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別冊・小説指南書の研究③『小説家になって億を稼ごう』松岡圭祐著

 1997年にデビュー作『催眠』(角川文庫)がミリオンセラー、その後も『千里眼』(角川文庫)が大ヒットしてシリーズ化されるなどベストセラー作家となった松岡圭祐氏による指南書。2021年に新潮新書から刊行されました。過激なタイトルから手にするのを躊躇う人もいるかもしれませんが、新書サイズの前半およそ三分の一はとてもユニークかつ実践的な小説指南書であり、残り三分の二では小説家デビュー前後の心得を説いています

 松岡氏は、売れるための大原則として、「現代小説とは何か」を知らなくてはならないと訴えます。小説が小説になるのは本のページ上ではなく、読者の脳内であるとして、現代小説は読者が視覚メディアを通じ、すでに獲得したイメージを利用しつつ、読者の脳内に物語を醸成していく、と説明しています。

 まさにそのとおりですね。この点、主たる情報源が小説などの文字情報であった世代と現代の作家や読者は明らかに異なる「育ち方」をしています。現代作家は読者の視覚情報を引き出す書き方が求められ、それができる基礎的な訓練は自然に積んでいるわけです。「小説とは何か?」とはとても大きなテーマですが、ここに「現代」のひと言がつくと、切り口がガラリと変わり、まるで異なる世界が見えるような思いです。

 この点にフォーカスすることで、本書は、アイデアを出す時点から他の指南書とは異なるアプローチを教えてくれます。メインキャラクターの七人、さらにサブキャラクターの五人を、好きな役者から選んで顔写真をプリントアウトし部屋に貼っておく(文学作品の場合は無名の人の顔としています)。そこからスタートしてキャラクターが自発的に動き出すのを待ち、さらにその行方を追うのです。

 著者はこれを『想造』と呼び、物語の最後まで思い描かなくてはいけないと説きます。その上で、執筆に取りかかる手順やノウハウを解説してくれます。また、プロの文章を書き写すことで文章力が上がるのは俗説だといいます。書き写すときは左脳が、文章を組み立てるのは前頭葉が活発になるのであって、何度も読み返した方が文章表現のコツは身につくそうです。

 まっさらな状態から小説を書こうとするなら、この方法は有効に違いないと直感できます。しかし、小説を書こうとする多くの人は、既に何かしら書きたい「種」のようなものを持っているのではないでしょうか。そのような場合は、どうなのでしょう。そういった先入観めいたものを綺麗さっぱり棄ててしまうのは、もったいない気もします。そこは、それぞれの人が工夫して、『想造』を自分なりにアレンジすべきなのでしょう。

 目次をご紹介します。(小見出しは省略させていただきます)

(目次)
はじめに
Ⅰ部 小説家になろう
 第一章 売れるための大原則「現代小説とは何か」
 第二章 人々に愛される物語の『想造』とは
 第三章 魅力的なあらすじ
 第四章 おもてなしの精神に満ちた執筆方法
 第五章 貴方の小説をリリースする方法
 第六章 失敗しないゲラ校正作業のコツ
 第七章 プロが儲からない理由は出版契約書

Ⅱ部 億を稼ごう
 第一章 デビューの直後にすべきこと
 第二章 編集者との付き合い方
 第三章 デビュー作がヒットした時、しなかった時
 第四章 映画化やドラマ化への対応
 第五章 ベストセラー作家になってから気をつけること
「売れる」ために読むべし!――「最強の指南書」に寄せて 吉田大助

 この本のタイトルを読み、自分は趣味で書いていくだけだから、と尻込みする必要はありません。著者はこう記しています。

○誰にも言わなくて構いませんので、頭の中で年収一億円以上の専業作家となった自分を思い描いてください。本質的には「書く喜びさえあればいい」という信念は、成功のための重要な心構えとなります。
 
 現代に通用する小説家は、『想造』の中での実体験をもとに、追想して文章表現をするべきだと著者は説きます。そうすることで、視覚メディアに囲まれて育った読者の想像力を引き出せるのなら、大いに耳を傾けるべきではないでしょうか。

 これは、エンタテイメント系の小説に限った話ではありません。私は、小説の芸術性とは、どれだけ読者の想像力を刺激するかによって量れるものだ、との考えをもっていますから、文学作品を書く人こそ『想造』に取り組むべきではないかと思っています。
 
 本書の前半三分の一には、特にミステリの創作に有効そうな「逆打ちプロット」や推敲の方法など、他の指南書に見られない様々なヒントが詰まっています。エンタテイメント/文学の別に拘わらず、チャレンジングな気持ちのある方は、ぜひ、ご一読を。(了)

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中島舟保
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