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小説指南書の研究(2.何を書くのか?~テーマとモチーフ)
2.何を書くのか?~テーマとモチーフ
今回からは、3回にわたって「何を書くのか?」について、小説指南書からヒントを探っていきます。今回の話題は「テーマとモチーフ」です。2回目は「キャラクター」、3回目は「プロット」を扱います。
【モチーフ】
この章のタイトルとは逆になってしまいますが、初めにモチーフから見ていきます。
三省堂国語辞典には、モチーフは「(作家・画家などが創作活動をする)動機となるもの。主題。題材」とあります。ここでもそうですが、「主題(=テーマ)」と同義とする説明がしばしば行われるために、小説指南書の中でも混同され、定義が曖昧なまま使われることがあります。ここでは、「主題」を除外し、「(作家・画家などが創作活動をする)動機となるもの。題材」として、定義したいと思います。すなわち、モチーフは主題(テーマ)を表現するための「題材」として扱います。
モチーフには、さまざまなモノが考えられます。自然現象、国や土地、人や感情、動植物、音や音楽、その他の物体――。創作の題材となるネタであれば、全てモチーフになりえます。具体的に知覚できるものではなく、「思考」であってもモチーフになるでしょう。小説へ発展していく「アイデア」であり、「きっかけ」であり、「ネタ」のイメージです。
では、そのようなモチーフとなりうるものと、どうやったら出会えるのでしょうか? いい換えれば、身の回りや頭の中にあるネタをモチーフに昇華させるには、どうしたらいいのでしょうか?
貴志祐介氏の🔰『エンタテイメントの作り方』(角川新書)は、「アイデアは降ってこない」として、最初の一章を割き、「何を書くのか?」の見つけ方を解説してくれます。また、アイデアを得るための第一歩を「こまめにメモを取ること」だと説きます。それによってアイデアの「種」を拾い上げる。「意表を突くトリック、斬新な設定、個性的なキャラクター……」「アイデアらしいものが脳裏をよぎったら、すかさずメモしてストックしておく」ためにメモを持ち歩けと教えます。
現在は誰でもスマホを持ち歩いています。「一太郎Pad」などのアプリを使えば、簡単にメモを取れますし、気になったモノや風景を写真に収めることも可能です。そういったツールを駆使して「種」をストックしておきたいものです。
森沢明夫氏は著書🔰『プロだけが知っている小説の書き方』(飛鳥新社)でネタに困ったことはない、と書いています。なぜなら、ほとんどの小説は、登場するキャラクターの心の上がり下がりを描く成長物語であって、そのネタは周囲に転がっているからだ、といいます。なるほど、周囲の知人に取材することによって、ネタのヒントを見つけることは容易に可能なのかもしれません。
『見知らぬ乗客』や『太陽がいっぱい』など映画の原作者として知られるアメリカのサスペンス作家、パトリシア・ハイスミス氏は、著書『サスペンス小説の書き方』(フィルムアート社)の最初の章を「アイデアの芽」として、小さなアイデアを育てていく方法について記しています。当然ながら、「アイデアの芽」がやってきたときに気づけることが重要だとして、彼女の場合には「確かな興奮が即座にもたらされる時」に気がつくといいます。それは「素敵な詩や詩行に感じる喜びと興奮によく似ている」そうです。
逆に、これは森沢氏がネタは周囲に転がっている、というのと逆になってしまうのかもしれませんが、「アイデアが欠如する別の原因は、作家の周りにいる間違った種類の人びとにある」といいます。「時として、私たちが惹き付けられる人たちこそが、あるいは恋に落ちている相手こそが、絶縁体のゴムのごとくインスピレーションの火花をすっかり消してしまう」。
この章の最後に、ハイスミス氏はこう記しています。「作家にはノートを持つことを強くおすすめする。一日中仕事で外に出ているなら小さなノートを、家にいるゆとりがあるなら大きなノートを持ちたい。たとえ三語か四語であっても、それが思考やアイディアやムードを喚起するなら、メモしておく価値がある」。貴志氏と同様のことを書いていますね。現在ならば、スマホのアプリを活用しなさい、ということになるのでしょう。原著が出版されたのは1988年ですから、三十五年も前になります。ようやく2022年に翻訳が出たわけですが、スティーブン・キング氏の指南書同様、古さを感じさせないのはさすがです。
アイデアの着想について、花村萬月氏は🔰『たった独りのための小説教室』(集英社)でユニークな方法を紹介しています。夢から着想を得るというのです。慣れてくると、意志をもって夢をコントロールできるといいますが、これもまた、目覚めたら直ちにメモとして残しておくべきでしょう。
もっと具体的な、すぐに使えるヒントが欲しい、という人には、ブレイク・スナイダー著・菊池淳子訳の『SAVE THE CATの法則』(フィルムアート社)がいいかもしれません。これは小説ではなく映画の脚本術の指南書です。アイデアの見つけ方ではなく、ストーリーのパターンからモチーフを考えていく思考順序になろうかと思います。
この本によると、売れる映画の脚本は十種類のパターンのどれかに該当するというのです。なるほど、ハリウッド映画はワンパターンではなく、十パターンだったかと、妙に納得してしまいました。
この十種類のパターンをハリウッド式三幕構成の全体講義型にしたのが、ジェシカ・ブロディ著・島内哲郎訳🔰『SAVE THE CATの法則で売れる小説を書く』(フィルムアート社)です。十種類のパターンを元にしたテンプレートを示してくれるのですから、マニュアル本の極みかもしれません。高橋源一郎氏や保坂和志氏が眉を顰めそうですが、あくまでも長編のエンタテイメントを前提にしています。
小説は自由です。何を書いても構わない。だから、書きたいものを書けばいいのですが、いいモチーフを見つけた、と飛びつけばいいわけでもなさそうです。文芸系の手記型指南書である河野多恵子著『小説の秘密をめぐる十二章』(文藝春秋社)に、「書きたいことを書く」と題した一章があります。書きたい「もの」は表面的な現象、「こと」は裏側にある本質という意味合いです。
『蟹』で第49回芥川賞を受賞した自らの失敗談(といっても芥川賞の落選経緯なので次元の高い話ですが)を引き合いに、「書きたいことから生じた想像力の支配によって、聞いた話とは全くちがうものになった作品には、作りものではなくて真実がある」と説きます。つまり、目の前に現れたモチーフをそのまま文字にするのではなく、自分が書きたい本質、すなわち、「テーマ」が何なのかを見極めなさい、ということでしょう。
ちなみに、この書籍には谷崎潤一郎氏と芥川龍之介氏の論争についても触れられていて文学史上の事件の一端を垣間見ることもできるのですが、残念ながら文庫化されておらず、古本で手に入れるしかありません。
【テーマ】
ここまで、モチーフについて見てきました。それでは、このモチーフによって表現されるテーマとは何なのでしょう? テーマがあってこそ、モチーフが輪郭を持つような気もします。テーマこそがニワトリで、モチーフは卵ではないのでしょうか? 或いは、テーマ云々は文芸固有の問題であって、エンタテイメントはモチーフが魅力的であれば、それで十分なような気もします。
しかし、そうではないのだと、大ヒットホラー映画『キャリー』の原作者でヒューゴー賞ほか数々の受賞歴のあるエンタテイメント作家の大御所・スティーブン・キング氏は訴えます。キング氏は著書『小説作法』(池央耿訳・アーティストハウス)の中で、「執筆中、あるいは脱稿直後、自分はそこで何を語ろうとしているか、確認することは作家の務めである。その確認したところをさらに鮮明にするのが第二稿の役割で、そのためには、時に大幅な加筆修正もやむを得ない。これによって、作者と読者の焦点は整合し、作品は統一の取れたものになる」として、主題=テーマを明らかにしなくてはならないと説いているのです。
ミソは、執筆前にテーマを定めるのではない点です。テーマを考えるのは執筆中か、初稿を書いた直後だといいます。「疑問や主題の議論から小説を書き起こすのは本末転倒である。優れた小説は必ず、物語に始まって主題に辿り着く。主題にはじまって物語に行き着くことはほとんどない」「ひとまず原稿が仕上がったら、作者はそこで何を語ろうとしたのかじっくり考え、その結論に基づいて再考を煮詰めなくてはならない」と説きます。ニワトリはモチーフで、テーマは卵です。
貴志祐介氏も🔰『エンタテイメントの作り方』の中で似たような意見を述べています。「エンタテイメントを執筆するうえで主題を必ずしも意識する必要はないと思う。というのも、ひとつの物語を熟考して書き進めていれば、主題は自然に表現されていく」。テーマとは、敢えてひねり出さずとも、作品から自ずと滲み出るものなのかもしれません。
一方、花村萬月氏は🔰『たった独りの――』にこう記しました。「実際に執筆しつつ、(これが重要)頭の片隅で、常に自分の描く散文の根底に据えるべき揺るぎなき主題はなにか、それを徹底的に考え抜きなさい。貴方自身が死に至るまで生涯用いることのできる根源的なテーマを必ず発見しなさい」
花村氏とキング氏は、書きながらテーマを考える、という点で共通しています。ただ、花村氏はさらに進んで「生涯用いることのできる根源的なテーマ」を見つけなさい、と説きます。「人間とは何か」「死とはなにか」「時間とは何か」といった哲学的な問いに対する考え方や姿勢を確立せよ、というのです。作品個々の「テーマ」ではなく、ひとりの人間として根源的な「テーマ」が作家には必要だと説いているのです。
三島由紀夫氏は『小説読本』(中公文庫)所収の「わが創作方法」(1963年・岩波書店『文学』に掲載)で、創作のプロセスの第一として「主題を発見すること」と書いています。
多少、強引かもしれませんが、これまでのところをまとめてみましょう。「根源的なテーマに依って書き始め、個々の作品が語るメッセージや主張を見極め、それを煮詰めて小説を完成させなさい」とでもなるでしょうか。すなわち、テーマには二種類ある。作家としての根源的なテーマと、そこに立脚して描かれる作品個々のメッセージや主張。そんなテーマが不在の小説は、まだ努力が足りない、ということなのでしょうか。
では、具体的にどうすればテーマを見つけられるか? 根源的なテーマを見つけるために花村氏は哲学書を勧め、🔰『たった独りの――』では哲学者・中島義道氏の『時間と死』(ちくま学芸文庫)を紹介しています。保坂和志氏は『書きあぐねている人の――』の中で、「哲学が小説を書くときのヒントになるかといったら、ヒントにはならない」としつつ、「哲学は、社会的価値観や日常思考様式を包括している」として、「誰も見たことのないものを描く」哲学と小説の共通性から哲学を学ぶことの大切さを説いています。
哲学関連の書籍は難解なものが多く、時代もソクラテスの時代から現代までと長く、説いている内容も多岐にわたります。何を読むか迷ったら、NHKブックスの「100分で名著シリーズ」から選び、興味を持てたら翻訳書を読むのがいいかもしれません。哲学書は何かの教えを理解するために読むのではなく、ゆっくりと文章を味わうものだと割り切ることをお勧めします。何か答えを示してくれるものではないと、保坂氏も書いています。
哲学書を読めば哲学的な思考が降って湧いてくるわけではありません。「生」「死」「時間」「愛」「孤独」「恨み」等々、何度も「なぜ?」を繰り返し、どんどん突き詰め、自分で考えていかねばなりません。花村氏ご自身は、「小説という表現が描くテーマは、娯楽だろうが純だろうが大きく括れば畢竟『生と死』に尽きる――」との考えに至ったと、🔰『たった独りの――』で吐露しています。本稿の最終章、「7.小説指南書の紹介(4)参考文献」に、何冊か哲学関連の書籍もご紹介する予定です。
戻りましょう。
個々の作品のメッセージや主張を見つける方法として、佐藤誠一郎氏の『あなたの小説には――』では、キリスト教の七つの大罪を挙げています。傲慢の罪、憤怒の罪、嫉妬の罪、怠惰の罪、強欲の罪、暴食の罪、色欲の罪の七つです。中でも、傲慢の罪、怠惰の罪、嫉妬の罪の三つがテーマとして扱いやすいとして詳しく解説しています。
スティーブン・キング氏が説く「物語に始まって主題に辿り着く」や花村萬月氏が説く「根源的なテーマ」の発見が辛い、自分が何を書きたいのかよくわからない、という人は、三つの大罪からテーマを探すのもいいでしょう。そうして書き始め、書きながらその小説は何を訴えているのか自問し、初稿が書き上がったらさらに考え、そうやって本当の「主題に辿り着く」ことができれば御の字かもしれません。
テーマについて、川端康成氏がどう考えていたのか、『小説の研究』から引用しましょう。「作者が主題を見出したと思っているときは、必ず何か自分の性質に深く発するものが環境とぶつかって音をたてたようになる。この音こそ作品の主題といわれていいものなのである」「主題というと普通には単なる問題の意味と解されがちであるが、小説の場合は具体化されたものであり、感動へ導かれたものでなければ、主題といいがたいことをとくに銘記せねばならぬ」。テーマとは、「感動へ導かれたもの」すなわち、作者の心が震えたものでなくてはならないようです。「だから書いた」の「だから」を生み出したものこそが、テーマの正体なのでしょう。
三島由紀夫氏は『小説読本』所収の「わが創作方法」(1963年・岩波書店『文学』に掲載)で、創作のプロセスの第一として「主題を発見すること」と書いていますが、それは主題(テーマ)単独ではなく、「材料と共に」すなわち、モチーフと共に発見するといいます。それをそのまま書き始めることはなく、「材料を具体性から引き離し、抽象性にまで煮つめてしまう」「その作業は同時に、主題を自分に引寄せ、自分を徐々に主題に同一化してゆく」「短くて半年、永ければ数年を要する」
テーマとモチーフを、時間をかけて徹底的に吟味し、自分との同一化ができなければ「制作を放棄する他はない」とします。三島氏が鬼気迫るほどにテーマとモチーフを重要視していたことがうかがえます。
まとめとして、花村氏の言葉を引用します。「ちまちましたモチーフに囚われて主題=背骨がないまま執筆してしまい、書けないと頭を抱える人が多すぎる」「モチーフに囚われていると沈みます。二度と、浮かびあがれなくなります」。要するに、テーマ不在のまま表面的な題材に囚われてはいけないのだと、花村氏は主張しています。そう考えれば、テーマとモチーフは小説という車を動かす両輪であって、どちらか一方がなければ小説として成り立ってはいないのかもしれません。だからといって、「テーマ」は最初から準備するものでは必ずしもない。その点、それがなくては始まらない「モチーフ」とは異なるわけですね。
まずは根源的なテーマを探す努力をしつつ、モチーフを見つけたら書き、そこにある筈のテーマを基に作品を見つめ直す。もし、最初にテーマが思い浮かんでいないのであれば、そのやり方を試してみるのがいいのかもしれません。
「3.何を書くのか?」の次の話題は「キャラクター」です。お楽しみに。12月11日(水)に公開予定です。
【引用書籍一覧】
「2.何を書くのか?~テーマとモチーフ」で扱った小説指南書は以下のとおりです。
〈文芸系〉
◎小説家・対話型:森沢明夫著🔰『プロだけが知っている小説の書き方』(飛鳥新社)
◎小説家・選択講義型:花村萬月著🔰『たった独りのための小説教室』(集英社)
◎小説家・選択講義型:河野多恵子著『小説の秘密をめぐる十二章』(文藝春秋社)
◎小説家・手記型:川端康成著『小説の研究』(講談社学術文庫)
◎小説家・手記型:三島由紀夫著『小説読本』(中公文庫)
〈エンタテイメント系〉
◎小説家・全体講義型:貴志祐介著🔰『エンタテイメントの作り方』(角川新書)
◎小説家・選択講義型:ジェシカ・ブロディ著・島内哲郎訳🔰『SAVE THE CATの法則で売れる小説を書く』(フィルムアート社)
◎編集者等・選択講義型:佐藤誠一郎著『あなたの小説にはたくらみがない』(新潮新書)
〈エンタテイメント(ミステリ・サスペンス)系〉
◎小説家・選択講義型:パトリシア・ハイスミス著『サスペンス小説の書き方』(フィルムアート社)
◎小説家・選択講義型:スティーブン・キング著『小説作法』(アーティストハウス)、新訳版は田村義進訳『書くことについて』(小学館文庫)。
〈参考書籍〉
◎脚本術:ブレイク・スナイダー著・菊池淳子訳🔰『SAVE THE CATの法則』(フィルムアート社)
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