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学校では教えてくれない空間デザイン実務の必須技術【くっつけること】編

コンクリート製の壁に木製の棚板が一枚くっついている。
裏面は見えていないが、棚板を支えるような部材は見当たらない。
棚板が「浮いている」ようなデザインだ。

なんの変哲もないデザインだし、休日にウィンドウショッピングをすれば、いろんなお店で実際にお目にかかることができる。

絵で表現できたらそれで終わり?


こういったデザインはCADソフトを使える学生ならものの1分ほどでつくることができると思う。

素材の選択もできているし、デザインは完了していると言えるだろう。
しかし、自分の手でこの棚をつくりましょう、と言われてこの絵の通りに作ることができる学生はほとんどいないのではないだろうか。

かくいう僕も学生時代にはそんなこと(つくり方)を深く考えたことはなかった。

前述の通りCADソフトを使えば棚板が浮いたデザインは一瞬でできるし、模型で表現する場合でも、スチのりというバディがいれば問題なく「浮いて」くれる。

だからそこから先は深く考えない。というより考える暇がない。(学生は今の時代もプランニングに命をかけて、出力が迫った時期には徹夜をしているのだろうか。)

けれども、実務においては素材や部材を「くっつける」方法を理解して自在にあやつる能力が非常に重要だ。

もう少し言うと、種々の物質の接合方法への興味の有無は、空間デザイナーとしての仕事の成果に大きな差を生むと思っている。

二つ理由を述べたい。

設計図が描けない

ひとつは、接合の方法を知らなければ、設計図が描けないからだ。
設計図が描けなければつくってもらうこともできない。
当たり前すぎて拍子抜けする事実だ。

絵を描くことは好きで、センスも良い。

映画やゲーム制作に関わるCGデザイナーであればここまでで問題ないと思うが(いや、リアリティにこだわる人なら、たとえばその棚が壊れる時の表現をリアルにするために、その構造を理解しようとするだろう)物理空間を相手にする空間デザイナーだとそうはいかない。

浮いた棚板の「絵」は描けた。
でもそれを作るには設計図を描いて、第三者である製作者に説明する必要がある。自分で作れないならなおさらだ。

優秀で親切な製作者がいれば、絵を渡すだけで思い描いたものを作ってくれるかもしれないが、それに頼ってしまうのは危険だ。

問題を解くための方程式や理論を理解せずに、答えだけ教えてもらったようなもので、いつまでたっても同じ問題が解けない人になってしまう。
また、解法を理解すれば応用問題も解けるようになるが、解法に興味がない人はそれもできない。

棚板だけが壁から飛び出しているようにしたい。
そのためにはどうやって壁とくっつけたらよいか?

この疑問を自分で解決できれば、それを応用して新しいカタチや工法を考えることができるかもしれない。つまりデザインの幅を広げることができる。

この話は空間デザインに限ったことではなく、グラフィックやジュエリー、家具などおよそ物質をデザインの対象にするデザイナーに当てはまる。

紙の製造方法を知らないグラフィックデザイナーに素敵な本の装丁はできないだろうし、種類の違う金属を接合したマリッジリングはデザインできない。

作り手との信頼関係づくり


もう一つの理由は、作り手と信頼関係を築けるかどうかが成果物のクオリティに関係してくるからだ。

デザイナーは図面を描く、作り手はその図面を見てモノをつくる。
だからデザイナーは作り手が「つくれる」図を描く必要がある。

カバー画像程度の飛び出して浮いている棚板くらいなら、およそどんな作り手でも「あぁ、これね。こうやってつくるやつだな」と理解してもらえる。
しかし、壁から飛び出す長さが1mほどあったらどうだろうか。

これを実現するにはいろんな方法があるが、その方法のいずれかも提示せずに、絵だけ渡して「作ってください」と言っても無理だろう。

いや、つくれるでしょ?と口で言うだけで、その方法を提示しないデザイナーは作り手から敬遠される
「何言ってんのこの人?」と嘲笑われるのがオチだ。

だからデザイナーは、どのようにつくったらそれが実現できそうか、という構想をいくつか提示する能力が必要になる。

1mも飛び出す棚の正確な作り方を示した図をつくるのはかなりハードルが高いのだが(構造設計の専門家に計算してもらう必要があるかもしれない)、実現可能性のある構想をもっていれば、その素材(この場合は鉄になるだろう)をあつかう専門の作り手にその構想を伝えれば、具体的な案を返してくれる。

デザイナーは絵をつくるところまでが仕事だと思い込んでしまうと、この例のように、専門の作り手とのコミュニケーションがとれず、構想は絵に描いた餅で終わってしまう。

だから、デザイナーは素材や部材を「くっつける」方法を理解しておく必要があるのだ。

どこにでも教材はある。


木と木、鉄と木、鉄と鉄、アルミと木、天井から吊られた照明器具、などなど、今自分がいる空間を見回してみれば、かならず何かと何かが「くっついている」

自分の部屋にあるそれらのくっつき方を全部理解するだけでも相当スキルは上げられる。空間デザインを志す人は日々の生活空間を観察して「どうなっているんだろう?」と疑問をもち考える癖を持とう、というお話でした。

くっつけ方がわかれば実務において怖いモノが随分減りますよ。

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笹岡 周平 |空間デザイナー/株式会社ワサビ 代表取締役
建築・インテリアなど空間デザインに関わる人へ有用な記事を提供できるように努めます。特に小さな組織やそういった組織に飛び込む新社会人の役に立ちたいと思っております。 この活動に共感いただける方にサポートいただけますと、とても嬉しいです。