お月さまってどんなあじ?
知るかよ。
トリコとかに聞けよ。
あ、でも、あのトリコだって、さすがに宇宙にまでは食指は動いてなかったな。
美食屋四天王ですら手が出なかった難問に、俺は立ち向かおうとしている。
俺の人生のあらすじを語ろうとすれば、活字の英才教育を受けてきた事実はどうしても避けられない話題である。
幼稚園児時代には、園長の方針で漢字仮名交じりの絵本を読まされていた。当然読みがなは振ってない。
小学生時代には、担任の方針で『かいけつゾロリ』シリーズの本の貸出が禁じられていた。
曰く、カタカナにさえ読みがなを振るような書籍は、教育上の"悪"であるらしい。
悪(笑)。
他にも論語や古典を暗唱したり、『博士の愛した数式』を読むことを義務付けられたり。
俺の幼少期は、そんな多方面の大人たちの手によって、活字エリートの道を歩むべくして歩んだということだ。
して、エリート街道を歩いた男が、実際どんな人間に成長したのかは、俺の記事から推して知るべし。
より詳らかに言うと、ろくな人間にはなってない。
ともかく、そんな高尚な教育下にあっても、好きな絵本は少なからずあった。
そのうち最も好きだった絵本が、これ。
カビたおせんべいではない。お月さまだ。
内容は単純明快。
ある夜のこと
月の味が気になったカメが、山の頂上から首を伸ばして、月をかじろうとしました。
けれど、月には当然届きません。
カメはゾウを呼びました。ゾウはカメの背中に乗って鼻を伸ばしました。
けれども月には届きません。
今度はキリンを呼びました。キリンはゾウの背中に乗って首を伸ばしました。
やっぱり月には届きません
今度はシマウマ。キリンの背中に乗りますが、まだまだ月には届きません。
次はライオン。
うんとこしょ どっこいしょ
まだまだ月には届きません。
ライオンの背中に、キツネが乗ります。
うんとこしょ どっこいしょ
それでも株は抜けません。
今度はサルが乗ります。
うんとこしょ どっこいしょ
やっぱり株は........
あれ、何の話でしたっけ。
月だか株だかよく分からなくなってきましたが、物語もいよいよ佳境。
動物たちは、ひと昔前に流行った「どうぶつタワーバトル」の様相を呈し、最終的にはネズミが月をかじることに成功するのです。
この、「高いところのものを取る」タスクにおいて1番役に立たなそうなネズミを呼んで、しかもそのネズミがおいしいとこ持っていっちゃうところが、童話らしくていいんですよね。
ちなみに『おおきなかぶ』でも、株が抜けるのはネズミ加入直後です。
このネズミたち、明らかにスペックが高い。ミッキーマ〇スの一派だろうか。
で、肝心なのは、お月さまがどんな味だったかって話。
これがどうにも、どうしても、思い出せない。
ずーーっと気になり続けている。
なにせ、タイトルがずるい。『赤ずきん』だの、『ブレーメンの音楽隊』だのいう童話だって、結末なんて覚えてないけど、大して気にはならない。
けれど、本作は違う。「どんなあじ?」って聞かれている以上、どんな味か気になるのは必然。
あのカビたおせんべいみたいな表紙からは想像もつかない味が、この本の中では醸造されているんだ。
気になり始めたの、中学に入った頃だったかな。
中学の図書室には置いてなかったし、高校の図書室にも、大学の図書館にも、果ては近所の図書館にも置いてなかった。
ある時はAmazonで購入しようとした。けどなんか、気が引けた。
こんな本を部屋に置けば、家族に幼児退行を疑われかねない。
またある時は前澤社長の手を借りようとした。無論、彼が月旅行に行くからだ。
かつて彼が催していた「100万円ばら撒き企画(正式名称知らん)」に必死の形相で食らいつく、「ぼくは、わたしは、こんなに可哀想なんです!」な人たち。それに対して「いや、そんなの普通だから笑」と返す人たち。
金と自己顕示欲と嫉妬が混ざりあい、地獄と化す社長のリプ欄。そんな地獄に咲く、一輪の花。
「お金はいらないので、月かじってきてください。」
社長もさぞかし、この花のような俺のリプライには目を奪われたことだろう。
ちなみにあれ以降、社長からの音沙汰はない。
本作の結末に再会したのは、つい最近のことである。あろうことか、YouTubeで知ってしまった。いわゆる、読み聞かせ動画。
盲点だった。
というか、アリなんだろうか、いろいろと。
なんともいいあじ。
なるほど。具体的な味の説明がなかったから、思い出せなかったんですね。
この抽象的な表現、"キスの味"みたいで素敵だと思う。
ちなみに俺だったら辛ラーメンの味がするはずです。こんなに白いのに。
んー、ネズミはチーズで、サルはバナナで、キツネは油揚げで、ライオンは......たんぽぽですか?
もうめんどくさいからあとは勝手に想像してくださいおやすみ。
ちなみに本作の後日談、というか、もうひとつの結末の話を少しだけ。
動物たちが月のかけらを味わった一方、池では1匹の魚が泳いでいました。水面に映る月の光を見ながら、こう言うのでした。
「どうしてあんなにとおいお月さまをとろうとしたんだろうね。
もうひとつあるのにさ。ほら、水のなかに。」
こんな感じで、ひろゆきみたいな逆張り魚の静かな呟き(トゥイート)でこの物語は本当に幕を閉じます。
みんなが必死に月に近づこうとしている中、魚のくせに"釣られない"っていうね。洒落たオチだよね。
著者はポーランドの方らしいから、そんな意図はないだろうけど。
オチまで全部バラしておいてこんなこと言うのもアレだけど、素敵な童話だからぜひ読んでみてね。
そしていつか、本物の月(辛ラーメン味)を一緒にかじりに行きましょう。