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人工内耳の電極選択の考え方
私見になりますが、2022年11月時点での、人工内耳電極選択の考え方をまとめてみます。
現在、日本において選択可能な人工内耳電極は、コクレア社(Slim Modiolar電極、Slim Straight電極、Contour Advance電極、Straight電極)、メドエル社(Standard 型、Medium 型、Compressed 型、FLEXSOFT 型、FLEX28 型、FLEX24 型、FLEX20 型、FORM24 型、FORM19型)、アドバンスト・バイオニクス(AB)社(Mid-Scala電極)、となります。
人工内耳電極の構造と用語
人工内耳電極は、電極リード(ワイヤ)、電極アレイ(蝸牛内に入る電極の総称)、および蝸牛外の接地電極からなります。電極によっては、挿入深さを確認するマーカー、保持用のファンテール/ウィング、ストッパーが含まれます。人工内耳本体で生成された電気刺激は、電極リードと呼ばれる金属合金ワイヤで、蝸牛内の電極接点に送られ、聴神経を刺激します。各電極リードはシリコンで絶縁されていて、電流が1つのリードから別のリードに広がるのを防いでいます。マルチチャンネル人工内耳は、複数のリード線と複数の電極接点を備えており、低周波音の信号は蝸牛頂回転の電極接点に、高周波音は蝸牛基底回転の電極接点に送られます。 蝸牛内電極接点は、プラチナ-イリジウム金属合金で構成されており、アクティブ電極または刺激電極と呼ばれます。蝸牛内電極接点は、蝸牛軸に向かって電流を放出するハーフバンド(ハーフリング)タイプと、全ての方向に電流を放出するフルバンド(フルリング)タイプとに分けられます。メドエル社FLEX電極は、先端の5つの蝸牛内電極接点はハーフバンドで、基部側の7つは、フルバンド(2つの楕円形の電極接点)で構成されています。
外側壁近接型と蝸牛軸近接型
電極アレイは、外側壁近接型と蝸牛軸近接型とに大きく分けられるます。外側壁近接型電極アレイは鼓室階の側壁に沿って挿入されるように設計されています。外側壁近接型の主な設計目的は、蝸牛中央階の繊細な構造を避け、コルチ器の蝸牛有毛細胞や支持細胞を損傷せずに挿入することです。これは残存聴力温存だけでなく、蝸牛内組織損傷による聴神経の変性を防ぎ、残存聴力を持たない重度難聴の方にも蝸牛構造を温存する手術は有意義だと考えられています。一方、蝸牛軸近接型電極アレイは、聴神経の近くで電気刺激を行うために、鼓室階の内側に沿って配置されるように設計されています。蝸牛軸近接型電極アレイの主な設計目的は、聴感覚を得るのに必要な電流量を減らすことで、電気的興奮の広がりを狭くして電極接点同士の干渉を防ぐことです。蝸牛軸近接型電極アレイを用いることで、適切な聴感覚を得るのに必要な電流量の減少と、それに伴う電力効率の向上(バッテリー寿命の向上)が示されています。
電極アレイの長さ
電極アレイの長さも電極選択のポイントとなります。 メドエル社のStandard 型とFLEXSOFT 型電極アレイは、外側壁近接型で蝸牛内に入る長さが31.5 mmで最も長く、完全に挿入すると、約720度の角度挿入深度が得られ、蝸牛のほぼ全体がカバーされます。FLEX28 型電極アレイは、角度挿入深度580度で、”通常の蝸牛の解剖学的構造の96%に適している”と、されています。コクレア社の外側壁近接型Slim Straight電極アレイは、蝸牛内に入る長さが約25 mmで、450度の角度挿入深度に設計されています。コクレア社Slim Modiolar電極アレイは、蝸牛内に入る長さは約18mmですが、蝸牛軸近接型のため、角度で測定した挿入深度は420〜450度で、Slim Straight電極アレイとほぼ同様です。低音部の残存聴力を温存するために、より短い電極アレイを選択することがあります。メドエル社FLEX24型の蝸牛内に入る長さは24mmで、角度挿入深度は約450度で、FLEX24はFLEXEASとも呼ばれ、残存聴力活用型人工内耳(EAS)にも使用されています。コクレア社Slim Straight電極アレイには、標準の25 mm挿入(約450度)よりも浅い挿入深度(360度)を可能にする20mmのマーカーがあります。
重度難聴ノーマルタイプ
残存聴力がほとんどない両側重度難聴で、奇形や骨化がない場合で、人工内耳手術適応症例の中で、最も多いタイプだと思います。このタイプに対しては、各人工内耳メーカーの標準タイプ(コクレア社:Slim Modiolar電極またはSlim Straight電極、メドエル社:FLEXSOFT 型またはFLEX28 型、AB社:Mid-Scala電極)からの選択となります。メーカーの選択は、各社のスピーチプロセッサーなどの情報提供を行い、患者さんに選んで頂いています。
高音急墜型で低音部残存聴力タイプ
低音部に有効な残存聴力があり、残存聴力活用型人工内耳(EAS)のように、確実に残存聴力を温存することが求められる場合です。低音部の残存聴力をより確実に温存するために、短い電極アレイが選択となります。メドエル社FLEX24の蝸牛内に入る長さは24mmで、角度挿入深度は約450度です。FLEX24はFLEXEASとも呼ばれ、現状の保険適応上、音響刺激を併用するEASを行うには、FLEX24電極が選択となります。FLEX28電極やコクレア社Slim Straight電極を用いても残存聴力の温存は可能です。Slim Straight電極アレイには、標準の25 mm挿入(約450度)よりも浅い挿入深さ(360度)を可能にする20mmのマーカーがあり、残存聴力の程度により、20mmのマーカーまでの挿入とします。角度挿入深度360度(20mm)は、蝸牛で1000 Hzの音がコード化される場所に対応しており、20mmマーカーまでの挿入とすることで、1000Hz未満の低周波の残存聴力をより確実に温存する可能性が高まります。どの電極を選択するにしても、蝸牛機能はとても繊細であり、術中のちょっとした操作で聴力悪化を起こしうるため、残存聴力温存に良いとされるテクニック(正円窓アプローチ、ステロイド投与、アンダーウォーター、ゆっくり挿入など)を全て駆使し、常に丁寧な手術操作を心掛けています。
蝸牛軸欠損の内耳奇形タイプ
Common cavity、Incomplete Partition TypeⅠ、Ⅲと呼ばれる内耳奇形がこのタイプに該当します。このタイプの場合、電極選択の考え方は2つのポイントがあります。1つ目は、このような蝸牛軸欠損タイプの内耳奇形の場合、聴神経が特定の方向に配置されていないため、フルバンド電極接点を持つ電極アレイ(コクレア社:Straight電極、メドエル社:Standard 型、Medium 型、Compressed 型、FORM24 型、FORM19型)の方が、適している可能性があります。ハーフバンド電極接点タイプでも、外側壁近接型電極(コクレア社:Slim Straight電極、メドエル社: FLEXSOFT型、FLEX28 型、FLEX24 型、FLEX20 型)であれば、電極接点が外側壁側に向くように留置することで選択しています。2つ目は、外リンパ噴出に対応可能な電極アレイを選択する必要があります。内耳奇形に合併する外リンパ噴出は、内耳道底の隔壁欠損によりくも膜下腔と内耳の外リンパ液が交通しているために脳脊髄液が噴出することで、gusherと称されます。メドエル社FORM24 型と19型電極アレイは、外リンパ噴出を止めるためコルク栓の形状をしたシリコン性のストッパー(直径1.9mm)がついているのが特徴です。ただ、通常のストッパーでも、電極挿入前にストッパー部に結合織をつけておくことにより、電極挿入とともに外リンパ噴出を塞ぐことが出来ます。
Common Cavityの場合、選択する電極の長さについて、CT画像からCommon Cavityの直径をはかり、円周の長さを計算し(直径×円周率)、その長さに合わせた電極を選択するという考え方もありますし、標準長の電極アレイを使用しCommon cavity壁と電極との設置面を多くとるのと電極接点同士の干渉は少なくするという考え方もあります。メドエル社Standard型電極アレイは、12個のフルバンド電極接点が26.4 mmに配置され、各電極接点間が2.4 mmの間隔となり、電極接点同士の干渉は少なくなります。メドエル社Medium型電極アレイの蝸牛内電極接点は、アレイ全体で20.9 mmに広がり、各電極接点間の間隔は1.9mmとなります。
蝸牛骨化タイプ
蝸牛内のリンパ液が何らかの固体組織に置き換わり、電極挿入スペースがなくなるタイプです。髄膜炎後の蝸牛骨化、神経繊維腫症Ⅱ型の蝸牛内腫瘍、ANCA関連血管炎性中耳炎 (OMMAV)やコーガン症候群など慢性炎症性疾患による蝸牛内肉芽、蝸牛型耳硬化症などが該当します。髄膜炎後の蝸牛骨化症例は、蝸牛水管が鼓室階に入る正円窓から1~2mmの基底回転から始まるとされ、蝸牛骨化の程度を、ステージⅠ(正円窓部のみ)、ステージⅡ(基底回転の下方部分180度まで)、ステージⅢ(基底回転180度以上)の3つに分類されています。ステージⅠは、正円窓骨化部を削開またはピックでほじ取れば、鼓室階腔が見つかり標準電極を全て挿入できます。ステージⅡは、正円窓から前方へ”drill-through”します。Drill-throughで内腔が現れれば、標準電極を全電極挿入できます。ステージⅢでは、電極選択の考え方は2つあります。1つは、挿入できるスペースが短いため最短長の電極アレイを選択する考え方で、具体的には、蝸牛を”drill-out”し、最短長電極であるメドエル社Compressed 型を留置し、留置した電極を骨パテや筋膜で十分に固定します。Compressed 型電極アレイの電極接点は、アレイ全体で12.1 mmに配置され、電極接点間の間隔は1.1mmです。2つ目の考え方は、スタイレットが装填されている(コクレア社:Contour Advance電極、AB社: Mid-Scala電極)または剛性が高い電極アレイ(コクレア社:Straight電極)を選択し、蝸牛内に埋まっている線維組織を通過させる方法です。蝸牛骨化タイプの場合は、コクレア社のDepth Gaugeまたはメドエル社のInsertion test deviceを利用し、蝸牛内に電極が入るスペースを十分に確認してから、本番用電極を決定しています。
蝸牛神経管狭窄による蝸牛神経低形成タイプ
このタイプでは、より効果的な聴神経への電気刺激が求められるため、蝸牛軸近接型電極アレイ(コクレア社:Slim Modiolar電極、Contour Advance電極、AB社:Mid-Scala電極)を選択しています。
最後に
人工内耳電極の基本的構造と用語を解説し、人工内耳手術の適応となる5つのタイプ(重度難聴ノーマルタイプ、高音急墜型で低音部残存聴力タイプ、蝸牛軸欠損の内耳奇形タイプ、蝸牛骨化タイプ、蝸牛神経管狭窄による蝸牛神経低形成タイプ)を想定し、電極選択の考え方をまとめました。現時点での私見であり、今後、人工内耳電極もアップデートされるだろうし、別の考え方もあると思います。人工内耳手術は、とても定型的な手術を考えられていますが、各電極の特性を十分に理解し、内耳微細構造の温存や、ベストな電極ポジションなどのこだわりを積み重ねることにより、より良好な聞こえに繋げることが出来ると考えています。