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風のように駆け巡り、水のように流れゆく自転車旅①

旅の始まりは昨年11月( 2019年秋 )のこと。自転車で東京から大阪まで3週間程の往復自転車旅の時のレポートです。

結果的にとても不思議な自分らしい自転車旅になりました。

とっても苦しいのに清々しく、孤独と絶望感に包まれながらも離さなかった前向きな気持ち。偶然や奇跡の綱渡りのような旅と言っても言い過ぎではないような気もしています。

でもまず旅の話を始める前にどうしてこんな旅に出ることになったのかを少し時間を遡って記しておこうと思います。

昨年の秋頃から働くことについて、家族について、自分自身について、居場所について、の違和感が自分の我慢の限界を超えてしまって何処に居ても誰と居ても居心地が悪くて、僕の会う人や場所に迷惑や不愉快な思いをかけてしまう気がして、僕自身も自分のことが嫌になってしまって、これはまずいなあと思って日々悶々鬱々と過ごしていました。

悩んだ末、嫌いになった自分の視点を一旦置いておいて俯瞰で自分自身と目に映る世界を見てまわろうと自転車旅に出ることにしました。

自分自身が風や水になったつもりで巡り流れる自転車旅です。

旅の中で自身を内観しつつ、その道中の各土地から感じるなにか、そこに暮らす人達や文化、そして僕の居場所は…という疑問をぼんやりと抱えた旅でもありました。

とにかく必死で生きるために進むしかない状況だったし、生きるために命がけで国を出る難民や、もののけ姫に出てくる傷を負い森を追われたナゴ守( タタリ神 )のようなぼろぼろの心境でした。自分の中の小さな沢山の問題が短期間に折り重なって発生しどうすることもできなくなっていました。でもいずれは向き合わないといけない問題だったため、今思えばようやく自分の人生が、より自分らしさに近づくために動き出した始まりのような旅だったのかもしれません…。

約一年前の自転車旅が一年かけて自分自身に染み込んで、絵や文章を通して書き綴れるとはとても想像してはいませんでした。

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とはいえ当時は純粋に生き延びるための行動だったため、両親だけに告げ出発することになりました。

じりじりと重苦しい日々のなかで少しずつ準備を進めて持ち物を考え、節約のために荷台を無理くり作り上げ出発に備えました。

目的地は特に無く、気の済むまでどこまでも行ってやると決めていました。

ただ唯一の救いは京都や大阪、九州の方にも知っている人達がいたのでその人達の存在が当時の孤独な心境の微かな支えでもありました…。

そしてその時密かに自転車に名前をつけました。自分でつけておいてよく間違えてリュウセイゴウとか言う時もありますが正しくは『 清流号 』( セイリュウ )と名付けました。

風や水のようにそのままで流れ進み続けられるようにと意味を込めました。

バイクパッキングの知識は無かったし、パッキング類の道具も買う余裕もなくとにかく死にもの狂いな感じで、ホームセンターに売っている安くてギリギリ丈夫そうな素材を購入し、力と勢いで荷台を作り、ネジで留めて、百均のマジックテープやゴムバンドで必死に荷台に荷物をくくり付けました。

そんなこんなで準備期間は約一か月とちょっとで追われるように出発するのでした…。

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体感では地獄の心地に近かったですが、出発してしまえば、風や水のようにイメージ通り思考や気持ちが落ち着いてくるはずと、今よりは良くなるはず…!と微かな期待感はありました。

因みに自分の中で新しいチャレンジとして2話目以降は購読料100円頂こうと考えています。

自分の体験や能力が100円と比べてどうなんだろうか?というのに興味があります。

100円払っても読んで下さる方がいるかわかりませんがとにかく今の自分にもやれることを夢中でやってみるだけだと思って楽しみながらがんばります!

『 風のように駆け巡り、水のように流れゆく自転車旅 ① 』を読んで面白そうと思って頂けたなら是非次の回から購入してみて下さいませ。

時間を割いてここまで読み進めて下さった方ありがとうございました。

コロナのタイミングで皆さまそれぞれ大変な時期ですがどうか健やかに過ごせますように…。

2020.11 .17 青木俊輔




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