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三陸沖を襲う「海洋熱波」、ふるさとの味に打撃続く(デーリー東北「私見創見」)

青森県の八戸市を中心とする県南部で広く読まれている地元紙「デーリー東北」。同紙の人気コラムで複数の寄稿者が執筆する『私見創見』を2020年から2カ月に1度のペースで書いています。第20回は2024年2月11日付から。
(※掲載時の内容から一部、変更・修正している場合があります)

 「海が変わってしまった。2006年ごろは1日に3万本の水揚げがあった定置網でのサケ漁が、今年は1シーズン全部で430本だけ。サバ、イワシも揚がらず、昆布も前年比3割減になった」

 食品加工に必須の冷凍倉庫に関連した取材で2024年1月、岩手県の三陸海岸沿いにあるT漁港を訪れた。そこで聞いた全国漁業協同組合連合会(JF全漁連)の地元関係者が打ち明けた現地の漁獲高の落ち込みを聞き、暗澹あんたんたる気持ちになった。

 魚種が豊かな三陸海岸と三陸沖は、北欧ノルウェー沖、カナダ東部ニューファンドランド島沖と並ぶ「世界三大漁場」のひとつだ。親潮(寒流)と黒潮(暖流)が沖合で入り交じるうえ、リアス式海岸は山地が海に近く地の豊富な養分が海に流れ込むからだ。

 しかしここ数年、特に今シーズンは異変が起きている。普通なら北緯37度の福島県の沖合から東進する黒潮が大きく蛇行し、北緯40度の岩手県沖まで北上している。一方の親潮は例年3〜4月に宮城県沖まで南下するはずが、昨年は道東沖でとどまった。報道によると、1965年に水産研究・教育機構水産資源研究所が潮流の観測体制を整えて以降で初めてという。

 これが海水温の上昇を引き起こしている。T漁港の関係者は2023年12月に「海水温が20℃近くまで上がっていた」と目を丸くする。夏場に推奨されるプールの水温(22℃以上)とあまり変わらない水準だ。

「10℃前後が最適温とされる特産のワカメも成長しなくなっている」(同)。高い海水温でコンブも成長不良となり、三陸海岸で中身のないウニが繁殖して海藻を食い散らかす「磯焼け」が頻発する原因となっている。

 この状況を「海洋熱波」と呼ぶようになってきた。気象庁などによると、三陸沖は海面が平均より5℃、深さ300㍍の水域では同7〜8℃も水温が高いという。平均30℃度だった夏場の気温が7℃高くなるのを想像すると「熱波」の表現も大げさではない。

 逆に、これまで日本の南域に多かったイセエビが福島県の海岸で、タチウオが宮城県沖で獲れるようになった。以前は北の海にいなかったブリなども北海道で多く水揚げされて、首都圏のスーパーにも並ぶようになっている。

 2023年は三陸沖でカツオが豊漁だったという。北の海でエサをふんだんに食べて秋に南下してきた「戻りガツオ」が暖かくなった三陸沖を回遊し、漁場が近くなったからだ。ビンナガマグロやシイラなど西日本に多い魚種の水揚げ量も増えてきた。

 しかし、普段なら獲れる魚が水揚げされない事態は、豊かな自然の恵みに頼ってきた三陸海岸沿いの漁業にとって、大きな痛手だ。「他の魚種が増えてきても、今のままの漁港の設備やインフラでは対応できない」とT漁港の幹部は指摘する。

 イワシ、サンマ、サバ、サケなどを加工してきた漁港周辺では、他の魚種が増えても設備と人手が不十分で加工や新商品開発に対応できない。「将来が見通せないので金融機関から融資が出にくく、新たな設備投資ができない」(同)からだ。

 “名物”と呼べるまでに育ててブランド化してきた魚類が減ることは、広い範囲に打撃を及ぼしかねない。東京で「青森県産」の食材を使ったメニューの提供にこだわる飲食店「ごっつり」(東京都足立区など)でも「メニューの目玉である『八戸前沖さば』の漁獲量が減って大変な思いをしている」と西村直剛ごっつり社長がこぼす。

 八戸港のサバ水揚げ量は18年に3万8000トンだったが、22年はわずか2000トンにとどまった。同年の八戸港の総水揚げ量は前年比35%減の2万9000トンとなり、実に75年ぶりに3万トンを割り込んだ。

 地球温暖化の影響が深刻化すると叫ばれて久しい。「獲れるべき場所で獲れる魚がいなくなる」という状況が今の時代、現実として起こり始めている。郷里ふるさとを思い起こさせるあの魚、あの味がどんどん失われる世界で、我々は何ができるのだろうか。

(※初出:デーリー東北紙コラム2024年2月11日付。社会状況などについては掲載時点でのものです)

【関連情報・リンク】

◎気象庁、海洋熱波の影響について(2024年7月発表)

三陸沖の海面水温は2023年、平年に比べ4度も高かった(気象庁)

◎報道から

◎X(旧Twitter)ポストより

(了)


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