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長い夜を歩くということ 79

 彼は彼女と同棲を始めた。と言っても彼の住むマンションに彼女が身一つでやってきただけで、見かけ上の変化が特にあったというわけではなかった。

しかし、それはあくまでも見かけだけの話で、彼の心にはどんなインテリアでも埋まらない暖かさが宿った。

 彼女が初めて玄関のドアを開けた時、見えていないはずなのに「凄い」と素直に驚いたことが彼には嬉しかった。

自分のやってきたことが彼女を驚かせ、彼女への恩を、この場所を与えることで返せることが彼にとっては誇らしかったのだ。

 日中の彼女について彼は何も知らず、一緒に暮らすようになってから驚かされた。

ある日、彼女は大量の破れた洋服を紙袋に詰め込んで帰ってきた。

両手で重そうに抱える姿はセールで激戦をくぐり抜けた主婦のように疲れていて、彼は慌ててその荷物を引ったくった。

彼女にこの紙袋の正体について半ば問い詰めるように尋ねると

「これが私の昼間の仕事」

と楽しそうに白い歯を見せた。

彼女は日中の内職で生計を立てていたのだ。

そして、毎週水曜日は決まってあのバーで歌い、不定期で別の店で歌っていたのだと言う。

彼は彼女が努力していることを、酒を交わしながら話す真剣な言葉で知っていた気でいた。

しかし、それよりも孤独の中でもがきながら、彼女が一切それを見せることなく屈託のない笑顔を浮かべていたことを知り、手に持った袋の紐が指に強く食い込んだ気がした。

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