長い夜を歩くということ 88
彼はタクシーを拾おうと手を挙げる。その手を男が掴んで強引に降ろした。
「おい。ちょっと待て。なんで、どうしてそんなに怒ってるんだよ」
彼はあまりにもふざけたその言葉を聞いて、赤く熱された心臓の怒りはとうとう弾けた。
「どうして怒っている?ふざけてるのか?お前は俺が彼女と付き合っていると言った時、何を思った?あの一瞬何も言葉が出なかった間はなんだ?そんな人間が今さら私の回り嗅ぎまわって、私の平穏を壊したんだ。怒らないわけがないだろう」
彼は内側から、誰にも浴びせたことのない怒声を撒き散らしていた。
ひどく黒く燃えるそれは山を燃やし尽くす溶岩よりも熱い。
しかし、彼には全く足りなかった。
睨む先にいる男は彼のことをまっすぐに見据えていた。
「ああ、はっきり言って、お前のこと馬鹿だと思ったよ。バーで出会ったなんて、気落ちしたところをいいようにされただけだと思ってたからな。お前はそういうムラがある奴だからな。今日だって、お前の目を覚まさせるために来たんだ。でも、彼女を見て話してみてわかったよ。あの娘は良い娘だ。間違いない。今まで紹介した女にお前が見向きもしない訳がはっきりわかった。それくらいにあの子は自分で生きる強さを持っていて、誰かの弱さを受け止められる優しい娘だ」
男は彼と張り合うように詰め寄った。
彼はまだ怒りで拳を握りしめていた。
男の言葉は続いた。
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