大阪「医療崩壊」の現場から・究極の二択を迫られたウチの母の場合。


5月連休前に大阪に住む母が倒れました。

私自身は首都圏に住んでいますが、母の入院によって、大阪の病床逼迫の実態を目の当たりにすることになりました。医療従事者の方々の必死の努力が続けられるも、今も病床運用率は100%越え、救急搬送されても9割が病院に入れません。

母について言えば、手術する病院が20時間以上見つからず、ようやく見つかった転院先でコロナが発生し手術延期、コロナに罹るか・緊急手術を受けられずに死ぬか、という究極の選択を迫られることになりました。

海外の惨状やオリンピックを云々する前に、まずこうした足元の実態の共有が必要なのではないか。治療が必要な人が受けられるようにしてほしい。それをとにかく願って綴ります。


緊急手術の知らせ


「母が緊急手術」と、妹から連絡が入ったのが4月末。母は4月中旬に原因不明の発熱で自宅で失神し、同居の妹が付き添って既に入院していましたが、PCR検査陰性、経過良好で、間もなく退院の予定でした。それが突然急変し、大動脈解離の発作を起こしたのです。

「大動脈解離」とは血管が裂ける病気です。石原裕次郎がこの発作で倒れ、生還率3%の大手術の末に生還したことなどが有名です。

解離性大動脈瘤(大動脈解離) 日本血管外科学会ホームページより
大動脈は、外膜、中膜、内膜の3層構造となっており、十分な強さと弾力を持っていますが、なんらかの原因で内側にある内膜に裂け目ができ、その外側の中膜の中に血液が入り込んで長軸方向に大動脈が裂けることを大動脈解離といいます。
突然、胸あるいは背中に杭が刺さるような激痛が起こり、病状の進展につれて痛みが胸から腹、さらに脚へと下向きに移っていくのが特徴です。いきなり意識消失状態やショック状態となる方も少なくありません。


運悪く血管が裂ける場所が心臓や脳に近い場合、一発アウト即死もある疾病です。
実は母は数年前にもこの発作で入院したのですが、血管の裂けた場所が心臓に近くなかったので、運よく緊急手術もせず無事でした。

今回病院に確認したところ、「心配なら親族も来てもらった方が良い」とのことだったので、コレはヤバい方だと感じ、専門学校の帰路から直接新幹線に飛び乗って大阪に向かいました。駆けつけた頃には手術が終了しているかもしれないと思いつつ、居てもたってもいられませんでした。


受入れ先見つからず、しかしあり得ないラッキーが

しかしタイミングが悪いことに、まさに非常事態宣言の直前。
循環器専門病院へ転院し手術を受けるはずが、転院先の電話が1日中繋がらず、別の専門病院に打診するも満床。病院は必死に受け入れ先を探してくださったのですが、20時間かかっても見つからず、緊急性を見極めてから手術するということで保留に。やむなく妹と母の家に一泊し、翌日の転院調整を待つことになりました。

翌日朝、「転院先が見つかった」と連絡が入り、搬送される母を追いかけて転院先へ。状態を詳しく調べた新しい主治医から病状説明を受けました。
今回ヒビが入ったのは心臓に近い場所ながら、完全に破裂していなかったので、緊急手術ナシで済んだとのこと。血管の3層構造の一番外側の皮で出血がくい止められていたそうです。「9割は血管が破裂して亡くなるが、1割は助かる。その1割に入っていた」と。
まさに最後の皮1枚でのギリギリセーフ。今回もまた、あり得ないくらいの確率で助かったのでした。

その上で主治医からは「ただし血管が弱くなっていて時限爆弾を抱えた状態なので、近いうちに人工血管に取り換える手術をした方が良い」という提案があり、回復を待って手術日を調整することになりました。
ようやく面会できたICUの母は、衰弱していたものの会話は可能。安堵して、あとは妹に任せて私は帰宅しました。


時限爆弾を抱えたまま手術延期


 
 人工血管に取り換える手術は一旦心臓を止めての6時間に及ぶ手術で、決して100%安全ではないものの、無事成功すれば問題なく日常生活を送れるはずでした。
 しかし5月初旬、手術日直前に病院から連絡が入ります。
院内でコロナ感染が確認されたため、手術が延期なったと。日程は未定とのこと。
 
病院からは、「隔離はしていても院内にコロナ患者さんがおられる。ご本人の病状は落ち着いている。退院はどうですか」と提案がありました。決して無理強いされた訳ではありませんが、ここで母と私たち家族は究極の選択を迫られることになります。

判断のネックになっていたのは、いざという時に救急搬送してもらえるのか、すぐ緊急手術してもらえる体制なのか、でした。

折しも、連休中に大阪府の病床逼迫はピークに達していました。


大阪府の医療の極限的状況


調べれば調べるほど、状況は深刻でした。
なにこれ?? 
「大阪が大変だ」とは聞いていましたが、首都圏ではインドなど海外の惨状の報道の方が多く、正直ここまでだとは思っていませんでした。

コロナ急患の待機所増設、大阪 入院まで36時間の事例も
2021.04.30
大阪府は30日、自宅療養中に病状が悪化するなどした新型コロナウイルス感染症の患者を救急搬送する際、空き病床がすぐに見つからない場合は酸素投与しながら待機できる「入院患者待機ステーション」の2カ所目を大阪市内の病院で運用開始した。市内外でさらなる増設も検討する。
府によると、22日に開いた大阪市内1カ所目の待機所は、30日午前8時までに計55人を受け入れた。滞在時間の平均は12時間2分で、80代女性が36時間12分待ったケースもあった。
大阪市消防局で搬送困難事例が続き、そのたびに救急隊も足止めされる形になるため、2カ所目も市内に設置した。

大阪府 緊急事態宣言の延長を国に要請
2021年5月6日 19時16分
すぐに入院できる病床の数と、それがどれだけ埋まっているかを示す「病床運用率」が5日、重症患者用の病床で初めて100%を超えるなど、危機的な状況が続いていることが報告されました。
入院率1割、続く悪循環 調査滞り、搬送難航も―コロナ変異株拡大の大阪府
2021年05月08日07時16分
新型コロナウイルスの変異株が猛威を振るう大阪府では、病床逼迫(ひっぱく)により入院できないコロナ患者が急増し、入院率が1割まで低下した。
入院調整や自宅療養中に17人死亡 大阪、3月以降

日本経済新聞関西
2021年5月10日 20:53 (2021年5月10日 22:00更新)大阪府は10日、3月以降に入院調整中や自宅療養中などの新型コロナウイルスの患者が適切な治療を受けずに計17人死亡したと発表した。府内では感染拡大に伴い病床が逼迫し、重症者は確保病床を上回る事態が4月13日以降続いている。

現場の医師の実感や統計からも裏付けられています。


大阪府コロナ第4波、医療現場はどうなっているのか? 医療逼迫の原因、対策は  倉原優 | 呼吸器内科医 4/29(木) 8:45
重症病床がパンク
第4波の変異株の威力はなかなかすさまじく、あっという間に重症病床が埋まってしまいました。私の記憶が正しければ、4月7日時点で「重症病床はもう"待ち"が発生していて、転院できません」と言われました。グラフ(図)をみても、第4波では重症病床使用率の立ち上がりが第2波・3波より急峻なのが分かります。

人工呼吸器を装着しても転院できないケースが大阪府内で多発し、一時、約70人の重症者が軽症中等症病床で管理されているという状況に陥りました。
重症病床に大量の"待ち"が発生していたため、重症予備軍を多数抱えることに現場の不安と負担が常に大きい状態でした。ここで人工呼吸器を装着せざるを得ない患者さんが病棟で3人、4人と発生すれば、ケアする看護師の心は折れてしまうかもしれないと感じました。


看護師さんら医療従事者の心が折れていまいかねないほど、医療現場の負担が限界に近い中、府内の病院が一般病床やICUを潰してコロナ病床に転用しても、病床運用率は100%越え。
コロナで救急搬送されても、1割しか入院できない。入院待機のためのステーションが1か所では足らず2か所に増やしても、必要な治療を受けられないまま入院を待っている間に患者が亡くなっていく。
私が大阪滞在中に見たテレビでは、72時間受入れ先が見つからなかった例も報じられていました。
そして、コロナ感染が判明した病院が次々と救急や新規の受入れを停止するという悪循環。
コロナ患者でさえ入院が困難なのに、いわんや一般救急患者はどうなるのか。


究極の二択

母の話に戻ります。
こんな状況で、自宅で倒れた時のリスクと院内感染のリスク、どちらをとるかを決めなくてはならなくなりました。

在宅で血管が破裂したら、運が悪ければ即死、即死でないとしても緊急手術は時間との戦いになります。今の大阪の医療体制では、救急車を受け入れてもらえるまで何時間かかるかわからない。最悪、救急車の搬送中に臨終ということもあり得ます。
「初診ではないから救急時は受け入れる」と病院は言ってくださっているけれど、その時に病床とオペ台が空いている保証はありません。

入院継続してコロナに罹るか、退院して緊急手術受けられずに死ぬか。

妹と相談し、母に意思を確認したところ、「退院したら、もしコロナと判明しても入院できないのではないか。妹が働きに出ている日中は1人なので、発作が起きた時に不安。できればこのまま手術まで入院させてほしい…」とのこと。

だけど、入院していれば感染リスクは在宅より高い。
もはや何が最善なのかはわかりません。
もう後は、手術まで血管が破裂しないことを祈ることしかできない。

転院調整や受入れに尽力くださった医療関係者の方々に感謝しかないし、もしさらなる病床逼迫で母が退院せざるをえなくなったとしても、どういう結果になろうと恨むことだけはするまいと思っています。


心の準備はしていたものの

数年前に母が最初の発作で倒れた時から、次に再解離を起こしたら命が無いかも、と覚悟していました。万一の心の準備をする時間を与えられたとも言えます。
でもまさか、普通の救急医療が受けられない状況になるなんて。

そういう意味で、患者の側から見れば、保険証を持っていればいつでもどこでも医療が受けられる国民皆保険は既に崩壊しています。

これでコロナ禍で緊急手術が間に合わず亡くなったら、「コロナ関連死」にカウントされるんでしょうか。
そんな数字の一つにされることは望んでいません。
長く折り合いが悪かった母とようやく和解してからまだ数年。もう少し親孝行させてほしい。そう願うのはエゴでしょうか。


こんな状況でオリンピック??


これは他人事ではありません。明日の東京の姿です。
大阪のように変異株に置き換わるのも時間の問題と言われています。

大阪府 緊急事態宣言の延長を国に要請
2021年5月6日 19時16分
“第3波”の3倍以上の速さで重症者数が増加
◇重症者数が170人前後にまで増える速さは、
▽「第3波」ではおよそ3か月だったのに対し、
▽「第4波」では24日と、3倍以上の速さでした。


凄まじい早さです。
感染爆発してから対策をしても手遅れになる可能性が高い。

ワクチン接種にも医療従事者の手を割かなくてはならない今、この状況でオリンピックを強行するならば、患者は、家族は、そして医療従事者は、どうなるのか。

「選手最優先」という国策を取るか、コロナ患者か、一般救急患者をとるかという、さらに過酷な命の選択を医療従事者に強いることになる。

「それでもその犠牲を払ってでも何が何でも開催する」、という国民的合意があるならそれも一つの道でしょう。しかしそこまでの合意は成立していません。そのために分断が広がっている。

どうかこれ以上、こんな選択に引き裂かれる人を増やさないで欲しい。

このまま本当に東京の医療まで崩壊してしまってからでは、取り返しがつきません。
今ならまだギリギリ引き返せます。
どうか、治療を必要とする人が必要な医療を受けられるよう、とにかくその実現を求めます。


もしサポートいただければ幸いです。