人工内耳のコード化法
対外装置であるスピーチプロセッサのマイクで拾われた音が電気信号に変換されることがコード化である。コード化された電気信号は送信コイルから無線で頭皮を介して体内装置であるインプラントに送られ、蝸牛内電極から聴神経を刺激し、聴覚中枢で音として認識される。
ACE(Advanced Combination Encoder)コード化法(コクレア社)
Nucleus 7に搭載されているACEコード化法は、前身のSPEAKで使用される刺激レートよりも速い刺激レートが可能なn-of-mコード化法である。n-of-mコード化法は、入力音に対して、蝸牛内全m個のチャネル中、最大振幅の入力のn個のチャネルにのみ刺激が加えられる。 nは通常、マキシマと呼ばれ、8から12まで変化する。したがって、22チャネルとマキシマ10のプログラムは、振幅の大きい10チャネルで刺激を行い、 残りの12チャネルは、そのサイクルでは刺激を行わない。n-of-mコード化法は、ノイズである可能性が高い、振幅の比較的低い揺らぎを破棄しながら、音声信号に存在する顕著な要素を捉らえるように設計されている。
各サイクル中のアクティブ電極数を減少させることにより、
(1)より速い刺激速度、
(2)チャネル相互作用とマスキングの減少、
(3)バッテリー寿命の増加、を可能としている。
一方、 n-of-mコード化法の潜在的な制限として、望ましい音情報であるにも関わらず、選択されるための必要な振幅に達せず、そのチャネルで刺激が行われない可能性がある。 ただし、コクレア社人工内耳装用者を対象に実施された調査研究によると、CISコード化法と比較してn-of-mコード化法(ACE)の方が優れていることが示されている。
ACEの初期バージョンでは、合計14,400ppsの刺激レートが可能であった。チャネルごとの刺激レートは、選択したマキシマ数に依存し、 例えば、8つのマキシマを選択すると、チャネルあたり1800 ppsの刺激レートが可能となる(8×1800 = 14,400)。ACE(RE)またはHigh ACEとして知られるACEのバリエーションも提供されている。 ACE(RE)はACEとまったく同じように動作するが、最大合計刺激レートは14,400ppsではなく32,000ppsとなっている。 しかしながら、刺激レートが約1500〜2000 ppsを超えると、パフォーマンスは向上しないとされ、 実際、大規模な臨床試験でも、多くの被験者が900 pps以下のレートを使用するプログラムの方が、パフォーマンスが向上し、より好まれている。
さらに、ACE(RE)に関連するより高い刺激レート(3500 ppsの刺激レート)には非常に狭いパルス幅が必要であり、その結果、適切なラウドネス知覚が得られる前に電圧コンプライアンスの限界に達することがある。
MP3000は、n-of-mコード化法のさらに別のバリエーションで、音響データを圧縮するMP3技術に類似している。つまり、入力信号の重要でない情報(隣接する高レベルのより重要なコンポーネントによってマスクされる低レベルのコンポーネントなど)は破棄される。その結果、信号はより効率的な方法で、品質や明瞭さを大きく損なうことなく伝達される。 MP3000コード化法の主な利点は、信号効率の向上であり、これによりバッテリ寿命を延ばし、バッテリサイズを縮小し、最終的にはサウンドプロセッサを小型化が可能となる。予備的な研究結果からは、MP3000コード化法での語音弁別能はACEコード化法で得られる語音弁別能よりも優れていることが示唆されている。
なお、現在のところ、MP3000コード化法は国内未承認である。
FSP(Fine Structure Processing)コード化法(メドエル社)
メドエル社のFSP(Fine Structure Processing)と呼ばれる新しいCIS(Continuous Interleaved Sampling)タイプのコード化法は、従来のCISとの違いとして、低周波数のファインストラクチャーチャネルで使用される刺激周波数は、各ファインストラクチャーチャネル内の入力信号の周波数によって決定される。これは CSSS(channel-specific sampling sequences)と呼ばれる。低周波チャネルでのFSPコード化法/CSSS刺激の利点は、低周波入力信号と同じ頻度で低周波聴覚神経の神経発火を誘発することにより、時間分解能が改善され、音声認識、音質、声の高さの認識、音楽認識を改善するとされている。FS4およびFS4-pと呼ばれるFSPコード化法の2つのバリエーションが導入されている。FSPコード化法には、CSSS刺激が最も先端のチャネルの1つまたは2つにわたる最大350Hzの刺激レートが組み込まれている。一方、 FS4は、最大1000 Hzまでのチャネル(つまり、先端から3つまたは4つのチャネル)でCSSS刺激を行う。FS4-pでは、1000 HzまでのチャネルでCSSS刺激が行われ、さらに並列刺激(同時刺激)を使用して、4つの最も先端のチャネルのうち2つを同時に刺激し、時間的分解能をより精密にする。 メドエル社人工内耳には、12個の蝸牛内電極接点のそれぞれを独立して刺激するための複数の電流源が含まれているため、並列刺激が可能となっている。FS4-pコード化法は、チャネル間相互作用補償(CIC:channel interaction compensation)と呼ばれる新しいアルゴリズムを備えており、並列刺激中に望ましくないチャネル間相互作用が発生しないようになっている。 つまり、CICアルゴリズムは、隣接する蝸牛内電極接点に同時刺激が提供されたときに、望ましくないチャネル間相互作用が発生する可能性を予測し、チャネル間相互作用を最小限に抑えるために、隣接する電極接触に供給される電気刺激の大きさを減少させる。
CISと比較して、FSP、FS4、およびFS4-pの使用が聴覚パフォーマンスを改善することが示されている。Seebens らは、CIS+を備えたTEMPO+プロセッサからFSPを備えたOPUS2プロセッサにアップデートした45人の成人を対象に、静寂下と騒音下での単語および文の弁別能を比較した。 静寂下において、FSPを使用した平均単語弁別能(77.8%)は、CIS +を使用した平均単語弁別能(62.0%)よりも有意に優れていた。騒音下での平均単語認識も、CIS +(27.3%)と比較してFSP(52.1%)は有意に優れていた。 FSPを使用した静寂下(77.9%)および騒音下(58.0%)での平均文弁別能も、CIS +で得られたもの(静寂下で69.9%、騒音下で40.4%)よりも有意に優れていた。
さらに、Mullerらは、46人の成人人工内耳装用者についてFSPと、CIS +またはHDCISで得られたパフォーマンスを比較し、CISよりもFSPを使用した場合の母音および単音節の弁別能が改善したと報告している。また、被験者達は音楽を聴くときにCISよりもFSPを好んだと報告した。
Arnoldnerらは、14人の成人人工内耳装用者についてCISとFSPで得られた静寂下の単語弁別能と、騒音下の文弁別能を比較した。2つのコード化法間で、静寂下単語弁別能に有意差は見られなかったが、騒音下文弁別能はFSPを使用することにより、有意に改善が見られた。ここでも、被験者はFSPによる音楽鑑賞の向上を報告している。
別の興味深い研究として、Kleine Punteらは、TEMPO+からOPUS2にアップグレードしたメドエル社人工内耳装用32人の参加者を、2つのグループ(1つはHDCISを2年間使用、もう1つはFSPを2年間使用)に分け、騒音下での文弁別能を調査した。FSPユーザーでは2年間にわたって改善されたが、HDCISユーザーでは改善されなかったと報告している。この研究結果は、人工内耳装用者がFSPに順応し、新しいコード化法のメリットを実現するのに、一定の期間が必要になることを示唆している。
さらに、Lorensらは、OPUS 2を使用した60人の小児について、FSPはCIS+またはHDCISで得られた語音弁別能を、より有意に改善すると報告した。
Royらは、HDCISよりもFSPを使用することで、より良い低音周波数での音楽知覚を報告している。
Rissらは、26人の成人人工内耳装用者についてHDCISとFS4で得られた静寂下での単語弁別能を、750pps/チャネルの「低」レートと1376pps/チャネルの「高」レートで各コード化法を使用して評価した。2つのコード化法で同様の単語弁別能であったが、より速い刺激レートでFS4を使用するとわずかに改善され、より高い刺激レートでFS4を使用すると、より良い音質が得られることが示唆されている。
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