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垂直少年と水平少女の変奏曲〜加納円の大いなるお節介と後宮の魔女達~
第17話 新たなる危機 2
僕と荒畑はアバロンヒル社のWarGame,Battle of the Bulgeというボードゲームを畳の上に広げ、夜通し、徹夜で交戦しているのだった。
鉄火場の博徒よろしく振り出されるサイコロの目に一喜一憂した。
そうして、前夜から今朝に及んだ血みどろの戦いにようやく決着がつこうとしている。
第二次大戦末期のことである。
ナチスドイツ軍は装甲部隊を中心とした戦力を整え、ベルギーのアルデンヌ地方で連合軍に対する大規模な反撃を試みた。
ドイツ軍は奇襲に成功して初戦を優勢に進める。
だが、粘り腰の米軍に多くの時を奪われ進撃のスピードはやがて頭打ちとなる。
前線では燃料と弾薬の消耗が凄まじく、やがて後方の事前集積も使い果たし補給もままならなくなる。
おりしもドイツ軍に有利に働いていた悪天候までが回復し始める。
速やかに航空支援が再開された連合軍は戦線を立て直し、勇躍反転攻勢に出る。
こうしてナチス乾坤一擲の大反撃は退けられた。
明けてヨーロッパは第二次大戦が終結する年、1945年の新年を迎えることとなる。
今宵のゲームとは異なり、史実ではアメリカ軍が勝ってドイツ軍が負けた。
ドイツ軍はなけなしのリソースをこの戦いで蕩尽し、以後西部戦線での反撃は事実上不可能となった。
その結果としてドイツ第三帝国は、この後半年を待たずに無条件降伏へと追い込まれることになる。
アバロンヒル社が世に送り出したあまたのボードゲームは上手くできている。
どれをとっても十中八九は史実通りのゲーム展開となる。
プレイヤーとしては史実をひっくり返したいとあれこれ奇策を考える。
だが攻守双方のゲーム脳が似たようなレベルであれば、滅多なことで歴史は覆らない。
このゲームで僕は荒畑相手に攻守を変えながら何度も対戦した。
けれども、いつだってバストーニュは第101空挺師団が死守する。
クリスマスが過ぎればベルギーの空は綺麗に晴れ渡り、ヤーボ(戦闘爆撃機)が航空支援に駆けつけるのだ。
結果として、存分な空爆を受けて補給も尽きるドイツ軍は、あっという間にボード上から姿を消す。
ゲーム上の戦争もアメリカ映画“バルジ大作戦”のようにド派手な勧善懲悪劇となってゲームに幕が引かれるのが常だった。
ところがである。
ドイツ側プレーヤーのサイコロ運が滅法良くて、連合軍側プレーヤーがダメダメだと、極めて稀なことだが歴史がひっくり返ることがある。
歴史における“if:もしもあのとき・・・”は面白い思考実験だ。
ゲームボード上では米軍がバストーニュを守り切れず、クリスマスを過ぎても天候が回復しないとドイツ軍が勝ってしまうのだ。
荒畑のアジト・・・。
居心地は良いがタバコ臭い書庫もどきの六畳間で、今朝徹夜明けのゲームボード上に現れたドイツ軍大勝利の状況がである。
もしも1944年12月にベルギーのアルデンヌ地方で実際に起きていたとしたらどうだろう。
その後の世界史は相当変わったはずだ。
最終的なナチスドイツの敗北は動かなかったろう。
だが東部戦線の進捗を考えれば東西の分断は実際よりもっと西側で起きていたに違いない。
ナチスドイツの降伏が遅れれば、ドミノ倒しの様に日本の敗戦も遅れたろう。
そうなれば広島や長崎以外にも原爆が投下された可能性がある。
本土決戦だって実際に行われていたかも知れない。
白河以北はソ連の支配下なんてことすら想定出来てしまう。