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「岸田ノート」ってのがあるらしい…

 いつものように「新しい発見はねぇがぁ〜?」とナマハゲ👹のごとくYouTubeを巡回している時のこと。
 ノート術を紹介するYouTuberの動画で謎の単語を発見!

岸 田 ノ ー ト


 なんだ、そりゃ?
 ちょっと調べてみると…

自民党岸田派5月18日に開いた政治資金パーティーのお土産のノートが話題だ。岸田文雄首相が「聞く力」の象徴としてアピールした「岸田ノート」と同型で、3000冊を用意して参加者に配布したところ、フリーマーケットアプリのメルカリに出品が相次ぐ事態となっている。

 なるほどね…。
 3ヶ月ぐらい前のパーティーで岸田さんが配ったA6サイズの手帳(ノート)だったのか。
 一瞬、【デスノート】的な…旧統一教会のメンバー名でも書いてあるノートかと思ったぞ(苦笑)。

 このノートは国民の声を書き留める記録帳…云わば岸田総理の「聞く力」をアピールするためのノートでもあり、これに関しては裏面に岸田さんのサインが印刷されている特注品。
 そんなものが早々にフリマへ出ているのには笑ってしまうけど。
 まぁ…手帳・ノートは使わない人は興味ない代物か。
 iPhoneなどのメモ帳で十分って人もいるだろうし。


 ちなみに…そもそもの値段(小売価格)がいくらなのか調べてみると

プラス ノートブック 
NO-405BS A6 B罫 
NO-405BS (× 3 冊)

¥445 
(¥148 / 1商品あたりの価格)

 うむぅ〜……ちと高いな。
 『プラス』って、マイナーなメーカのイメージだが、そもそもこのA6ノートは使いやすいのか?
 もしくは、旧統一教会の関係者が関係している企業だから選んだだけなのだろうか?


 俺は普段、「コクヨ」のキャンパスノートを愛用している。
 理由はいくつかあるが…

「日本全国の文房具店・コンビニに置いてある率が圧倒的に高い」

『情報は1冊のノートにまとめなさい』で紹介されていた」

「安い」

 ってのが主なところ。
 別にマステでデコらないし、キッタもシールも貼らないし。
 そもそも1〜2ヶ月ぐらいで使い切って新しいノートに鞍替えするのでランニングコストが良い方がいい。

 あと、俺のノートは「大したことを書いてない」ため、そんな『モレスキン』みたいな高級なメモ帳を使うだけ損をする(爆)。


 最近、『DAISO』などの100均SHOPや『無印良品』のノートに目移りしそうになっているが、今のところキャンパスノートから“浮気”はしてない(笑)。

 その使い方は…本当に「何でも書いて・何でも保存する」スタイル。

タグも糊付けして貼る

 『ユニクロ』で買ったズボンをおろす時に、「いつから使い始めたか?」を記録するために付いていたタグを貼り付けてみたり…。

ある意味「モーニングノート」

 何気ない日常を書き込んで日記のように使ったり。
 これも、先程出てきた『情報は1冊のノートにまとめなさい』がノート術のベースになっている。

 あの本の中では、記録をするだけして、あとはテキストエディターでデータベースを作って【検索性】で記録した情報の価値を高めていく…という手法だったが。
 とりあえず、本の発売から10年以上の歳月が流れている現代では、情報の管理の仕方というのは十人十色…あらゆる形式に変化している。
 なので…今は【デジタル】がメインの人も多いけど、俺は【アナログ】が好きだし便利だと思っている。

 というのも、デジタルはアプリ(ソフト)を分けないといけないことが多い。
 仕事のスケジュールや日記的なことはともかく、ショップカードの管理から先程のような洋服を使い始めた日の記録、天気・体重・服装まで…【情報の全てを一元管理】してくれるようなデジタルツールには未だ出会った事がない。
 全てを記録するには、全ての”ルール”に対応できる臨機応変さのツールが求められる。
 それが、俺にとっては【アナログノートCampusNote】だったりするわけで。


 そして何より、【アナログノート】の最大の利点は

「サービス」が終了することが無い


 ってこと。
 200年後にGoogleのストレージサービスが今のように使えるのかなんて誰も分からないし、ローカルに保存していたとしてもそのHDDが壊れない保証はない。

「デジタルデータならいつまでも後世に残せるか?」論

 で言えば…。
 本人の死後も訪れる人が後を絶たず、ファンなどの心の拠り所であった故・飯島愛さんのブログだって、親族により「閉鎖」が決定されてしまったわけで。
 つまりは他人の意志1つで「ゼロ」になってしまう可能性もあるわけだ。
 1Byteすら跡が残されない。

 その点、坂本龍馬の書いた手紙や『吾妻鏡』といった書物は、火事に遭ったり誰かが意図的に廃棄しない限りは残り続けることになる。
 つまり! 今、俺が書いているこの”ノート”も、親族が捨てない限りは残り続けるわけだ。
 パスワード迷子になって「デジタル遺品」として放置・破棄(削除)されることはない。

 ただ、物理アナログが記録媒体として万能かというとそうでもない。
 写真とか貼り付けても劣化したりするし、引っ越しとかどこかに荷物に紛れて捨てられたりもする。


 はぁ〜。
 そろそろ「いろんなもの」を整理しないといけない年齢に差し掛かっている。
 まずは…部屋の半分を占めている、このうず高く積まれた雑誌からだが…。
 俺が孤独死したとしても、せめて!
 この「山川ノート」だけは後世(子孫)に残し伝えてもらいたいと願っている。
 2010年頃からの【想い】をしたためてあるので…捨てないでもらいたいなぁ。




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