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どちらか問う


「やらなかった・・・」

「やれなかった・・・」

「どっちかな?」


その人はそれが口癖のように言っていた


私はいつも言われていた


その理由は…


宿題をしてきてなかったからである


そう


さっきの質問は


宿題をしてきてないことに対して

そう質問してくるのだ


私は毎日のように

「やれなかった」といい

理由を陸上で疲れたとか

おなかが痛くてとか言っていた


ただ、だんだん理由を言うのがめんどくさくなり

「やるきがなかった」

など言うようになった

その時の担任の子の先生は

自分のことを「ごんずい先生」と

自ら言っており訳わかんない人だと

思っていたがよくそんなことを毎日毎日

よく聞くものだと思っていた


今思えば、子供の話をよく聞く姿勢のできた人

もしくは相当我慢強い人なのかもしれない



そもそも、なぜ宿題をしないかだが


答えは単純明快だ

「誰も褒めてくれないからだ」

今、見ている人は思っただろう

そうゆうことをするのが

「当たり前だと」

私の中では違う

当然ではない


毎日宿題をすることは自分を高め

満足できる人間ならばいいが


高めてもその価値を理解できないものにとっては

まったく意味が違う


時給千円でも一万円でも

買いたいものの値段がわからなかったり

買いたいものが1億するものだったらどうだろう


バカバカしくて頑張る意味なんて分からないのだ


褒めるということはそれ自体に価値をつけ

意味のあるものだと思わせる

自分は価値がある人間だ認められている

そのことが大事だと思う

教育者や親にはその辺わかってほしい



好きに使いますw