長い夜を歩くということ 137
濃淡で模様を作る灰色の空が、裸の樹々を圧迫していた。
肌を刺すような冷たい空気はより透明に私たちの前から姿を消していた。
「先生、今日もよろしくお願いします」
肩にかかっていた数本の髪束が私に顔を向けた拍子に流れ落ちる。
テレビで見たことのある塩の湖のように透明な四肢が服からはみ出す。
流線的だった肌は段々と骨張って見えるようになっていた。
彼女は私の方を向いて微笑んでいたが、その笑顔さえも段々と透けて見えなくなるような気がして、私もすぐに笑みを作った。
「先生、何か良いことでもあったのですか?」
「いえ、特に何もないですが。どうしてですか?」
「先生が私に笑いかけるなんてあまりにも珍しかったもので」
「私は患者さんに優しい医者という役をやっていますから。患者さんに笑いかけるくらいは当然ありますよ」
「先生は…そんな前のことを覚えていらっしゃったんですね」
「ええ。とても貴重な体験をしましたから」
彼女は体を揺らして笑った。
しっかりと見れたその笑顔に私の肌は冷たく撫でられた。
体を削って燃やしているようなその笑顔がわたしの目を離させてはくれず、笑顔を止めさせることもできなかった。
「先生は何か後悔していることはありますか?」