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福寿草が咲いたよ
7月26日に東京の秋葉原の「こまきしょくどう」様で開催した、「食の寺子屋」にてお話しした法話です。
お盆によくある質問
「これってお供えしていいんですか?」
改めまして、こんばんは。本日のお話を担当させていただきます。よろしくお願いいたします。
東京は七月盆でもう過ぎてしまいましたが、私の地元福島は八月盆なので、現在お盆の準備の真っ最中です。
お盆が近づくと、お檀家さんからご相談を受けることが多くなります。私が副住職を務めるお寺では、初めてお盆を迎える方やご希望をされるお家のご先祖様を合同で御供養する法要をお勤めするので、その法要に関することや、盆棚の飾り方やお参りの作法に関する質問をいただくのです。
その中でよくいただく質問が仏壇や盆棚へのお供えお供えについてのことです。
「これってお供えしていいんですか?」
お菓子はどんなものがいいのか、故人の好物のスナック菓子やジャンクフードでもいいのか、ハンバーグ、カレーのようにお肉が入った料理は?、タバコやお酒などの嗜好品は?などなど。「仏教としてはどうなんだろう?」ということが気になるようです。皆さんはこれらのお供え、どう思われますか?
ちなみに曹洞宗の公式ホームページには、仏壇のお供えについてこんな一文があります。
お供え物は、本尊さまやご先祖さま、故人が“いますがごとく”お供えします。お供え物は、5つのお供えが基本です。香り(線香、お香)、花、灯明、お水、飲食(お霊膳、果物、菓子、嗜好品など)の5つです。ご飯に限らず、皆さんが召しあがる食事を、お供えしてください。
「いますがごとく」つまりご先祖さまや故人、そして私たちが一緒に生活しているようにお供えすることが大切なので、むしろ自分たちが食べるものと同じ食事や、先祖さまや故人が好きだったものを供えるということです。
つまり先ほど挙げたお供えの数々は、曹洞宗としては問題ないということです。私のお寺もこの考え方に則ってお返事しています。
もちろん宗派が違う場合は断言できませんし、仮に同じ曹洞宗でも地域によって風習が異なることがありますので、何かわからないことがあったら、菩提寺様に確認いただくのが確実かと思います。
「お供えをする」とは何だろう?
祖母のお葬式
さて、この「お供えをする」ということについて、考えさせられる出来事がありました。今年の四月、母方の祖母が亡くなりまして、そのお葬式でのことでした。
母の実家は、祖父母と、長女である伯母、次女である母、長男である叔父の五人家族で、去年までは祖父母と叔父の親子三人で、福島市内に暮らしておりました。しかし祖母は去年の夏ごろ、浴室で転倒したのをきっかけに入院、退院後はそのまま特別養護老人ホームに入っておりました。一人ではもう歩くことも食事をすることもかなわず、長いこと眠り、たまに起きたかと思うと、うわごとのように「かえりたい」とこぼしていたようです。徐々にはっきりとした意思疎通もできなくなったため、母たち姉弟、私たち孫世代もまた、もう長くはないのだろうと覚悟しておりました。
しかし、心配だったのは軽度の認知症を患っていた祖父です。もし祖母が亡くなったら耐えられるだろうか、症状が進行してしまうのではないかという不安を、みんなが抱えておりました。
僧侶としてではなく、孫としてのお葬式
四月の桜が咲くころ、祖母は長男である叔父に見守られながら、眠るように穏やかに息を引き取りました。私は母と一緒に、お寺の副住職としてではなく、孫として故人を見送る立場になりました。喪主は認知症の祖父に代わり叔父が務め、嫁いでいる伯母と母はそのサポートに回りました。
祖母の遺体は市内の斎場の一室に安置され、菩提寺のご住職がいらしゃって枕経という臨終に際してのお勤めが始まりました。私は僧侶ではありますが葬儀を導師として勤められるわけではなく、菩提寺である真言宗のご住職がお勤めくださいます。宗派の違いから細かな作法はわからないものの、曹洞宗でもお唱えするお経は一緒にお唱えさせていただきました。それからはお通夜や葬儀の準備など、伯母、母、叔父の三兄弟が慌ただしく動いておりました。
その横で、祖父はまるで抜け殻のように、祖母の遺体をじっと見ながら座っておりました。受け答えははっきりしており、祖母が亡くなったことはきちんとわかっているようでした。しかし一年前に家から病院に送り出して以来、遺体となって再会することになったこともあり、悲しくて受け入れることができないのか、それとも現実感がないのか、私にはその心中をおもんぱかることはできませんでした。
祖母の葬儀は、二日目の火葬の時間が早い時間になったため、お通夜の前にお花や思い出の品を棺に入れるお別れをすることになりました。斎場の方が持ってきたたくさんの花を、棺の中で眠る祖母を囲むように入れ、さらに親族が一輪ずつ入れていきました。
祖父から子ども、孫、そしてひ孫まで入れ終えた時、斎場の方がこんなことをおっしゃいました。
「火葬場に行くまでなら、買ってきたり摘んできたお花をお供えすることができますよ。お通夜の後お家に戻られる方は、お庭の花などお持ちになられてはいかがでしょう」
その提案を聞いた母たち三姉弟は、何かを相談している様子でしたが、間もなくお通夜が始まり、無事に執り行われました。
祖父から祖母への、福寿草のお供え
翌日、葬儀の前に再び葬儀の会場に着くと、昨日と同じように棺の側に佇む祖父の姿がありました。しかし、昨日と違うのは頭に絆創膏が貼られ、棺の中には福寿草が入っていました。聞けば、昨晩斎場の方から提案していただいて、母たちは庭に咲く福寿草を棺に入れてあげようということになったそうです。
福寿草は私の地元の春を告げるお花で、黄色の小さく丸い形の綺麗なお花を咲かせます。祖父母の家に咲くそれは、白い福寿草でした。家のお花を棺の中に入れていいことを抜け殻のようだった祖父にも伝え、翌朝、叔父と二人で家の庭から白い福寿草と桜の枝を持ってきたそうです。祖父は特に福寿草摘みに熱心だったそうで、熱中するあまり、庭の中で豪快に転倒してしまいました。その時に擦りむいた傷が、あの絆創膏だったのです。
大きなけがこそありませんでしたが、告別式の日、祖父は大事をとって車イス移動となりました。しかし祖父は特に気にした様子もなく、祖母の顔の周りに福寿草を添え、桜の枝を手元において、
「かあちゃん、きれいにかざってもらったなあ。よかったなあ」
とやっと笑顔を見せてくれました。ふさぎ込んでいた祖父を最後に明るくしてくれた斎場の方の提案には感謝のしようもありません。そして祖父が供えた福寿草に、お供えとはどういうものなのかを改めて考えさせられました。
見返りを求めない行い
むさぼらず、へつらはず
道元禅師の著書『正法眼蔵』「菩提薩埵四摂法」の中に、このようなお示しがあります。
その布施といふは、不貪なり。不貪といふは、むさぼらざるなり。むさぼらずといふは、よのなかにいふ、へつらはざるなり。
施すということは不貪、むさぼらないことをいうのだ。むさぼらないということは、世で言うところのへつらわないこと、即ち相手に気に入られて対価を得ようとしないことをいうのだ、という教えです。
お供えをする、というのは見返りを求めずに与えること、即ち布施の最たるものです。何が返ってくるというわけではありませんが、ただ仏さまやご先祖様、故人のためを思って施しをするのみなのです。
祖父は福寿草を摘み、祖母の棺に供えました。去年の夏に出ていったきりだからうちにも春が来たのだと教えてあげなくちゃならない。ずっと帰ってこれなくて寂しかったろうから、せめてうちに来た春の香りを少しでも感じていってください。返ってくるものは何もない、ただ故人のためを想うその心にこそ、お供えの本質があるのではないでしょうか。
最後に
その後火葬、告別式も無事に終え、四十九日の際に納骨も済みました。祖父は幸い症状の急激な進行はなく、穏やかに日々を過ごしています。祖母を亡くしたことも受け入れているようです。お盆を控え、叔父は伯母、母と一緒に、初めてご先祖様と共に祖母を迎える準備をしています。お檀家さんにアドバイスする立場だった母が今度は当事者として「お供えはこれでいいのか?」と頭を悩ませています。
お供えには、宗派や地方、家風などによって様々なしきたりや習わしがあります。現代では禁止事項やルールのように考えられやすいそうした風習も、元は亡き人に向けた布施の心から生まれたはずです。仏壇や盆棚、法事の場などでは、踏まえるべきことも確かにあります。しかし、何より大切なことは、ご先祖さまや故人への想いに他なりません。今その方が目の前にいるとして、カレーだったら喜んでくれるかな、あんこは嫌いだったから饅頭はやめようかなとあれこれ考えるその心が、何よりその方へのご供養になるのではないでしょうか。
ご清聴ありがとうございました。
参考文献
「お仏壇のまつり方」 曹洞宗 曹洞禅ネット
『曹洞宗宗務庁版 正法眼蔵』 曹洞宗宗務庁