセイで、
人々が政治的平等と実際の平等の区別が
つけられなくなる危険について警告している。地獄の高官であるスクルーテイプは、青年誘惑者養成所の晩餐会に招待されて、
新卒業生を前にスピーチを行うことになった。
そのスピーチの中でスクルーテイプは、
彼にとっては退屈な個人の誘惑の仕事は脇に置いて、
世界の情勢を概観した。彼は人間の進歩
(とりわけフランス革命およびアメリカ独立戦争、
奴隷制度の廃止)に嫌悪を覚える一方で、
民主主義の概念をつかみ、
それを気高い意義から引き離すことに、
大きな希望――地獄にとってで、
人間にとってではない――をもっていた。「民主主義という言葉を振りかざして、諸君は個人を面白いように操ることができます」。
スクルーテイプは陽気な調子で卒業生たちに助言した。
そして民主主義という言葉を純粋に呪文として使えば、
人間は明らかな嘘を信じるだけでなく、
その嘘を大切な感情として育てるようになると請け合った。
 (中略)
これはオルテガ・イ・ガセットが
1930年の『大衆の反逆』で述べたのと同じ警告だ。
「大衆は今や、いっさいの非凡なるもの、
傑出せるもの、個性的なるもの、
特殊な才能を持った選ばれたものを席巻しつつある。
すべての人と同じでない者、
すべての人と同じ考えをしないものは
締め出される危険にさらされているのである」。
「おれだって、おまえと少しも変わらない」
スクルーテイプはスピーチの最後で、
声高らかに述べた。
それは「民主主義を破壊する有用な手段です」。〉


、、、ネットで「リサーチ」し、
「専門家は間違っている」
「メディアの発表はフェイクばかりだ」
という人が一定数を超えると、
民主主義は破壊されます。
今もスクルーテイプは暗躍していて、
それは相当成功しているようです。

、、、あ、これは陰謀論じゃないですからね笑。
(3,772文字)

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