電車の人生とバイクの人生
本来の自己とは、精神的な諸活動の創造者である自己である。
偽の自己は、実際には他人から期待されている役割を代表し、
自己の名のもとにそれを行う代理人に過ぎない。
確かに、ある人間は多くの役割を果たし、主観的には、
個々の役割において彼は「彼」であると確信することができるであろう。
しかし実際には、彼はこれらすべての役割において
他人から期待されていると思っているところのものであり、
(中略)本来の自己は偽の自己によって、完全に抑えられている
――――『自由からの逃走』エーリッヒ・フロム
▼▼▼アメリカ人に鉄道好きが少ない理由▼▼▼
かつて町山智宏さんの映画解説を、
STORESでMP3有料音源で購入し、
聞いていた時期がある。
たしか1本216円だったかで、
90分とか120分とかの音源が買える。
僕が note で有料音源を販売しはじめたのは、
そのときの経験があったからだ。
この有料マガジンのようにサブスクも良いけれど、
買い切りだと何回も聞けるし、
自分が興味があるやつだけ聞けるの良い、
という思い出があって。
最近はどういうわけか聞いてないけど、
またお世話になるかもしれない。
有料音源って自分がお金を払ってるからなのか、
あるいは有料だからこその親密さというのか、
話している側の安心感ゆえの「話の深さ」というのがあって、
無料で聞いたものより内容を覚えていることが多い。
町山さんはアメリカ生活が長く、
現在もアメリカに在住しているのだけど、
音源の中でこういう意味のことを言っていた。
「日本人には鉄道好きが多いけど、
アメリカ人に鉄道好きはほとんどいない。
それはウェイ・オブ・ライフの差ではないか」と。
この話を僕はずっと覚えていて、
今も電車に乗ると時々思い出す。
8月に北海道に行ったとき、
「おおぞら」という特急電車に乗った。
札幌から釧路まで4時間半かけて走る。
電車旅というのはそれなりにワクワクするもので、
車窓を見ながら何を食べようか、何を飲もうか、
どんなラジオを聞こうか、
タブレットで動画でも見ようかなんて考える。
もっとも、「おおぞら」は車内販売もなければ、
車内に自動販売機もなく、
食料品をいっさい持ち込まなかった僕は、
4時間半、荷物に偶然入っていたバナナを、
駅に着くごとに一本ずつ食べて空腹をしのいだのだが、
それはまた別の話。
とにかく電車のワクワクってのはそういうところにある。
同じ北海道で僕は原付をレンタルして、
道東の道路をひたすらツーリングした。
夏の北海道の空の下、
風を受けながら僕は走った。
行き先は風に任せれば良い。
どちらに行っても良い。
好きに行けば良い。
ガソリンが足りなくならないか。
こちらに行ったらどうなるか。
まったく分からない中、
ひたすらバイクを走らせる。
不意に海が見えてきて感動したりもする。
電車と違ってトラブルも多い。
虫が身体にぶつかって「虫の汁」にまみれたりもするし、
霧で視界が悪くなって引き返したりもする。
トイレに行きたくなればコンビニを探し、
お腹が空けば街に近づいて食堂を探す。
バイクのワクワクってのはそういうところにある。
町山さんはその放送で、
日米の「ウェイ・オブ・ライフ」についてこう加えた。
アメリカ人にとって、
「レールの上を走る」という不自由さが、
まったく魅力的じゃないんだと思う。
行き先が決まっていて自分で選べない。
その「自己決定権のなさ」が嫌だから、
アメリカでは鉄道好きが少ないし鉄道は定着しなかった。
逆にアメリカ人は自動車とバイクを愛している。
自由に自分が行くところを選べる。
どう走っても良い。
どちらに曲がっても良い。
その「自分の行く場所を自分で選べる」という自由さが、
アメリカ人の精神性にフィットしたのだ、と。
逆に日本人に鉄道好きが多いのは、
「レールの上を走る」という安心が、
日本人の精神性にフィットしているからではないか、
と町山さんは分析していた。
「乗っていれば目的地に着く」。
目的地の自己決定権はないけれど、
その乗り物の中では寝ても良いし本を読んでも良い。
その「守られた中でのささやかな自由」が、
日本人にフィットするから日本人に鉄道好きが多いし、
日本では鉄道が発達したのではないだろうか、と。
アメリカのフリー・ウェイ(州間高速道路)と、
日本のブレット・トレイン(新幹線)と。
これって生き方の差なのではないだろうか。
「行き先を決める自由」か、
「守られているからこそのささやかな自由」か。
北海道の「おおぞら」でバナナを食べながら、
原付ツーリングで道に迷っては驚くべき風景に出会いながら、
僕はこのことをずっと考えていた。
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