長い夜を歩くということ 158
廊下の空気は軽くて冷たかった。
外では蝉がけたたましく鳴き喚くのに、たった一枚のガラスを挟むだけで季節までも遮断していることを不思議に思った。
足は何かに寄生されたように軽やかに進んでいく。
習慣の類か、それとも本能か、私にはわからず、深追いをしようともしなかった。
できることはただその行方を傍観者となった目で映像として残し続けることだけだった。
病室に着き、スライドドアを引いた瞬間、熱い空気の塊が私の肌を掴んだ。
逃さないように急いだ。視線を向けた。
目の前に映ったのは、開け放たれた窓とクラゲのように膨らみ揺れるレースのカーテンだった。
頭の中に収まるはずだった景色は風に巻かれて消え、白いシーツに包まれたベッドが新しい誰かを待っていた。
幾度となく座った背のない丸椅子がベッドの横に居心地が悪そうに置かれている。
私は部屋の中に体を完全に入れ込んだ。
蝉の声はより強く私の耳をかき乱す。
しかし、その醜い汚い叫び声が正気になりそうな私の思考を妨げてくれた。
私は椅子に座った。ベッドを見る。
でも、そのベッドはもう私のことを知らなかった。
私は記憶喪失のベッドをじっと眺めた。
意識は段々と座る丸椅子に移っていく。
少なくともこの丸椅子は私のことを覚えていて、この場所にいれば、過去の私と重なることはできる、と期待したのかもしれない。