長い夜を歩くということ 109
「どうして私が担当になったのでしょう?それほどの患者さんなら私よりも谷崎さんや江藤さんの方が適任かと思いますが。彼らには優秀な部下もたくさんついていますし、時間はかなり作れると思うのですが」
「あの二人はいつも患者さんを抱えているからな。それに二人は良いライバル関係でもある。どちらかをえこひいきするのは得策ではないからね。それに今回の件は院内でもあまり表立ってやりたくないんだ。それはこちら側も。お相手もだ」
院長は蝉のうるさい窓の外を眺めて笑っていた。
その笑顔がどういう意味なのか、私には全くわからなかった。
院長の本音と真意を知ることを今後十年はないだろう。それ以前に今後十年で呼び出されることもそう多くはないだろう。もし、それが来るとしたら、今度こそ私がどこかに飛ばされる時だけだ。
今更ながら、同僚たちが朝から騒がしかった理由に合点がいった。
事を荒立てたくない病院側としても、離婚したばかりで立場も中立な私はちょうど良い相手ということだったのだろう。
「それに別途で…」
と院長は話を続けた。お手本とばかりの固まった笑顔の中で、口角だけが緩んでいた。
「それに別途で、樺澤さんからのリクエストもあってね。お医者さんっぽくない人が良いとのことだ」
おそらく本当に言われたことでだろうが、私はあまりこういった時の返しがうまくない。
「褒められている。と受け取っておきます」と言っておいた。
その日の午後、私は病室という殺風景な場所で珍注文をした彼女に会ったのだった。