「主夫」という生き方を選んだわけ
自分が主夫になるなんて、最初から考えていたわけではありません。結婚して子供が生まれ、家族にとってのベストを模索している中で、自然とそうなっていきました。
◾️主夫歴3年
僕が主夫になって、まもなく3年になる。早起きをして子供のお弁当を作ったり、お母さんだらけの授業参観に出席したり。これらはもう、すっかり当たり前のことだ。
もともと僕は会社員。だから昔の自分からすると、今の姿は驚きでしかない。子供が生まれたら家事や育児を夫婦で分担し、共働きを続けていく。それが当たり前だと思っていたからだ。
◾️共働き✖️子育てのリアル
共働きと子育ての両立は、想像以上に大変だった。とにかく朝はバタバタ。あまりに時間がなく、洗い物をせずにシンクにそのままということもよくあった。
夜もまた忙しい。早く帰宅できた時もそうでない時も、やることがもう山積み。夕飯の準備と片付け、子供のお風呂、寝かしつけ、それに大量の洗濯物。常に時間に追われ、心のゆとりが無くなっていく。
そんな中、子供は保育園から流行りの病気をもらってくる。嘔吐・下痢・熱など症状は様々で、進行も早い。ただでさえ親はギリギリの状態なのに、一気に家の中のことが回らなくなる。
その上、僕達夫婦は急な休みが取りずらかった。だから子供の具合が悪いと、どちらが仕事を休むかも悩みのタネ。これが数日続くと、もうお手上げだ。
そして小児科の受診で長時間待たされ、夜間の看病で睡眠不足となり、体力がジワジワ奪われていく。こうして最終的には自分達も体調を崩すのが、いつものお決まりである。
◾️兼業主夫の誕生
僕が主夫になったのは、上の子が小学校に上がるタイミングだった。半日で学校から帰ってくる子供にどう対応しよう?これは僕達夫婦にとって、中々答えの見つからない課題だった。
当初考えていたのは、近くに住む義母の手を借りること。しかし年々と義母の体が弱り、逆にこちらがお世話をする様になっていった。こうして義母に頼るという選択肢は無くなった。
それに加えて、必要なだけ子供に寄り添える時間や、子育てを楽しめる心の余裕も欲しかった。それには、共働きと子育ての両立はあまりに忙しすぎる。こうして僕達は、共働きをやめる方向に舵を切っていった。
家に入るのは、僕と妻のどちらでも良かった。しかし専門職で働く妻のキャリアを止めるのは、あまりに惜しい。そうなると、自然と結論は見えてくる。
もともと僕達には勉強していたことがあり、それを仕事にできればと思っていた。そこで、僕がその作業をメインに進めつつ、家事の大半を引き受けることになった。兼業主夫の誕生である。
◾️主夫になってよかったこと
主夫になってよかったこと。これはもう数え切れないほどある。特に子供と関わる時間は圧倒的に増えた。ビフォーアフターで比べると、こんな感じだろうか。
ビフォー
・子供の行事に参加するのが難しかった
・食事はパンやパスタに頼りがちだった
・家族4人で過ごせるオフの時間が少なかった
・子供が体調を崩した時の対応が大変だった
・夫の残業時や出張時には、妻に負担が集中した
・平日は朝と夜しか子供と一緒の時間がなかった
・常にやることに追われて慌しかった
アフター
・子供の行事は、どちらかが必ず参加できる
・手をかけた食事を作ることができる
・月に2回ほど、家族でキャンプに行っている
・子供が体調を崩しても、心置きなく対応できる
・夫の働き方が自由になり、妻の負担が減った
・平日も子供の宿題を見たり、サッカーをしたりできる
・子供にゆっくり絵本を読んであげる時間が増えた
◾️専業主婦の気持ちが分かる主夫
主夫になって初めて分かったことがある。それは、「専業主婦」の忙しさと大変さだ。共働きの頃、どこかで主婦は楽だと思っていた。ところがいざ自分がなると、その考えが間違いだったことに気づく。
というのも、お弁当や朝食作り、掃除、洗濯、買い物、夕食の準備や片付けなど、主婦にはやることが多い。途中で空き時間はあるが、意外に拘束時間だって長い。また泥だらけの子供靴を洗うのも、地味に大変だ。
外で働けば、仕事に対する評価を受ける。しかし家事については、どうだろうか?家族の感謝が無ければ、家事なんて基本的に誰にも褒められることのない仕事だ。
別に人から評価されたくて家事をするわけではないし、褒めてと言うつもりもない。ただ形に残らないので、とってもやり甲斐を感じにくいのだ。その上、家事に休日はない。
「お母さんだって今日は休みなの」
これは僕が子供の頃、日曜日の朝に中々起きてくれなかった母の言葉。当時は、なぜ母がそんな事を言うのか分からなかった。でも今ならその気持ちはよく分かる。